海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──1928年

製作:マキノプロダクション
公開:1928年11月14日
監督:マキノ正博 脚本:山上伊太郎 撮影:三木稔
キネマ旬報:4位

両手に手桶を持って戦うお勝の八面六臂の立ち回り
 正徳5年の崇禅寺馬場の仇討を題材とした作品で、11巻のサイレント映画だが、32分が現存。
 仇討は大和国郡山藩の遠城宗左衛門が、生田伝八郎との諍いで殺され、宗左衛門の兄、遠城治左衛門と安藤喜八郎が大坂で伝八郎を探し出し、崇禅寺馬場で果し合いをするが返討に遇うというもの。
 映画では、試合に敗れた伝八郎(南光明)が夜陰に乗じて惣左衛門(川島清)を斬殺して逐電。途中知り合ったお勝(松浦築枝)と夫婦になり、お勝の父、難波の親分の食客となる。伝八郎を探し当てた遠城兄弟と崇禅寺馬場での対決となるが、短筒の名手・お勝の助太刀で返討に。郡山藩の藩士らが兄弟の仇を討とうと大挙して大坂に向かいお勝の父の家を襲うが、二人は逃げた後。しかし見つかったお勝は大立ち回りを演じながら住み家へと戻り、伝八郎ともども果てる。
 短縮版でもストーリーは大まかに追え、仇討を軸に茶屋で助けてもらった伝八郎へのお勝の恋物語となっている。
 伝八郎と惣左衛門の剣劇、郡山藩士とお勝の立ち回りなどリアルなアクションシーンが大きな見どころで、終盤のお勝の立ち回りから伝八郎の家へとなだれ込んでいく殺陣が圧巻。初めは短剣で戦っていたお勝が、両手に手桶を持って役人・藩士相手に戦い、伝八郎の家へ逃げ込んでからは短筒で立ち向かう暴れぶり。チャンバラにも拘らず、むしろ主役はお勝といっていい内容になっている。
 サイレントの字幕も途中からは劇画の書き文字のような勢いに変わり、短縮版ながらもアバンギャルドな娯楽作として楽しめる。 (評価:2.5)

製作:衣笠映画聯盟、松竹キネマ京都
公開:1928年5月11日
監督:衣笠貞之助 脚本:衣笠貞之助 撮影:杉山公平 美術:友成用三
キネマ旬報:10位

前衛的なだけの芸術作品に終わっていて物足りなさが残る
 衣笠貞之助の『狂った一頁』(1926)に続く前衛的サイレント作品。剣劇の登場しない市井の人々を描いた時代劇で、矢場の女・梅(小川雪子)と昵懇の間柄だった若者(阪東寿之助)が女の取り合いから喧嘩となり、目を潰されてしまう。
 その際に喧嘩相手(小沢茗一郎)を刺殺したと思い込み、その弱みに付け込まれた姉(千早晶子)が 遣手婆(中川芳江)や十手を拾った男(相馬一平)の餌食になりかかるが、逆に男を刺殺してしまう。
 一方、目が治った弟が梅に会いに行くと喧嘩相手と懇ろで、ショックのあまり死んでしまう。
 弟と逃げようとする姉が待ちぼうけを食わされているシーンでエンドマークとなる。
 回想や夢、幻覚のシーンでオーバーラップを多用しているのが特徴で、階段の上り下りなど真上からのカメラワーク、盛り場でのデフォルメした美術など、幻想的な表現主義の手法が斬新。
 もっともストーリーは、類型的なパターンを抜けきってなく、映像の技巧を凝らした前衛的なだけの芸術作品に終わっていて、物足りなさが残る。
 年齢設定がよくわからないのだが、おそらく15,6歳の少年の弟を姉が母親のように世話を焼き、弟が姉に頼る関係が過剰に描かれていて、近親相姦的に見えるのが若干気になる。 (評価:2.5)

忠魂義烈 実録忠臣蔵

製作:マキノプロダクション
公開:1928年3月14日
監督:マキノ省三 脚本:山上伊太郎、西条照太郎 撮影:田中十三

実録と銘打った牧野省三のリアリズムが随所に光る
 牧野省三が生誕50周年を記念し、それまで幾度となく作り続けた『忠臣蔵』『実録忠臣蔵』の集大成として制作された決定版。
 吉良上野介(市川小文治) の浅野内匠頭(諸口十九)イジメから始まり、堪忍袋の尾が切れての松の廊下での刃傷事件、内匠頭の切腹に至るまでが前半、大石内蔵之助(伊井蓉峰)が留守を預かる赤穂城への伝令から片手落ちの裁きへの忿懣、藩士たちによる評議、山科での大石の偽装、陸(石川新水)との離縁、討ち入りまでが後半で、牧野省三の忠臣蔵集大成だけあって、洗練されたシナリオと演出は過不足なくテンポも良く、忠臣蔵の全体像を毛練なく見せて、サイレントながら完成度は高い。
 撮影終了後の編集時に火災が起き、残ったフィルムで上映。再編集版は、この時、息子のマキノ正博を監督に急遽制作して併映された『間者』の討ち入りシーンを加えたもので、両国橋で服部一郎右衛門(片岡千恵蔵)に止められて引き返すところで終わっている。
 実録と銘打って牧野省三が拘ったリアリズムが随所に光っていて、忠臣蔵としても時代劇としても、アクション、エンタテイメント映画としても演出法は現代的で画期的。
 討ち入りシーンも迫力たっぷりによくできている。
 大石主税にマキノ正博、嵐長三郎=寛寿郎(脇坂淡路守・寺坂吉右衛門)、月形龍之介(清水一角)らも出演している。 (評価:2.5)

製作:マキノプロダクション
公開:1928年10月20日
監督:マキノ正博 脚本:山上伊太郎 撮影:三木稔
キネマ旬報:1位

8分の映像からマキノ正博のチャンバラ演出の神髄が覗く
 江戸の長屋に住まう浪人たちを描くチャンバラ時代劇。15巻のサイレント映画のうち、8分が現存。
 8分は終盤からクライマックスにかけてで、ストーリーはわからないが、多人数による大掛かりな殺陣が描かれていて、公開当時人気だった本作の片鱗を見ることができる。
 お新(大林梅子)が子恋の森で旗本たちによって牛裂きの刑になるという知らせを持って、おぶん(岡島艶子)が荒牧源内(谷崎十郎)に伝えるシーンから始まり、源内が子恋の森に駆け付けて大勢の旗本たちを相手に孤軍奮闘。そこへ浪人仲間の母衣権兵衛(南光明)が馬で、おぶんの兄・土居孫左衛門(河津清三郎)が走って駆け付ける。
 出世のために旗本側についていた赤牛弥五右衛門(根岸東一郎)も浪人たちとの友情を選んで、3人に加勢。お新を助け出した3人を逃がして、一人旗本たちの前に立ち塞がり、最後は致命傷を受けて果てる。
 終盤の8分はスピーディで、旗本たちを相手に剣を振るうシーンを俯瞰で捉えるカメラや、移動カメラで追うシーンは迫力満点。マキノのチャンバラ演出の神髄が楽しめる。
 赤牛が旗本側から浪人側に付くシーンでは、当時の観客に受けた「裏切ったか!」という台詞に「表返っただけだ!」という返しも登場する。
 劇画の書き文字のようなサイレントの字幕も臨場感があり、一部は映像に被るというエンタテイメントの時代を先取りしたセンスがいい。 (評価:-)

製作:日活太秦
公開:1928年8月17日
監督:伊藤大輔 撮影:唐沢弘光
キネマ旬報:3位

 断片プリントのみ(サイレント)