海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

外国映画レビュー──1934年

製作国:アメリカ
日本公開:1934年8月29日
監督:フランク・キャプラ 製作:フランク・キャプラ、ハリー・コーン 脚本:ロバート・リスキン 撮影:ジョセフ・ウォーカー 音楽:ルイス・シルヴァース
キネマ旬報:5位
アカデミー作品賞

『ローマの休日』と『卒業』を連想させるラブコメ
​ ​原​題​は​"​I​t​ ​H​a​p​p​e​n​e​d​ ​O​n​e​ ​N​i​g​h​t​"​で​邦​題​の​意​。​原​作​は​サ​ミ​ュ​エ​ル​・​ホ​プ​キ​ン​ス​の​"​N​i​g​h​t​ ​B​u​s​"​。
​ ​ナ​イ​ト​バ​ス​で​男​女​が​知​り​合​い​恋​に​落​ち​る​と​い​う​物​語​で​、​女​(​ク​ロ​ー​デ​ッ​ト​・​コ​ル​ベ​ー​ル​)​は​銀​行​家​の​娘​。​飛​行​家​に​一​目​惚​れ​し​、​反​対​す​る​父​親​が​船​に​軟​禁​。​娘​は​海​に​飛​び​込​み​、​ナ​イ​ト​バ​ス​で​ニ​ュ​ー​ヨ​ー​ク​の​恋​人​の​も​と​に​向​か​う​。​た​ま​た​ま​乗​り​合​わ​せ​た​新​聞​記​者​(​ク​ラ​ー​ク​・​ゲ​ー​ブ​ル​)​が​世​馴​れ​な​い​気​位​ば​か​り​高​い​金​持​ち​娘​の​世​話​を​焼​く​が​、​当​時​の​こ​と​と​て​新​聞​で​令​嬢​失​踪​の​ゴ​シ​ッ​プ​記​事​を​目​に​す​る​。​道​中​い​ろ​い​ろ​あ​っ​て​ニ​ュ​ー​ヨ​ー​ク​を​目​の​前​に​し​た​と​き​、​二​人​は​恋​心​に​気​づ​く​が​、​金​の​工​面​で​男​が​モ​ー​テ​ル​を​留​守​に​し​た​間​に​、​置​き​去​ら​れ​た​と​誤​解​し​た​娘​は​父​親​に​連​絡​を​し​て​し​ま​う​。
​ ​父​親​は​娘​と​飛​行​家​の​結​婚​を​認​め​、​い​よ​い​よ​ウ​ェ​デ​ィ​ン​グ​と​い​う​時​・​・​・
​ ​ス​ト​ー​リ​ー​は​当​時​の​流​行​も​の​で​通​俗​的​だ​が​、​コ​ル​ベ​ー​ル​と​ゲ​ー​ブ​ル​の​演​技​が​上​手​く​て​、​ラ​ブ​コ​メ​と​し​て​楽​し​め​る​映​画​。​二​人​は​ア​カ​デ​ミ​ー​主​演​女​優​賞​と​男​優​賞​を​受​賞​し​て​い​る​が​、​と​り​わ​け​コ​ル​ベ​ー​ル​が​ハ​リ​ウ​ッ​ド​美​女​で​は​な​い​が​い​い​。​フ​ラ​ン​ク​・​キ​ャ​プ​ラ​は​監​督​賞​、​シ​ナ​リ​オ​も​脚​色​賞​。
​ ​本​作​を​見​て​い​て​気​づ​く​の​は​、​お​転​婆​姫​と​新​聞​記​者​の​身​分​違​い​の​ラ​ブ​ス​ト​ー​リ​ー​が​『​ロ​ー​マ​の​休​日​』​(​1​9​5​3​)​を​、​結​婚​式​の​シ​ー​ン​が​『​卒​業​』​(​1​9​6​7​)​を​連​想​さ​せ​る​こ​と​。​後​年​の​名​作​に​イ​ン​ス​パ​イ​ア​を​与​え​た​か​も​し​れ​な​い​と​い​う​点​で​、​よ​く​で​き​た​作​品​。 (評価:2.5)

製作国:フランス
日本公開:1936年1月19日
監督:ジャック・フェデー 製作:シャルル=フランシス・タヴィノ 脚本:ジャック・フェデー、シャルル・スパーク 撮影:ロジェ・ユベール 音楽:アルマン・ベルナール
キネマ旬報:1位

F・ロゼーの母ではなく女としてのキスが見どころ
 原題"Pension Mimosas"で、ペンション・ミモザの意。
 南仏の市営カジノの近くでプチホテル・ミモザ館を営む女主人ルイズと、彼女の養子の息子の物語。
 ルイズは収監されたギャンブラーが連れていた息子ピエールを引きとって愛情豊かに育てていたが、父が出所してきてピエールをパリに連れ帰ってしまう。
 それから数年、ピエール病気の知らせを受けてパリに向かったルイズは、ピエールが父の血を引いてギャンブラーとなり、ギャングの情婦ネリーと密通して半殺しにあったことを知る。
 ミモザ館に住んで真面目に働くよう説得。後を追ってきたピエールは自動車ディーラーで働き始める。
 ところがネリーがピエールを頼ってやってくる。ルイズはピエールの本気を知って同居を許すが、ネリーはルイズがピエールに養母以上の愛情を抱いていることを女の直感で嗅ぎ、敵意を持つ。ピエールがネリーのために会社の金を横領、さらにネリーがピエールを騙していることを知ったルイズは、パリから情夫のギャングを呼び、ネリーを連れ帰させる。
 ルイズはピエールの横領金の穴埋めにカジノに行き、ビギナーズラックで大勝ち。ミモザ館に戻るとピエールが自殺していたという結末。
 息を引き取る直前、目の見えないピエールがネリーだと思ってキスをせがみ、ルイズが唇を重ねるが、ルイズの母としてではないキスの演技が上手い。
 ルイズのピエールに対する母親としての愛情と女としての愛の葛藤を描く作品で、フランソワーズ・ロゼーの名演とはいえ、戦前、このようなテーマでキネ旬1位となったのが意外にも感じられる。 (評価:2.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1935年5月
監督:エルンスト・ルビッチ 脚本:アーネスト・ヴァホダ、サムソン・ラファエルソン 撮影:オリヴァー・T・マーシュ 音楽:ハーバート・ストサート
キネマ旬報:7位

悪魔の証明が単なる艶笑コメディに終わらせない
 原題"The Merry Widow"で、陽気な未亡人の意。フランツ・レハールの同名オペレッタを改作したミュージカルコメディ。
 東欧の小国マーショヴィアの財産の過半を有する富裕な未亡人ソニア(ジャネット・マクドナルド)を巡る騒動を描くもので、彼女がパリで外国の男たちに求婚され、国の資産が失われるのを恐れた国王が、女たらしの近衛兵ダニロ(モーリス・シュヴァリエ)にソニアを口説いて結婚することを命じる。
 一方、ソニアは密かにダニロを愛していて、ダニロが女漁りで入り浸っているマキシムを訪れ、身分を隠してダニロに近づくが、そうとは知らないダニロは、国王の命令を喋ってしまう。呆れたソニアは姿を消すがダニロは彼女の面影が忘れられなくなる。
 翌日の舞踏会でソニアの正体を知ったダニロは本心からソニアにプロポーズするものの、信じられないソニアとの鞘当てが演じられ、最後はハッピーエンド。
 王妃もダニロの愛人という艶笑コメディで、モーリス・シュヴァリエが得意の色男ぶりを発揮するが、いつも通りにやり過ぎの感があって辟易する。
 予定調和ながらもソニアの誤解を如何に解くかという悪魔の証明が面白く、単なる艶笑コメディに終わっていないのが救い。気の利いたギャグも多く、黒ずくめの生活だったソニアが陽気な未亡人に変身して、今度は白ずくめ生活に変わる中で、黒犬までが白毛になってしまうのが笑える。
 マキシムでのカンカン踊りや、舞踏会での群舞シーンも映像的な見どころ。 (評価:2.5)

製作国:フランス
日本公開:1936年2月
監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ 脚本:ジュリアン・デュヴィヴィエ 撮影:ジュール・クリュージェ 音楽:ジャン・ウィエネル、ロジェ・デゾルミエール
キネマ旬報:4位

開拓精神を美化する優等生的姿勢がやや鼻につく
 原題"Maria Chapdelaine"で、主人公の名。ルイ・エモンの同名小説が原作。
 マリヤ・シャプドレーヌ(マドレーヌ・ルノー)は、カナダ・ケベック州のペリボンカに入植したフランス人の子孫の娘。父(アンドレ・バッケ)は開拓精神を引き継いで、未開の地に住んで森を開墾して畑を造っている。
 マリアに恋するのが猟師のフランソワ(ジャン・ギャバン)、開拓者のユートロープ(アレクサンダー・リニョオ)、都会に住む青年ロランゾ(ジャン・ピエール・オーモン)の3人で、マリアと相思相愛のフランソワはクリスマスにマリアに会うために雪の中を戻ろうとして遭難死。
 ロランゾが華やかな都会に誘ってポロポーズするが、悪しくもマリアの母(シュザンヌ・デュプレ)が死に、ミサで司祭のフランス人入植者の歴史についての説教を聞いたマリアは、母や先祖の労苦に思いをいたし、開拓者精神を引き継ぐユートロープのプロポーズを受け入れる・・・というお話。
 デュヴィヴィエ初期の作品で、ジャン・ギャバンの出世作。邦題に繋がるカナダの雪原と夏の美しい自然が映像的な見どころだが、都会の享楽よりも禁欲的な開拓精神を美化する優等生的姿勢がやや鼻につく。 (評価:2.5)

製作国:ドイツ
日本公開:1935年6月(フランス語版)、劇場未公開(ドイツ語版)
監督:ゲツァ・フォン・ボルヴァリー 製作:フリッツ・フロム 脚本:エルンスト・マリシュカ 撮影:ウェルナー・ブランデス 音楽:アロイス・メリヒャル
キネマ旬報:8位

別れの曲の甘く切ない調べが空々しく響く
​ 原題"Abschiedswalzer"で、別れのワルツの意。ショパンが故国を離れ名声を得るまでを描いた映画で、テーマ曲となった練習曲作品10-3が日本で別れの曲と通称されるきっかけとなった作品。ストーリーは伝記を脚色しており、登場人物や史実とは若干食い違っている。
 1935年に公開されたのはフランス語版"La chanson de l'adieu"(別れの歌)で、当時の制作形態でキャストを入れ替えたもの。フランス語版ではショパンをジャン・セルヴェ、ドイツ語版ではヴォルフガング・リーベンアイナーが演じている。
 時代は1830年、外国支配下にあったワルシャワから教師とともにパリに旅立ったショパンが、オルレアン侯爵夫人の邸の演奏会で成功を収め、名実ともに一流音楽家への道を歩きはじめるまでの物語で、並行してワルシャワの恋人コンスタンティアとの別離までが描かれる。
 ワルシャワ時代、ショパンがコンスタンティアのために練習曲作品10-3を作曲、パリを訪れたコンスタンティアがショパンが手の届かないところに行ってしまったことを悟り、自ら身を引く決心をし、別れ際にこの曲を弾くように頼む。
 教師エルスナーも同様に自分の手には収まらないことを悟ってコンスタンティアとともに帰国を決心するが、新しい恋人ジョルジュ・サンドとのマジョルカ島行きにウキウキするショパンだけが嫌な奴に見えてしまい、別れの曲の甘く切ない調べが空々しく響く。
 作品の出来自体はそつなくまとまっていて、ショパンの来歴と祖国の革命運動に思いを寄せる音楽の背景を知ることができる。全編ショパンの曲が流れるので、ショパン好きには必見か。 (評価:2.5)

紅はこべ

製作国:イギリス
日本公開:1936年5月
監督:ハロルド・ヤング 製作:アレクサンダー・コルダ 脚本:S・N・バーマン、ラホス・ビロ、ロバート・E・シャーウッド、アーサー・ウィンペリス 撮影:ハロルド・ロッソン 音楽:アーサー・ベンジャミンこ

怪傑紅はこべvsフランス革命政府というわかりやすい冒険活劇
 原題"The Scarlet Pimpernel"で、邦題の意。バロネス・オルツィの同名小説、及び夫モンタギュー・バーストウとの共作の同名戯曲が原作。
 フランス革命でギロチンにかけられる貴族たちを救出して、イギリスに亡命させる侠客を描いた冒険活劇で、その正体不明の侠客が紅はこべと呼ばれるイギリス貴族ブレイクニー卿(レスリー・ハワード)、これを追うのが革命政府全権大使ショーヴラン(レイモンド・マッセイ)、というわかりやすい構図になっている。
 これにひと工夫凝らしたのが、ブレイクニー卿の妻でイギリス社交界の花マルグリット(マール・オベロン)が、夫は紅はこべとは知らずにショーヴランと内通していて、夫を窮地に陥れてしまうこと。
 もっともブレイクニー卿の方が一枚上手で、ショーヴランに騙された妻を土壇場で救い、かつショーヴランの配下を抱き込んで、逆転をくらわすという痛快な幕切れとなる。
 快傑ヒーローものなので万事、紅はこべに都合よく出来ていて、普段の顔はボンクラというのも『奇傑ゾロ』(1920)同様、この手のヒーローものにはよくある設定だが、原作は『紅はこべ』の方が先。
 かつてマルグリットがフランス貴族をショーヴランに売ったことで夫との夫婦仲が冷え切っているが、それが誤解であり、マグリットが夫への愛の証を立てたことで夫婦仲が戻るというメロドラマにもなっている。
 ロベスピエールのジャコバン派を悪、紅はこべたちイギリス貴族・フランス貴族を善と単純に色分けされ、フランス革命はあくまで舞台設定に過ぎない。
 紅はこべが完璧なフランス語を話すことになっているが、全編英語でほとんどフランス語が出てこないのがちょっぴり残念。マール・オベロンがとっても美人。 (評価:2.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1935年4月
監督:ベン・ヘクト、チャールズ・マッカーサー 製作:ベン・ヘクト、チャールズ・マッカーサー 脚本:ベン・ヘクト、チャールズ・マッカーサー 撮影:リー・ガームス
キネマ旬報:10位

踊り子の17歳とは思えない色気が最大の見どころ
​ 原題"Crime Without Passion"で、邦題の意。
 犯罪者でも無罪にしてしまうという、口の達者な悪徳辣腕弁護士(クロード・レインズ)が、恋人を色っぽい踊り子(マーゴ)から金髪美人(ウィットニー・バーン)に乗り換えるという話で、踊り子から自殺すると脅されてアパートに出掛けたところが揉み合っているうちに拳銃が暴発して踊り子が卒倒。
 死んだと思った弁護士は、証拠隠滅とアリバイ工作に精を出して成功かと思いきや、アリバイを覆す目撃証人が現れて、動転してその恋人を射殺してしまう。踊り子が生きているのを知って茫然自失、因果応報を知るという教訓話。裁判でさんざんコケにしてきた検事に刑務所に送り込まれてチョンとなる。
 クロード・レインズ演じる弁護士が大して魅力的ではなく、なぜそんなに女にもてるのかわからない上に、踊り子に浴びせる罵詈雑言が酷くて、なぜ踊り子がそんな男に縋りつくのかもわからない。
 辣腕弁護士というのも口先だけで詐欺師と大して変わらず、あまりに物語上のお約束に頼りすぎで、もう少し演出がなんとかならないかというのが率直な感想。
 それにつけても踊り子カルメン役のマーゴ。メキシコ生まれの女優兼ダンサーで、出演時17歳。これがデビュー作で、17歳とは思えない色気が本作最大の見どころとなっている。
 悪徳弁護士に因果応報をもたらすのが、冒頭イメージシーンで登場する悪魔の三姉妹らしいが、女を苛めたから懲らしめるのか、登場する意味がよくわからない。 (評価:2.5)

製作国:フランス
日本公開:1935年2月
監督:ルネ・クレール 脚本:ルネ・クレール 撮影:ルドルフ・マテ、ルイ・ネエ 音楽:モーリス・ジョーベール
キネマ旬報:1位

食事代は鶏、お釣りは雛、チップは卵が笑わせる
​ 原題"Le Dernier Milliardaire"で、邦題の意。
 モナコを髣髴させる、観光とカジノで成り立っている小国カジナリオが舞台のナンセンス・コメディ。
 財政豊かで税金のないカジナリオがどういう理由か財政危機に見舞われ、海外で富豪となったバンコ(マックス・デアリー)に王女(ルネ・サン・シール)との結婚を餌に資金援助を求める。
 40年ぶりに帰国したバンコは財政再建と引き換えに行政長官の地位を得て独裁体制を敷く。バンコに反発する閣僚たち、さらに王女の恋人の音楽隊長が部下を率いてバンコを追放しようと寝込みを襲うが失敗。ところが頭を打ったバンコは狂ってしまい、椅子使用禁止、短パンを履けといったとんでもない法律を発布。
 今度は皇太子が襲撃するが再び頭を打ったバンコは正気に返り、王女が音楽隊長と駆け落ちすると、代わりに女王と結婚。バンコが留守の間に株の暴落で財閥が破綻、無一文となるが、開き直って年金生活を宣言するというフランスならではのオチ。
 前半、貨幣が消えたカジナリオでは物々交換が始まり、食事代は鶏、お釣りは雛、チップは卵というギャグが冴えているが、面白いのはバンコの頭が狂う前までで、以降はネタが尽き、ただのおふざけで白けるばかり。笑うどころか欠伸が出るようになる。
 カジナリオの財政危機を世界恐慌、バンコの独裁と狂人ぶりをヒトラーになぞらえる向きもあるが、前者はともかく後者はいささか考えすぎかもしれない。 (評価:2)