海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

外国映画レビュー──2023年

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製作国:イギリス
日本公開:2024年1月26日
監督:ヨルゴス・ランティモス 製作:エド・ギニー、アンドリュー・ロウ、ヨルゴス・ランティモス、エマ・ストーン 脚本:トニー・マクナマラ 撮影:ロビー・ライアン 美術:ジェームズ・プライス、ショーナ・ヒース 音楽:イェルスキン・フェンドリックス
ヴェネツィア映画祭金獅子賞

フェミニズムの象徴としての女性版フランケンシュタインの怪物
 原題"Poor Things"で、邦題の意。アラスター・グレイの小説"Poor Things: Episodes from the Early Life of Archibald McCandless MD, Scottish Public Health Offer"が原作。
 フランケンシュタインの女性版で、博士はゴッド(ウィレム・デフォー)、怪物はベラ(エマ・ストーン)で、自殺した妊婦ヴィクトリアに胎児の脳を移植して蘇生したもの。従って精神は胎児のもので、0歳児から学習によって成長する。
 博士の助手に選ばれたのが医学生マックス(ラミー・ユセフ)で、ベラの観察記録をつける。
 初めは言葉を覚えるが、体が大人のため自慰に幸福感を持つようになる。マックスは自然児のベラに好意を持ち、博士の取り持ちで婚約。ところが外の世界に興味を持ったベラは、契約書作成のために呼んだ弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)の誘いで駆け落ち。リスボン、アレクサンドリア、パリと回るうちに知性を発達させ、かつ性に対して一切のタブーを持たないために娼婦となる。
 末期癌でゴッドの死期が迫り、ロンドンに呼び戻されたベラは新たな実験体フェリシティ(マーガレット・クアリー)を見て自らの出生の秘密を知る。医学を志してマックスと結婚しようとするが、ベラを発見したヴィクトリアの夫アルフィー(クリストファー・アボット)が略奪。
 アルフィーはDV男で、ヴィクトリアの自殺の原因を知ったベラはアルフィーに反撃。山羊の脳を移植してキメラにし、マックスとの平穏な生活に入る。
 ホラーというよりはヴィクトリア朝を時代背景とするシュールでブラックなダークファンタジーで、残虐シーンや露骨な性描写も多く、好みが大きく分かれる作品。
 テーマ的には当時の抑圧された女性を題材としたフェミニズムで、父性による保護監察(ゴッド)、男性が求める従属と貞節(ダンカン)、夫への隷属の強制(アルフィー)と、それぞれの女性への抑圧が描かれる。
 対するベラは、あらゆる抑圧から自由な、解放された女で、それを受け入れるのがベラの物語の語り手マックスとなっている。
 フェミニズムの象徴としての怪物ベラを演じるエマ・ストーンの独壇場ともいえる作品だが、おそらくベラが絶世の美女で男たちが振り回されることで成立する物語のため、不気味は演じられても絶世の美女は演じられないエマ・ストーンでは、翻弄される男たちが不自然でやや説得力を欠く。
 異質な実験室を演出する広角やモノクロームを使った映像が効果的。 (評価:2.5)

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製作国:アメリカ
日本公開:2024年3月29日
監督:クリストファー・ノーラン 製作:クリストファー・ノーラン、チャールズ・ローヴェン、エマ・トーマス 脚本:クリストファー・ノーラン 撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ 美術:ルース・デ・ヨンク 音楽:ルートヴィッヒ・ヨーランソン
アカデミー作品賞 ゴールデングローブ作品賞

悪魔の果実を得るのは科学者ではなく政治家と社会
 原題"Oppenheimer"。カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによる伝記”American Prometheus”が原作。
 原爆の父オッペンハイマーのマンハッタン計画とその後を描いた作品で、原爆をテーマにしたというよりは、科学者が人類の未来を左右する科学技術を生み出しながらも、それを実際に用いるのは政治指導者であり、科学者は単に使い捨てにされる存在、それによって成果を得られるのは政治指導者という、人間と科学の相剋を描いている。
 それを象徴するのがアインシュタイン(トム・コンティ)で、相対論による栄誉を得ながらも、量子論の登場で時代遅れな存在となる。相対論の果実を受け取るのは科学と人間社会で、アインシュタインは抜け殻となる。
 オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)が原爆開発に携わった理由は、アメリカ系ユダヤ人であるがゆえのナチスドイツとの開発競争に勝つためで、原爆がもたらす惨禍に優先する。マンハッタン計画に参加した他の科学者たちに原爆の使用を反対されて漸くその反倫理性に気づくが、時すでに遅く原子力委員会委員長(ロバート・ダウニー・Jr.)ら政治指導者たちに利用されて終わる。
 広島・長崎の惨状を知り水爆開発に反対するが、共産主義者やソ連との関係を疑われて公職追放。物語の全体は、この聴聞会を枠として語られる。
 原子力に対する科学と政治・社会の目的は違うことに気づかず、原爆の父という汚名だけを残したオッペンハイマー。
 しかし彼が原爆開発をしなくても、他の科学者によって、ドイツやソ連、あるいは日本でいつかは原爆が開発されたことを考えれば、その責をすべてオッペンハイマーに負わせるのは公平とは言えない。
 本作が原爆だけでなく、全ての科学技術、インターネットやAIにまで敷衍して、科学と人間の相剋を描いていることに気づかされる。
 冒頭、多くの物理学者の名前が登場し、量子論や核分裂についての会話が駆け足で進むので、多少の予備知識があった方がわかりやすい。
 オッペンハイマーの妻にエミリー・ブラント、マンハッタン計画責任者の陸軍将校にマット・デイモン、物理学者ボーアにケネス・ブラナー、トルーマン大統領にゲイリー・オールドマン。 (評価:2.5)

ナポレオン

製作国:アメリカ、イギリス
日本公開:2023年12月1日
監督:リドリー・スコット 製作:リドリー・スコット、ケヴィン・J・ウォルシュ、マーク・ハッファム、ホアキン・フェニックス 脚本:デヴィッド・スカルパ 撮影:ダリウス・ウォルスキー 美術:アーサー・マックス 音楽:マーティン・フィップス

英雄ナポレオンと勝利の女神ジョゼフィーヌの相克を描く人間ドラマ
 原題"Napoleon"。
 ナポレオンのフランス革命からセントヘレナ島での死までの約30年間を描く半生記。
 トゥーロン攻囲戦、王党派の反乱鎮圧、子爵未亡人ジョゼフィーヌとの結婚、エジプト遠征、クーデター、皇帝即位、アウステルリッツの戦い、ジョゼフィーヌとの離婚、オーストリア皇女と再婚、ロシア遠征、エルバ島追放、ワーテルローの戦い、セントヘレナ島幽閉と駆け足で足跡を描くが、史劇というよりはむしろナポレオンとジョゼフィーヌとの関係が中心の人間ドラマとなっている。
 ナポレオン(ホアキン・フェニックス)のジョゼフィーヌ(ヴァネッサ・カービー)に寄せる想い、勝利の女神としてのジョゼフィーヌの存在、離婚を契機に運命に見放されていくナポレオン。
 ジョゼフィーヌが多情を責めるナポレオンに対し、あなたにとって私は必要な運命づけられた存在なのだと言い返すが、これがドラマの中核を成す。
 ジョゼフィーヌへの愛が、ナポレオンがヨーロッパの王政と戦い勝利する力の源泉であり、それが損なわれた時、ナポレオンは衰えていく。
 それがリドリー・スコットが描こうとした英雄の陰にあるナポレオンの人物像で、嗣子を産めないジョゼフィーヌは、妻への愛と帝位のどちらを選ぶかをナポレオンに迫る。
 ナポレオンは後者を選び、オーストリア皇女と再婚するが、運命の絆で結ばれたジョゼフィーヌと悲運を分かち合うことになる。
 トゥーロン攻囲戦ではナポレオンの臆病な様子が強調され、天才的な戦略家ではありつつも戦場でもジョゼフィーヌへの想いから離れられない、英雄像からは遠い人間ナポレオンをホアキン・フェニックスが巧みに演じる。
 カメラ11台、エキストラ総勢8000人という戦闘シーンは半端なくスペクタクルで、CGに頼りすぎの近年の映画からは、久し振りに本物の映画を観る思いがする。 (評価:2.5)

マエストロ その音楽と愛と

製作国:アメリカ
日本公開:2023年12月8日
監督:ブラッドリー・クーパー 製作:マーティン・スコセッシ、スティーヴン・スピルバーグ、ブラッドリー・クーパー、フレッド・バーナー、エイミー・ダーニング、クリスティ・マコスコ・クリーガー 脚本:ブラッドリー・クーパー、ジョシュ・シンガー 撮影:マシュー・リバティーク 美術:ケヴィン・トンプソン 音楽:レナード・バーンスタイン

主人公はバーンスタインよりもむしろ妻のフェリシア
 原題"Maestro"で、マエストロ、偉大な音楽家の意。
 レナード・バーンスタインの伝記映画だが、妻フェリシアとの関係を軸に、指揮者としてのデビューから妻の死までを描く芸術家の愛と苦悩の物語で、主人公はむしろフェリシア。
 パーティでバーンスタイン(ブラッドリー・クーパー)と知り合ったフェリシア(キャリー・マリガン)は早速意気投合。4年の交際期間を経て結婚、3人の子供を持ち幸せな家庭を築く。ところがレナードはバイセクシャルで、やがて恋人が家庭に入り込む。遂には娘のジェイミー(マヤ・ホーク)にも気づかれ、大喧嘩の末に別居。フェリシアはかつての女優業に復帰するが乳癌で患い、レナードに見守られながら旅立つ。
 バーンスタインがTVのインタビューを受けるという枠の中での思い出として語られるが、バイセクシャルだったことが強く印象付けられる。
 LGBTを描く映画は数多く、関心はどうしてもそこに向いてしまってキワモノめいてしまうが、本作がそうならなかったのは一つにレナードよりもフェリシアのドラマであること、もう一つは妻への愛とは別に男色がバーンスタインの音楽家としての創造性、インスピレーションの源泉であったと感じられることによる。美青年からの美的インプレッションを芸術に昇華させていたのかもしれない。
 バーンスタインといえば『ウエスト・サイド物語』だが、劇中ではほとんど触れられない。若干寂しい思いもするが、却って観客に媚びない姿勢が作品性を高めていて、むしろ『ミサ曲』が感動的で印象に残る。 (評価:2.5)

ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE

製作国:アメリカ
日本公開:2023年7月21日
監督:クリストファー・マッカリー 製作:トム・クルーズ、クリストファー・マッカリー 脚本:クリストファー・マッカリー、エリック・ジェンドレセン 撮影:フレイザー・タガート 美術:ゲイリー・フリーマン 音楽:ローン・バルフェ

アクションシーンの食べ過ぎで胃腸薬が欲しくなる
 原題"Mission: Impossible – Dead Reckoning Part One"。Mission: Impossibleは任務:不可能なこと。Dead Reckoningは推測航法の意で、船舶が計器によって移動距離・針路・位置などを推定して航海する方法のこと。トム・クルーズがイーサン・ハントを演じる映画シリーズ第7作。
 終盤での伏線となる、AIによる推測航法を採用したロシア新型潜水艦の北極海での事故から始まるが、設定の説明が延々続くので間伸びして退屈する。
 IMFの指令を受けたイーサンがアブダビ空港に現れる辺りからようやくテンポが良くなるが、続くローマでのカーチェイス、ヴェネツィアでの肉弾戦、スイスでのオリエント急行とアクションのてんこ盛りが延々と続く。
 1回では話が収まらずにto be continuedとなったのはともかく、2時間43分は長すぎで締まらず、もう少しコンパクトにできたのではないか? とりわけ、終盤の鉄橋が爆破された谷に車両が何台も落ちていくシーンは、せいぜい2台が適量。
 贅肉を落とせばパート2も収まったかもしれないが、それでは製作・編集期間が足りず、製作費の回収もできないということか?
 自我を持ったAI=Entityを制御するペアの鍵を求めてイーサン、CIA、目的不明のガブリエル(イーサイ・モラレス)の三者の争奪戦が描かれるが、Entityが世界のあらゆるデジタルネットワークを操作し、誤情報を武器にするため、イーサンもCIAもアナログに先祖返りして対抗するというのが可笑しい。
 Entityに分析されたイーサンの弱点が友情というのもアナログ回帰のテーマだが、VFXてんこ盛りの本作自体がテーマに反するか。
 アクションシーンの見せ場は多くてそれなりに楽しめるが、満腹を超えて食べ過ぎで、胃腸薬が欲しくなる。 (評価:2.5)

伯爵

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製作国:チリ
日本公開:劇場未公開
監督:パブロ・ラライン 製作:ロシオ・ハドゥエ、フアン・デ・ディオス・ラライン 脚本:ギジェルモ・カルデロン、パブロ・ラライン 撮影:エドワード・ラックマン

アイディアは面白いが、チリ人でないとピンとこない
 原題"El Conde"で、邦題の意。
 自由選挙によって誕生したアジェンデ政権を1973年に軍事クーデターで倒した独裁者ピノチェトを吸血鬼に譬えた、ブラック・ホラー・コメディ。
 ピノチェトは実はフランス革命前に感染症で吸血鬼になった王党派軍人だったという想定で、マリー・アントワネットの首を持って国外逃亡。反革命に参加した後、1935年にチリに渡って陸軍に入隊、将軍に上り詰めて、軍事クーデターで大統領となり、家族に伯爵と呼ぶように求めたというのがタイトルの由来。
 1988年に失脚して追及を受け、2006年一度死んだふりをして田舎の農場で復活。妻(グロリア・ムンチマイヤー)、4人の子供、白系ロシア人の執事(アルフレッド・カストロ)とともに隠遁生活を送るが、生きることに疲れて死のうと決意。
 遺産が気になる家族はピノチェト(ハイメ・バデル)との腹の探り合いになり、遺産を調べるために修道女(パウラ・ルクシンゲル)を雇うが、修道女の目的はピノチェトの悪魔祓い。ところが吸血鬼は悪魔憑きではないため、逆に修道女が血を吸われて吸血鬼になってしまう。
 そこにマーガレット・サッチャー(ステラ・ゴネット)が登場。鉄の女は実はピノチェトの母で、彼女もまた18世紀から生き延びている吸血鬼。サッチャーが吸血鬼に強姦され産んだ子で、孤児院に捨てられていた。
 ピノチェトを密偵していた修道女は殺され、遺産目的の妻、子供、執事はピノチェトとサッチャーを殺そうとして逆に返討ちに遇い、ピノチェトとサッチャーの母子は新しい生活を求めて出発するというオチ。
 独裁者を民衆の血を吸う吸血鬼になぞらえ、絶えて滅びないというラストになっている。
 ヴェネツィア映画祭脚本賞を受賞していて、独裁者を吸血鬼に比定するアイディアは面白いが、内容的にはチリ人でないとピンとこない。
 残酷な独裁者を描くため、残酷シーンがあるのも要注意。 (評価:2.5)

刑事ジョン・ルーサー フォールン・サン

製作国:イギリス、アメリカ
日本公開:劇場未公開
監督:ジェイミー・ペイン 脚本:ニール・クロス 撮影:ラリー・スミス 音楽:ローン・バルフェ

サスペンス性は高まっているがシナリオは粗くなっている
 原題"Luther:The Fallen Sun"で、ルーサー:落ちた太陽の意。BBC制作のTVシリーズ"Luther"の映画化。
 TVシリーズから4年、ルーサー(イドリス・エルバ)と元上司マーティン・シェンク(ダーモット・クロウリー)以外は新キャストとなっている。
 青年カラムが誘拐されルーサーが事件担当となるが、すぐに真犯人ロービー(アンディ・サーキス)が登場し、ルーサーの過去の違法行為を拡散して逮捕・投獄させてしまう。
 代わりに事件を担当するのが女刑事レイン(シンシア・エリヴォ)で、刑務所内でロービーからの挑戦を受けたルーサーの助言を拒絶。ルーサーは脱獄してロービーの新たな犯罪を阻止するために捜査を始め、犯人と警察に対する二面対決を迫られるという構図になっている。
 ロービーはネット社会を利用して個々人の弱みを握り、それをネタに誘拐して脅し殺害するという異常性格で、警察とルーサーの鼻を明かすというのが目的…らしい。
 握った弱みというのは具体的に描かれず、描いてしまえば凡庸で詰まらなくなるという制作意図なのだろう。
 警察内にも弱みを握られた内通者がいて…という定型を踏むが、レインの娘が誘拐されるのが誘拐パターンから外れていて若干ご都合主義。
 最後はノルウェーの雪原でルーサーたちの処刑をネット実況しようとするが、ルーサーに鼻をへし折られて失敗。火を放ってのタイムレースとなるが、映画にするのでハリウッド・エンタテイメントを求められたか、全般にサスペンス性は高まっているが、その分シナリオが粗くなっている。
 脱獄犯なのに英雄という二律背反を解決するため、ルーサーは死んだことになって、MI5のエージェントに転職? というラストシーンで、シリーズ化を狙う。 (評価:2.5)

ザ・キラー

製作国:アメリカ
日本公開:2023年10月27日
監督:デヴィッド・フィンチャー 製作:セアン・チャフィン、ウィリアム・ドイル、ピーター・マヴロメイツ 脚本:アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー 撮影:エリク・メッサーシュミット 美術:ドナルド・グレアム・バート 音楽:トレント・レズナー、アッティカス・ロス

失敗しちゃった殺し屋の後始末以上のものがないのが物足りない
 原題"The Killer"で、殺人者の意。フランスのアレクシ・マッツ・ノラン作、リュック・ジャカモン画の同名グラフィックノベルが原作。
 ゴルゴ13もどきの殺し屋(マイケル・ファスベンダー)が、暗殺に失敗。警察の目を逃れ、足跡を消し、飛行機を乗り継いで尾行を断ち、愛人のいるドミニカに戻る。
 ところが愛人は襲撃を受けて入院中。襲撃者は依頼人で、暗殺に失敗した殺し屋への報復と知り、襲撃者を乗せたタクシー運転手から男女二人の犯人の特徴を聞き、暗殺の指示役の弁護士と秘書から犯人の名前と住所を聞き出し、犯人の屈強な男を倒し、もう一人の女を殺す。さらに暗殺の依頼人の屋敷に侵入、報復の指示が弁護士だったことを知る。
 殺し屋は依頼人を許してドミニカに戻り、怪我の回復した愛人と安らぐというラスト。
 前半は殺し屋の心得がモノローグで語られ、いざ失敗してからは慌てふためきながら冷静に尾行を巻き、念入りに証拠を廃棄する過程を映像で描く。
 愛人が襲われ、復讐を始めてからは、脅迫と拷問でターゲットを求め、冷血に関係者を殺していく。
 感情に動かされないというのが殺し屋の信条で、サスペンスフルでテンポよく進むハードボイルドな作品に仕上がっているが、暗殺に失敗しちゃった殺し屋の後始末以上のものがないのが物足りない。 (評価:2.5)

リトル・マーメイド

製作国:アメリカ
日本公開:2023年6月9日
監督:ロブ・マーシャル 製作:マーク・プラット、リン=マヌエル・ミランダ、ジョン・デルーカ、ロブ・マーシャル 脚本:デヴィッド・マギー 撮影:ディオン・ビーブ 美術:ジョン・マイヤー 音楽:アラン・メンケン

いっそ俳優を使わずにフォトリアルCGで良かったのではないか
 原題"The Little Mermaid"で、小さな人魚の意。アンデルセンの童話”Den lille Havfrue”(邦題:人魚姫)が原作。
 1989年の同名のディズニー・アニメーションの実写化で、ストーリーはほぼアニメ版に従っている。
 監督がロブ・マーシャルで新曲を加えたミュージカル仕立てになっていることと、俳優が演じる実写であることがアニメ版との大きな違い。
 もっとも、中盤の陸上篇を除くと、実写なのかCGアニメーションなのか判然としないところがあって、いっそのこと俳優を使わずにフォトリアルCGでも良かったのではないかと思わせてしまい、その中途半端さが最後まで胸に引っかかる。
 賛否を呼んだ黒人のハリー・ベイリーのアリエル起用は、CG加工の水中シーンでは暗いシーンが多いということもあって、ほとんど気にならない。
 地上での実写シーンに移ってようやく黒人であることに気づくが、原作が北欧だということを忘れれば違和感はなく、ハリー・ベイリーのアリエルはアニメ版のアリエルよりもむしろ人魚姫らしい可愛らしさがある。むしろ金髪っぽい茶髪に寄せていることの方が気になった。
 人魚形態のアリエルがブラジャーなのもアニメ版以上に気になるところで、CG加工でもっとナチュラルに同化できなかったのか。
 アリエルが泡にならずに王子(ジョナ・ハウアー=キング)とのハッピーエンドを迎えるというラストはアニメ版と同じで腰砕けだが、ディズニーだから仕方がないと諦めるしかなく、アリエル以上に涙が零れる。 (評価:2.5)

インディ・ジョーンズと運命のダイヤル

製作国:アメリカ
日本公開:2023年6月30日
監督:ジェームズ・マンゴールド 製作:キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル、サイモン・エマニュエル 脚本:ジェズ・バターワース、ジョン=ヘンリー・バターワース、デヴィッド・コープ、ジェームズ・マンゴールド 撮影:フェドン・パパマイケル 美術:アダム・ストックハウゼン 音楽:ジョン・ウィリアムズ

復活作品によくある「作らなければよかったのに」感はない
 原題"Indiana Jones and the Dial of Destiny"で、邦題の意。
 運命のダイヤルとは、紀元前の数学者アルキメデスが創り出した時計盤の形をしたタイムマシンで、2つに分割され、1つは所在不明のアルキメデスの墓に、もう一つは第二次世界大戦中にナチの科学者が手に入れたという設定。
 ナチとジョーンズ(ハリソン・フォード)との争奪戦で川底に沈むが、これを手に入れたのがジョーンズの友人バジル(トビー・ジョーンズ)の娘ヘレナ(フィービー・ウォーラー=ブリッジ)で、アポロ11号の月面着陸で沸き立つ1969年、ダイヤルを巡ってジョーンズ、レナ、元ナチの科学者フォラー(マッツ・ミケルセン)の争奪戦となる。
 フォラーの目的は戦時中に時空移動してナチ勝利に歴史を塗り替えること。しかしダイヤルは紀元前214年にセットされていて、フォラーとジョーンズはシラクサ包囲戦に。以下、アルキメデスの墓にあった時計のタイムパラドックスやジョーンズの考古学者の思いも交え、1969への帰還となる。
 老いたとはいえ『インディ・ジョーンズ』なので全編アクションシーンの連続となるが、吹き替えやモーションキャプチャーなどを使って、1944年と1969年のジョーンズのアクションを描く。さすがにハリソン・フォードの演技パートは動きが鈍いが、全体にコミカルなのでさほど気にならない。
 撮影、編集、CG、合成、バーチャルセットなどのVFXを駆使した誤魔化しが上手く、15年ぶりの作品ながら、シリーズものの復活作品によくある「作らなければよかったのに」感はない。 (評価:2.5)

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製作国:アメリカ
日本公開:劇場未公開
監督:ウェス・アンダーソン 製作:ウェス・アンダーソン、ジェレミー・ドーソン、スティーヴン・M・レイルズ 脚本:ウェス・アンダーソン 撮影:ロバート・D・イェーマン 美術:アダム・ストックハウゼン

パニックに陥ったカンバーバッチの顔の演技が見どころ
 原題"Poison"で、邦題の意。ロアルド・ダールの同名小説が原作。
 ハリー・ポープ(ベネディクト・カンバーバッチ)の物語で、イギリス統治時代のインドが舞台。語り手は同居人のウッズ(デブ・パテル)。ウッズがポープの家を訪ねるとポープはベッドに横たわっていて、胸のシーツの下に毒蛇が入り込んでいると冷や汗をかきながらじっとしている。
 ウッズが医者(ベン・キングズレー)を呼んで来て血清注射を打ち、クロロホルムで蛇を眠らせる。シーツを剥ぎ取ると蛇はなく、ポープは嘘をついたと疑っていると怒って「ベンガルのドブネズミ」と医者を追い出してしまう。門には”British Jute”の文字。高慢、或は精神的に病んだ英国人を皮肉ったとも取れる結末。
 パニックに陥ったカンバーバッチの顔の演技が見どころで、舞台のようなセットで上下左右から撮るカメラワークが映像的な魅力。 (評価:2.5)

ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語

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製作国:アメリカ
日本公開:劇場未公開
監督:ウェス・アンダーソン 製作:ジェレミー・ドーソン、スティーヴン・M・レイルズ、ウェス・アンダーソン 脚本:ウェス・アンダーソン 撮影:ロバート・D・イェーマン 美術:アダム・ストックハウゼン

休符のない音楽を聴いているようで集中力がいる
 原題"The Wonderful Story of Henry Sugar"で、邦題の意。ロアルド・ダールの同名小説が原作。
 遺産を相続したギャンブル好きなヘンリー・シュガーがある日、目を使わずにものを見ることのできる男のことを知り、自らも修行してその能力を得、ギャンブルに応用して大金を稼ぐ。簡単に金を稼げることに失望してロンドンの街に札束をばら撒き、警官の忠告でギャンブルで稼いだ金を慈善事業に注ぐ。
 20年後、ヘンリーは自らの血管を透視して血栓を発見。死後、無作為に選ばれたダールがこの物語を書くという結末。
 映画はこの物語をナレーションで語って聞かせるという形式を採っていて、しかも間断なく朗読が続くので、字幕を追うのが相当に辛い。おそらく英語で聞いていても、休符のない音楽を聴いているようで非常に集中力がいる。
 物語に付随する挿絵のような映像は、休符のないナレーションに合わせて絶え間なくセットが入れ替わり、早変わりの舞台を見ているようで面白いが、結局ストーリーが脳味噌に定着しないままに終わる。
 ヘンリー・シュガーをベネディクト・カンバーバッチが演じているというのがウリだが、映画を芸術的に楽しめる向きには一見の価値はあるが、普通にドラマを楽しみたい人には向かない。
 ダールと警官役にレイフ・ファインズ。『ガンジー』のベン・キングズレー、『スラムドッグ$ミリオネア』のデーヴ・パテールとキャストも見どころ。 (評価:2.5)

ネズミ捕りの男

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製作国:アメリカ
日本公開:劇場未公開
監督:ウェス・アンダーソン 製作:ウェス・アンダーソン、ジェレミー・ドーソン、スティーヴン・M・レイルズ 脚本:ウェス・アンダーソン 撮影:ロバート・D・イェーマン 美術:アダム・ストックハウゼン

レイフ・ファインズのジェスチャーを交えた独演が見もの
 原題"The Rat Catcher"で、ネズミ捕獲者の意。ロアルド・ダールの同名小説が原作。
 ガソリンスタンドの主人(ルパート・フレンド)に依頼されて保健所からやってきた鼠捕り男=鼠男(レイフ・ファインズ)がドブネズミ・野ネズミの捕獲法を伝授・失敗した後、ポケットに飼っていたネズミとフェレットを闘わせ、最後はネズミ男がネズミを食べてしまう。そして、チョコレートはネズミ男が採取したネズミの血から作られていると話すという、ちょっと不潔な話。
 レポーター(リチャード・アイオアディ)のナレーションで語られる。
 書割のようなセットで映像的に際立つものはないが、ネズミや毒薬などジェスチャーで演じられるが、最後のネズミとの格闘シーンは人形からアニメーション、更にガソリンスタンドの主人とネズミを演じるものが替わっていくのが見どころか。
 レイフ・ファインズのジェスチャーを交えた独演が最大の見もの。 (評価:2.5)

白鳥

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製作国:アメリカ
日本公開:劇場未公開
監督:ウェス・アンダーソン 製作:ウェス・アンダーソン、ジェレミー・ドーソン、スティーヴン・M・レイルズ 脚本:ウェス・アンダーソン 撮影:ロマン・コッポラ 美術:アダム・ストックハウゼン

肝腎のシーンがナレーションだけでシーンを伴わないのが不満
 原題"The Swan"で、邦題の意。ロアルド・ダールの同名小説が原作。
 大人になったピーター(ルパート・フレンド)が子供時代のエピソードをナレーションで回想する形式。
 少年ピーター(エイサ・ジェニングス)は苛めっ子のアーニーらに両手を縛られて線路の枕木の上に寝かされる。列車を無事やり過ごすと池に連れていかれ、アーニーが白鳥を猟銃で撃ち殺したのを見て抗議。すると白鳥の翼を両腕に括りつけられ、木に登らされる。飛ぶことを拒絶すると銃で脚を撃たれ、必死に枝にしがみついていると明るい光とともに白鳥となって空を飛ぶことができたというお話。
 暴力に負けずないという教訓話だが、具体的な場面を伴わずに延々とナレーションが続くので、捻りの効いたダールのストーリーを理解するのが辛い。
 絵本風のセットと黒子、影絵風の白鳥など各シーンと演出は凝っているが、列車のシーン以外は肝となるシーンが語りで済ませられてしまうため、見どころがないのが不満なところか。
 ダール役はレイフ・ファインズ。 (評価:2.5)

ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー

製作国:アメリカ、日本
日本公開:2023年4月28日
監督:アーロン・ホーヴァス、マイケル・ジェレニック 製作:クリス・メレダンドリ、宮本茂 脚本:マシュー・フォーゲル 音楽:ブライアン・タイラー

キャラクターが活かせてなくゲームの模造品に終わっている
 原題"The Super Mario Bros. Movie"。
 ビデオゲーム『スーパーマリオ』の映画化で、CGアニメ制作はイルミネーション。
 全世界で公開され、歴代最上位の興行成績を収めたが、内容的には残念ながら映画になっていない。
 ブルックリンに暮らすマリオ・ルイージ兄弟が、配水管の修理中に地中の魔法世界に迷い込むという設定。マリオはキノコ王国でピーチ姫と、ルイージはダーク王国でクッパと出会うが、クッパはピーチ姫と結婚しようとキノコ王国に攻め入る。
 一方、マリオはルイージを取り戻すためにドンキーコングと一勝負、キング王国を味方に付ける。以下、ピーチ姫とクッパとの結婚式に間一髪マリオが乗り込み、ピーチ姫を救い出すというマリオワールドの世界観が展開されるが、公式通りのストーリーで意外性が全くない。
 かといってゲームの世界観が活かされているかというと、マリオカート以外は様式を真似ただけでゲームのワクワク感がなく、キャラクターも活かせてなく、単なるゲームの写し絵、模造品に終わっている。
 『ピクセル』(2015)ほどにはゲーム性がなく、『名探偵ピカチュウ』(2019)ほどにはキャラクター性がなく、『魔法にかけられて』(2007)ほどにはパラレルワールドが活かせてない。
 そうした点で本作は単なるゲームの映画への落とし込みでしかなく、映画としての創作性に欠ける。
 映像的には美術性とクオリティが高く、マリオワールドが過不足なく展開され、大スクリーンで観ればゲームの世界に入り込める。 (評価:2)

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製作国:アメリカ
日本公開:劇場未公開
監督:サム・エスメイル 製作:サム・エスメイル、マリサ・イェレス・ギル、リサ・ギラン、チャド・ハミルトン、ジュリア・ロバーツ 脚本:サム・エスメイル 撮影:トッド・キャンベル 音楽:マック・クエイル

不可思議のネタが切れてサスペンス感が消えると急に退屈になる
 原題"Leave the World Behind"で、世界を後にするの意。ルマーン・アラムの同名小説が原作。
 一家四人がウェブサイトを利用してロングアイランドに民泊にやってくる。インターネットが繋がらなくなり、娘は楽しみにしていたドラマ"Friends"の最終回が見られない。ビーチに行くと、タンカーが砂浜に突っ込んで座礁し、漸く異変が起きていることに気づく。
 プロローグから不安を掻き立てるカメラアングルが続き、ホラーかSF感がたっぷり。
 夜になると市街は停電だと民泊オーナー父子が帰ってきて強引に宿泊。庭には鹿の群れが現れ、ドローンが空からアラビア語のチラシを投下。海岸には次々と飛行機が墜落し、死体が転がる。
 高周波の音波、追突した自動運転車の列と続くが、不可思議のネタが切れて2家族の人間ドラマに移る辺りから、それまでのサスペンス感が消えて急に退屈になる。
 どうやら原因はサイバー攻撃で、北朝鮮や中国の名前も飛び交い、遠くに核爆発らしきものが見え、テクノロジーに依存する現代世界の脆弱さを示すが、だからどうするというものが見えない。
 こうしたアルマゲドンを描く映画はこれまでにも多数あるが、警鐘だけに終わっていて目新しさがない。
 世界の終末には、自分と家族の身を守るのが精一杯のエゴイズムが剥き出しになるというのがテーマらしく、娘が隣家の防空壕で"Friends"(友達)の最終話のビデオを発見し、見始めるところで終わる。
 パニックが続く前半に対し後半が尻すぼみで、CGはふんだんに使っているもののクライマックスのない一昔前のSFになっている。 (評価:2)


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