日本映画レビュー──1929年
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製作:松竹キネマ京都公開:1929年9月20日
監督:伊藤大輔 脚本:伊藤大輔 撮影:唐沢弘光
キネマ旬報:6位
月形龍之介主演の剣戟サイレント映画で、26分のダイジェスト版が復元され現存する。
尺はオリジナルの2割強とされるが、剣戟シーンもふんだんにある楽しめるチャンバラ映画となっていて、完全版を見られないのが惜しまれる。
江戸時代、地方の藩が舞台で、病弱な城主に代って城代(関操)が悪政を敷いたことから、農民たちが一揆を起こし代官(市川伝之助)によって鎮圧されるという設定。
そこで登場するのが素浪人・十時来三郎(月形龍之介)で、長曾根左源太(天野刃一)とともに藩士の辻斬りを始める。もっとも殺さずに眉間に刀傷を負わせて武士の恥とするというのが、ヒューマニストなのか陰険なのかよくわからない。
代官までが恥をかかされるに至って城下の浪人が集められ、十時と左源太に懸賞金が懸けられるが、襲われるたびに十時が「貴様、何の為に俺を斬る?」と問い掛け、「飯の為」の答えに米を作るのは農民だと諭して仲間に引き入れるのが可笑しい。
こうして十時が白馬党を結成、城代の息子・頼母(石井貫治)も参加するが、城代が今度は城主の平癒祈願のために領民の女を差し出させ、酒池肉林の宴を張るというわかりやすいエンタメで、白馬に跨る十時以下の白馬党が城を襲って女たちを奪還する。
城代と愛妾(伊藤みはる)の若君毒殺の陰謀もあって、十時が危機一髪これを阻止。頼母が城代と愛妾を成敗し、若君を擁立して善政に復すという顛末。論功行賞を嫌って領内を去る十時と左源太の後ろ姿で終わる。
農本主義が強調されていることからもわかる、左翼的な傾向映画の先駆的な作品とされるが、剣戟アクションに徹したコミカルなエンタテイメントが楽しい。月形龍之介の軽快な殺陣と騎馬シーンが大きな見どころとなっている。 (評価:3)
突貫小僧
公開:1929年11月23日
監督:小津安二郎 脚本:池田忠雄 撮影:野村昊
O・ヘンリーの短編小説『赤い酋長の身代金』を基にしたサイレント映画のコメディ。38分の作品のうち、18分が現存。
人さらいの又吉(斎藤達雄)が路地でかくれんぼで遊んでいる少年(青木富夫)を言葉巧みに連れ出し、パンやおもちゃを餌に誘拐するが、腕白小僧の少年の方が一枚上手。親分(坂本武)の家に連れていくが悪戯が手にあまり、ついに少年を捨てて来いと親分に命じられる。
ここからがシナリオのよくできたところで、少年に手を焼いた又吉が「おじちゃんは人さらいだ」と脅すが信じてもらえず、置き去りにして交番の前を逃げ出したところ、大声で「人さらいのおじちゃん」と呼び止められ、結局少年の悪ガキ仲間にたかられ、付き纏われるというオチが楽しい。
『赤い酋長の身代金』を上手に換骨奪胎していて、落語の小噺風に起承転結がつけられており、ストーリーがきちんとわかるように短いカットでシーンを繋ぐ、小津の演出力の確かさを見ることができる。
少年を演じた青木富夫は本作をきっかけに芸名を突貫小僧に改めた。 (評価:2.5)
東京行進曲
公開:1929年5月31日
監督:溝口健二 脚色:木村千疋男 撮影:松沢又男、横田達之
菊池寛の同名小説が原作。オリジナルは101分のサイレントだが、現存するのは約30分。
冒頭、東京の街並みと西條八十作詞の「東京行進曲」の全歌詞が映し出され、中山晋平作曲、佐藤千夜子歌唱の主題歌が演奏されたらしい。
歌詞に合わせた銀座、丸の内、浅草、新宿の当時の映像が見どころ。
溝口健二らしい苦界の女を題材とした作品で、隣家の貧しい家の娘・道代(夏川静江)を見染めた大学生・良樹(一木礼二)は彼女との結婚を夢見る。
ところが就職した会社の歓迎会で、芸妓になった道代と再会。それでも結婚を決意する。ところが父・藤本(高木永二)も妾にと考えていて、道代と知らず芸妓との結婚に反対。
道代の指環から隠し子と知った藤本は、良樹の相手が道代と知り、異母兄妹と教える。
結婚を諦めた良樹は、以前から道代に心を寄せていた親友の雄吉(小杉勇)との仲を取り持ち、二人は結婚。良樹は思いを断ち切るためにイギリスへと旅立つという悲恋物語。 (評価:2.5)
学生ロマンス 若き日
公開:1929年4月13日
監督:小津安二郎 脚本:伏見晁 小津安二郎 撮影:茂原英雄
小津安二郎の現存するフィルムの中で最古の作品。早稲田大学の学生二人が一人の女性を取り合う話で、昭和初期の早稲田周辺の風景と、赤倉でのスキーシーンが見どころ。とりわけスキーシーンは、小津のモダンぶりが嬉しい。
下宿屋の二階に住む渡辺(結城一郎)は「貸間あり」の張り紙で美人と知り合おうという作戦。それに掛かったのが千恵子(松井潤子)で、渡辺は部屋を引き払って学友の山本(斎藤達雄)の下宿に転がり込む。
千恵子へのアタック開始となるが、実は千恵子は山本の知り合いで、互いにそうとは知らない二人は、千恵子が赤倉にスキーに行くという話を聞いて、スキー部の赤倉合宿に便乗。ゲレンデでの千恵子の取り合いとなる。
ところが千恵子の目的は、スキー部主将の畑本(日守新一)とのゲレンデでのお見合いで、ガッカリした渡辺と山本は東京にすごすごと引き返す。それでもめげずに「貸間あり」の張り紙をするのがオチ。
真面目人間・山本のロイド眼鏡と、お調子者の渡辺のコンビで、和製ハロルド・ロイドを目指したサイレント・コメディで、ロイドほどの運動神経抜群の体当たりコメディにはなっていないが、雰囲気はよく伝えている。
セーラー服でスキーをする千恵子が可愛いが、靴下など編んで山本にも渡辺にも気がある素振りでお見合いとは、タチが悪い。 (評価:2.5)
不壊の白珠
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製作:松竹キネマ公開:1929年10月17日
監督:清水宏 脚本:村上徳三郎 撮影:佐々木太郎、増谷麟、納所歳己
菊池寛の同名小説が原作。
職業婦人として働く奥手な姉(八雲恵美子)が密かに慕う青年・成田(高田稔)が、奔放な妹(及川道子)と結婚してしまうという三角関係がテーマの作品で、妹の結婚前の遊び友達(小村新一郎)との夜遊びが止まないことから夫婦仲は破綻。妹は家出してしまい、成田は形だけの夫婦を装うために渡米。それを寂しく見送る姉の後ろ姿で終わる。
妹のため、母のため、好きな男のために私心を捨てて献身する大和撫子の姉、奔放で自由を信条とするモダンガールの妹。
一見身勝手に見える妹だが、清水宏の意図は別にして、古風な女と新しい女の対比のドラマと見ることができる。心情的には可哀想な姉に肩入れしてしまうのだが、とりわけ前半はウジウジしていてはっきり言ってキモイ。
対する妹は、新婚旅行中に新妻よりも姉のことばかり心配する夫に愛想を尽かし、ならば独身時代同様に人生をエンジョイするという進歩派で、結婚前の男友達に拘る夫に、結婚前は関係ないと言い放つところが気持ちいい。しかも夫婦仲が上手くいかないと見るや家出してしまうという潔さ。
大正デモクラシー後の変わろうとする時代に、姉も成田も明治に取り残されているように見える。
移動カメラや顔、足のアップなど、演出とカメラワークは時代の先端をいっている。 (評価:2.5)
和製喧嘩友達
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製作:松竹キネマ公開:1929年7月5日
監督:小津安二郎 脚本:野田高梧 撮影:茂原英雄
タイトルは、リチャード・ウォーレス監督の1927年のアメリカ映画『喧嘩友達』(McFadden's Flats)から採ったもの。現存するフィルムは14分の短縮版。
同居しているトラック運転手の留吉(渡辺篤)と芳造(吉谷久雄)が道でお美津(浪花友子)を撥ねてしまい、身寄りがないと聞いて家に連れ帰り、共同生活を始めるという物語。
二人はお美津を間に恋の鞘当てを演じるが、お美津は近所の学生と恋仲になってしまい、それを知った二人は潔く身を引き、新婚旅行に出る二人を温かく送り出すというエンディング。
二人がトラック運転手だけに、撥ねるシーン、お美津と学生が乗る汽車をトラックで並走するシーンと、小津作品としては移動撮影が多いのが見どころ。
本家『喧嘩友達』は二人の親友とその子供同士の恋の話で、物語の構造とサイレント・コメディというのが共通点。短縮版ながらもアメリカ風コメディの小津のアレンジが味わえる。 (評価:2.5)
浪人街 第二話/楽屋風呂
公開:1929年1月15日(第一篇)、1929年2月8日(解決篇)
監督:マキノ正博 脚本:山上伊太郎 撮影:三木稔
江戸の長屋に住まう浪人たちを描くチャンバラ時代劇。前編19巻、後編7巻のサイレント映画のうち、73分短縮版が現存。
現存フィルムはアクションシーンがほとんどなく、ドラマ部分が主体。ストーリーは概ね掴めるが冗長な上に欠落部分が多く、短縮版はやや退屈なものになっている。
浪人長屋の宮内甚内(根岸東一郎)は妻お蒔(河上君栄)と暮らしているが、千馬平八(マキノ登六)という居候がいて、これが居候の分を越えて一家の主人のように威張り腐っているため、それを見たお蒔の父が娘を里に連れ帰ってしまう。
そこへ浪人仲間の白川三十郎(津村博)がやってきて50両が必要だといい、これを平八が何とかしようとする。
一方、甚内の隣に住む倉橋九郎兵衛(荒木忍)の娘・お紋(松浦築枝)のところに、主家の旗本・三浦嘉右衛門(清浦新八)の名刀を盗んで逐電した弟・重兵衛(岡村義夫)が舞い戻り、見張っていた三浦の用心棒・不破伝五左衛門(南光明)に手引きされて三浦が乗り込んでくる。
この三浦が悪い奴で、重兵衛の罪を許す代わりにお紋の身体を奪い、子まで産ませて妾にしようと言い寄る。承知しないお紋を三浦は打ち据えようとするが、騒ぎを聞いて現れたのが三十郎。旧知の伝五左衛門との一騎打ちとなり、本編最大の剣劇シーンの見せ場となる。
全体には浪人長屋に暮らす人々の群像劇で、宮内甚内の長屋を中心に、千馬平八が掻き回し役、白川三十郎が二枚目役で、三十郎を中心に女たちのドラマが展開する。
ヒロインはお紋で、老父を養い、弟のために苦労を重ね、密かに三十郎を慕うが、50両は遊女のお吉(大林梅子)のためらしく、そのために三十郎は河合又五郎の危険な警護を引き受けて九州へ行ってしまうという展開だが、話がかなり飛んでいて、それぞれのエピソードが回収されていないのが辛い。 (評価:2)
森の鍛冶屋
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製作:松竹キネマ公開:1929年1月5日
監督:清水宏 脚本:村上徳三郎 撮影:佐々木太郎
村の鍛冶屋の長男が次男をけしかけて木登りで脚を片端にしてしまい、弟の脚を治すために医者になって帰ってくるというサイレント映画。
村長が村人から集めた金を金庫に入れたところ、金がなくなり長男の帽子が置かれていたことから犯人に疑われ、鍛冶屋の父が土地・屋敷を売って弁償しようとする。
長男は証人を探して身の潔白を晴らし、めでたしめでたしというのがあらすじだが、現存するフィルムは18分余りの短縮版のみとあって、それ以外がよくわからない。
真犯人は村長の息子で、その遊び友達のカップルがそれを知っていたということらしいのだが。
村長の息子は村娘(田中絹代)にご執心だが、村娘は鍛冶屋の次男と仲が良い? 長男は村長の娘と結婚して丸く収まる? など、想像力を膨らまさないと解読できず、かといって取り立てて見どころがあるわけでもない。 (評価:-)
大学は出たけれど
公開:1929年9月6日
監督:小津安二郎 脚本:荒牧芳郎 撮影:茂原英雄
清水宏が監督する予定だった企画で、原作は清水宏。70分のサイレント作品だが、現存していくのは11分の短縮版。
昭和不況を背景に、大学を卒業した青年(高田稔)が会社訪問をするが、態度が横柄だったために受付係ならと言われる。憤慨した青年が大学出だと断って下宿に帰ると、就職したと聞いていた母(鈴木歌子)が婚約者(田中絹代)を連れて上京。
出社する振りをして近所の子供たちと草野球をして家に帰る毎日で、数日して母は婚約者を残して帰郷。青年は婚約者に真実を打ち明ける。
金がなくなり婚約者はカフェの女給を始めるが、それを知って目が覚めた青年は、先の会社に受付でもいいと就職を願い出ると、社長は謙虚な姿を見て本採用を申し出るというハッピーエンド。
ダイジェストながら筋は繋がっていてストーリーはわかるが、それ以上のものはない。下宿のおばさんに飯田蝶子、カフェの客に笠智衆。 (評価:-)