海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──1998年

製作:フジテレビジョン、ポニーキャニオン、アルタミラピクチャーズ
公開:1998年10月10日
監督:磯村一路 製作:周防正行、桝井省志、宅間秋史 脚本:磯村一路 撮影:長田勇市 音楽:Lee-tzsche with penguins 美術:磯田典宏
キネマ旬報:3位

田中麗奈のブルマと水面を走るボートのきらめき
 敷村良子の同名小説が原作。
 松山の高校に入学した女の子(田中麗奈)が男子ばかりのボート部に入り、1年生の女の子を新人戦までと説得して入部させ、競技に出場する物語。当然最下位となるが、負けた悔しさを梃子にそれからもボートの練習と競技に打ち込んでいく、女子高生の青春映画。
 テーマや題材としてはよくあるが、女子ボート部というのが特長。『スイングガールズ』などの予定調和的ハッピーエンドではないところがいい。
 この映画を見ていると、誰にでもある青春のきらめきはほんの一時期でしかなく、その多くは満足する結果を残さない。しかしそれは宝石のように輝いていて、二度と得ることはできず、その甘酸っぱい思い出を胸に長い人生を歩んでいく。
 そのような青春の光を心に宿すことができた人は幸せで、そのことを女子ボート部の女子高生は思い出させてくれる。その意味でこの映画は、すでに大人となっている人が見るべき青春映画で、彼女たちの姿に遠い日の自分の姿を重ね、勇気づけられる。
 水のきらめきに中に浮かぶボートと、オールを漕ぐ彼女たちの姿が美しく躍動的。田中麗奈のデビュー作で、18歳の彼女のブルマ姿がかわいい。 (評価:3)

製作:今村プロダクション、東映、東北新社、角川書店
公開:1998年10月17日
監督:今村昌平 脚本:今村昌平、天願大介 撮影:小松原茂 美術:稲垣尚夫 音楽:山下洋輔、栗山和樹
キネマ旬報:4位

母の教え通りに淫売のバイトをする娘が主役を食う
​ 坂口安吾の『肝臓先生』が原作。敗戦直前の岡山県の漁村・日比が舞台。
 東京帝大医学部卒のエリートが、片田舎で開業医をし、風邪ひきでも食中毒でも構わず肝臓炎と診断することから肝臓先生と綽名され、やぶ医者とみられているという設定。
 もっとも、当時肝炎が流行していて、ウイルス性の伝染病だという知見がなく、むしろ肝臓先生は肝炎の先駆者として多数の臨床例を集めてウイルスの発見に努めるという、名医であり研究者だったというのが実際で、大学同窓会で卒業生の賛辞を集める。
 肝炎で死んだ患者を解剖して、高性能の顕微鏡でウイルスを発見するものの、怪我をした脱走捕虜を入院させていたことからスパイ容疑で逮捕され、ウイルス研究をやめて町医者の初心に戻るというラストとなる。
 父親を失った地元娘(麻生久美子)を看護婦として引き取るが、如何にも今村昌平らしい性的に大らかな存在。幼い頃に遊女をしていた母親から「ただマンは好きな男だけとするように」という教えを受け、貧しい家計を支えるために淫売のバイトをしている。
 看護婦になる際にバイトを禁止されるが、妹に頼まれて淫売をしたり、娘に求婚する役所勤めの男からしっかり金を取ったために、男は横領事件を起こしてしまう。
 この純情娘が怪我をした脱走捕虜を入院させてしまったことから事件となるが、役柄としては主人公を食っていて、北村和夫、三國連太郎に続く3番候補で起用された柄本明は飄々としているが内面の深みがなく、主人公の熱意や葛藤が感じられないのが残念なところ。
 主人公の友人の僧侶・唐十郎が名脇役。スケベな軍医に伊武雅刀、執心する置屋の女将に松坂慶子。同窓会で挨拶する一人が小沢昭一で、チョイ役ながらも上手い。 (評価:2.5)

製作:東映ビデオ
公開:1998年9月26日
監督:崔洋一 脚本:崔洋一、鄭義信 撮影:藤澤順一 美術:今村力 音楽:鈴木茂
キネマ旬報:7位

社会の裏側で生きる在日アジアンの悲しいファンタジー
​ 『傷だらけの天使』パターンの凸凹コンビが主人公の刑事ドラマで、岸谷五朗が非合法な連中にタカっている新宿警察署のヤクザ刑事・中山、大杉漣が相棒の在日コリアンの情報屋・秀吉という組み合わせ。
 これに美人の上海女(冨樫真)が加わるが、これが在日コリアンのヤクザ・権田(遠藤憲一)の愛人で、中山のセックスフレンド、実は秀吉の恋人。
 この上海女が秀吉と組んで権田のシマを荒らし、尚且つ男を作っていたことがバレて殺されたことから、中山と秀吉の犯人探し、権田への復讐となる。
 ポップでテンポよくコメディタッチで物語は進行していくのでそれなりに楽しめるが、伏線が多すぎてストーリーがわかりにくい。東映ビデオ製作なので、1回見ただけでは話が分からずビデオで繰り返し見て伏線を解くようにできている。
 映画としては反則だが、岸谷五朗と大杉漣の演技だけでなんとなく楽しめるようになっているのは、さすがの演出。
 日本人は警察だけで、描かれるのは歌舞伎町の在日コリアンと日本に出稼ぎに来た中国人。日本社会の裏側で生きる在日アジアンの生態を描くという崔洋一らしい作品だが、『月はどっちに出ている』(1993)ほどには踏み込んでいない。
 もっとも秀吉と上海女が金稼ぎをしていたのは、二人で日本を脱出してバリ島で暮らすためという、在日アジアンの悲しいファンタジーという哀愁は盛り込まれている。 (評価:2.5)

踊る大捜査線 THE MOVIE

製作:フジテレビジョン
公開:1998年10月31日
監督:本広克行 製作:中村敏夫 脚本:君塚良一 撮影:藤石修 音楽:松本晃彦

小泉今日子のサイコパスな演技が最大の見どころ
 ​T​V​シ​リ​ー​ズ​の​劇​場​化​第1​作​で​、​TV作品の時系列の流れを引いた後日談。真下(ユースケ・サンタマリア)が係長になっている。
 エピソードは3つから構成されていて、猟奇殺人事件、署内の窃盗事件、副総監誘拐事件の順に発生。誘拐事件を軸に展開するが、猟奇殺人犯が事件解決の切っ掛けとなる。
 刑事ドラマとしては突っ込みどころも多く、​T​V​シ​リ​ー​ズに比べるとシナリオ的な粗さも多いが、映画化ということでお祭り的な​派手さがある。湾岸署3バカトリオ(北村総一朗・小野武彦・斉藤暁)のコメディや小ネタなど、TVシリーズのツボを押さえた作りで、大抵は尺の違いと特性の違いを解決できず、気負い過ぎに終わるTVシリーズの映画化としてはまずまずの出来。
 誘拐事件は黒澤明の『天国と地獄』のオマージュだが、最大の見どころはゲストの猟奇殺人犯・小泉今日子のサイコパスな演技。
 映画なので総花にならざるを得ず、すみれ(深津絵里)の活躍があまりないのが残念。青島(織田裕二)と室井(柳葉敏郎)を中心に話は進み、二人の関係のアナロジーとして和久(いかりや長介)と副総監(神山繁)のエピソードもあるが、若干白ける。最後に出てくる看護婦は木村多江。 (評価:2.5)

製作:ホネ・フィルム、丸紅
公開:1998年6月6日
監督:相米慎二 製作:中川滋弘 脚本:中島丈博 撮影:長沼六男 音楽:大友良英 美術:小川富美夫
キネマ旬報:10位

自然回帰、自由に生きる翼が欲しいという定型的物語
​ 椎名誠の同名短編小説が原作。
 中国がまだ世界を席巻する大国になる前で、文明に毒されていない中国に共感と幻想を抱いていた時代の作品。今となっては本作に描かれた日本人にとってのファンタジーが、中国そのもののファンタジーとなってしまった。その虚しさを実感できる作品。
 制作者たちは本作に描いた少年のような夢想とセンチメントを30年後の今、どのように総括するのだろう?
 物語は、商社マン(本木雅弘)の青年が、出張で中国・雲南省の山地の村に翡翠取引の契約に訪れるというもの。会社に貸金があるというヤクザ(石橋蓮司)が途中から同行することになり、中国人の案内人(マコイワマツ)ともども、車と筏を乗り継いで、雲南省山中にある少数民族の村を訪れる。
 いわば青年とヤクザのズッコケ珍道中で、車の扉が取れたり、筏を引く亀が逃げ出したりといったエピソードを交えながら、少数民族の村に到着。そこで少女が子供たちを集めて鳥人の飛行訓練をしているのを目にし、祖父が空からやってきたという話を耳にして、その謎に迫る。
 祖父はイギリス空軍のパイロットで戦時中に不時着、村人に同化する。大自然に暮らす素朴な村人たちと暮らすうちにヤクザは人間本来の生き方を見つけ、翡翠を手にした青年と日本に帰国後、指を詰めて堅気となり、村に戻って自然を守りながら電気など村人たちの文化的生活に手を貸す開発コーディネーターとなる。
 語り手は青年で、会社と文明に縛られた生活に疑問を感じながらも、少数民族の人間らしい生き方、そこに参加したヤクザを憧憬するという都会人の話になっている。
 よくある自然回帰、自由に生きる翼が欲しいという定型的物語で、翼で自由に飛び回る少数民族を象徴するファンタジックなラストシーンで締めくくられる。 (評価:2.5)

製作:「リング」「らせん」製作委員会(角川書店、ポニーキャニオン、東宝、IMAGICA、アスミック、オメガ・プロジェクト)
公開:1998年1月31日
監督:中田秀夫 製作:河井真也、仙頭武則、一瀬隆重 脚本:高橋洋 撮影:林淳一郎 美術:斉藤岩男 音楽:川井憲次

『13日の金曜日』の設定を巧みに組み合わせた成功作
 鈴木光司の同名小説が原作。
 それまで怪談映画や子供向け怪談ものが中心だった日本のホラー映画界で、若者向けJホラーブームのきっかけを作った作品で、原作ともどもヒットした。
 本作のアイディアは、女子高生を中心とした都市伝説、ビデオ、チェーンメールといった風俗的要素を取り込んだことで、とりわけビデオから抜け出してくる貞子が大きな目玉。
 もっとも設定そのものは『13日の金曜日』をなぞっていて、湖のキャンプ場→伊豆の別荘、ジェイソン→貞子、湖→井戸、13日の金曜日→13日の月曜日となっていて、1週間というタイムリミットが付け加えられる。モニターから抜け出す元祖はドン・ガバチョで、巧みに要素を組み合わせている。
 中田秀夫は怪談映画のオーソドックスな手法を用いて、恐怖感を持続させるのに成功しているが、音楽に頼り過ぎの面もある。謎解きの中心になるのが前夫で霊能力者というのも、若干ご都合主義。恐怖の死に顔もあまり怖くない。
 冒頭で死ぬ女子高生はこれが映画デビューの竹内結子、主役の松嶋菜々子も映画初出演で若い。前夫に真田広之、その教え子に中谷美紀。
 ハリウッドでリメイクもされたが、本家の方が上。 (評価:2.5)

製作:ト​ラ​ム​・​松​竹​・​衛​星​劇​場
公開:1998年12月19日
監督:相米慎二 製作:中川滋弘 脚本:中島丈博 撮影:長沼六男 音楽:大友良英 美術:小川富美夫
キネマ旬報:1位
ブルーリボン作品賞

桜の花びらのように儚い春を思うホームドラマ
​ ​村​上​政​彦​ ​の​小​説​「​ナ​イ​ス​ボ​ー​ル​」​が​原​作​。​脚​本​は​中​島​丈​博​。
​ ​バ​ブ​ル​崩​壊​後​の​銀​行​や​証​券​会​社​の​破​綻​を​背​景​に​し​た​時​代​で​、​山​一​証​券​の​倒​産​は​1​9​9​7​年​。​主​人​公​(​佐​藤​浩​市​)​は​証​券​会​社​社​員​で​、​倒​産​の​カ​ウ​ン​ト​ダ​ウ​ン​に​入​っ​て​い​る​。​郊​外​の​妻​の​実​家​に​暮​ら​し​、​物​語​は​義​父​の​葬​式​か​ら​始​ま​る​。​妻​(​斉​藤​由​貴​)​と​小​さ​な​息​子​、​義​母​(​藤​村​志​保​)​の​4​人​暮​ら​し​。​5​歳​の​時​に​死​別​し​た​は​ず​の​父​(​山​崎​努​)​が​突​然​現​れ​て​転​が​り​込​み​平​凡​な​家​庭​に​波​乱​が​起​き​る​が​、​基​本​は​何​事​も​な​い​ホ​ー​ム​ド​ラ​マ​。​母​(​富​司​純​子​)​か​ら​も​愛​人​か​ら​も​愛​想​を​尽​か​さ​れ​た​お​邪​魔​虫​の​父​、​兄​夫​婦​(​三​浦​友​和​・​余​貴​美​子​)​に​別​居​を​迫​ら​れ​て​い​る​母​、​会​社​の​危​機​も​知​ら​さ​れ​ず​精​神​失​調​気​味​の​妻​・​・​・
​ ​時​代​を​背​景​に​そ​れ​ぞ​れ​の​孤​立​が​描​か​れ​、​最​後​に​新​し​い​生​命​の​ヒ​ヨ​コ​を​遺​し​て​父​が​死​に​、​失​業​し​た​主​人​公​は​何​と​か​な​る​と​妻​に​言​っ​て​物​語​は​終​わ​る​。​日​本​が​沈​没​し​た​当​時​の​気​分​と​し​て​は​、​そ​れ​が​未​来​へ​の​希​望​だ​っ​た​が​、​そ​れ​か​ら​十​数​年​経​っ​て​も​希​望​は​見​え​な​い​。
​ ​相​米​慎​二​は​3​年​後​に​癌​で​死​ん​だ​が​、​何​と​か​な​る​と​い​う​だ​け​で​希​望​そ​の​も​の​や​困​難​に​立​ち​向​か​う​精​神​を​描​く​こ​と​の​で​き​な​か​っ​た​映​画​は​、​何​と​か​な​る​と​思​っ​て​何​と​も​な​ら​な​い​人​々​し​か​描​け​ず​、​時​が​経​て​ば​単​に​ネ​ガ​テ​ィ​ブ​な​気​分​し​か​残​さ​な​い​。​桜​の​花​の​よ​う​に​春​は​儚​い​。​富​司​純​子​が​好​演​。 (評価:2.5)

製作:吉本興業、丸紅
公開:1998年6月27日
監督:阪本順治 製作:木村政雄、古里靖彦 脚本:阪本順治、田村竜 撮影:笠松則通 美術:原田満生 音楽:井上堯之
キネマ旬報:8位

愚か者たちへのそこはかとないノスタルジー
 『傷だらけの天使』(1997)の前日譚。
 久(真木蔵人)が相棒となる満(豊川悦司)と出会うまでの物語で、何をやっても失敗ばかりで定職に就けない久が、人がいいばかりに万引き女(大楠道代)に頼まれて息子探しをするというのが大筋。息子に桝井勝、暴力夫に大杉漣。
 タイトルの愚か者は久ばかりでなく、万引き女、息子、亭主を含め登場人物全員で、要は世の中の誰もが愚か者で、それでも精一杯生きている姿を戯画的に描く。
 かといって、芯の通ったテーマやドラマがあるわけでもなく、愚か者たちを俯瞰的に眺めているだけなので、せいぜいがを上から目線で愚か者たちを笑って愚か者の一人である自分を慰撫するくらいの中身しかない。
 それでも本作がそれなりに見ていられるのは、真木蔵人演じる久がトコトンどうしようもないのに、その人のよさだけはピカ一で、やってることはクズ人間なのに憎めないキャラクターに仕上がっていることにある。その点ではストーリー性の作品というよりはキャラクタードラマとして見た方がいい。
 ラストは久の住んでいたボロアパートがマンションに立て替わるというカットと、久が捨てた犬がルンペンに拾われていたというシーンで終わるが、近代化の影に隠れていく愚か者たちへのそこはかとないノスタルジーを感じさせる。 (評価:2.5)

製作:松竹、日本テレビ放送網、住友商事、角川書店、読売新聞社
公開:1998年10月17日
監督:山田洋次 脚色:山田洋次、朝間義隆 撮影:長沼六男 美術:出川三男 編集:石井巌 音楽:冨田勲
キネマ旬報:6位

「学校」を見にきた観客を裏切る大人の恋愛ドラマ
 鶴島緋沙子の自閉症スペクトラムの息子を描いた小説『トミーの夕陽』が原作の一部。
 失業者たちが通う職業訓練校を扱うが、自閉症スペクトラムの息子を持つ母(大竹しのぶ)と、同じ職業訓練校に通う元大企業部長の男(小林稔侍)との恋愛が中心となるために、若干タイトルに偽り有りの内容になっている。
 物語の内容は、職業訓練校の生徒たち、リストラや失業等によって就業に苦悩する生徒たちの実態、あるいは職業訓練校の実態や悲喜こもごもを描くのではなく、中高年の男女の家庭のドラマと男女関係を描いている。
 夫と死別し障碍児を抱える女、妻子と別居している男が職業訓練校で出会い、心の琴線に触れながら互いに心を寄せていくものの、脆くて崩れそうな互いの家庭のために一線を超えないという、山田洋次らしい大人の男女のドラマとして手堅く、よく出来ている。
 しかし、田中邦衛、ケーシー高峰、笹野高史という個性派を職業訓練校生徒に揃えながら、学校での通り一遍の役柄しか与えられず、どのような背景とドラマを抱えているかは描かれないために、職業訓練校は単なる物語のきっかけとしての舞台装置しか与えられてなく、「学校」としてのドラマは希薄になっている。
 リストラされた大竹や小林の職場での背景にほとんど触れられることがないのも、「学校」としての物語を薄くしている。「学校」をタイトルに据えているならば、学校をテーマとして描くべきで、障碍児母子家庭やリストラ中高年男女の恋愛や生き方を描くならば、別のタイトルにしないと、前2作と同様の「学校」を見にきた観客を裏切ることになる。
 さだまさしが職業訓練校の事務職員として出演。他に寺田農、余貴美子。 (評価:2.5)

冷血の罠

製作:大映
公開:1998年7月11日
監督:瀬々敬久 製作:池田哲也 脚本:井土紀州、瀬々敬久 撮影:林淳一郎 美術:丸尾知行 音楽:ゲイリー芦屋

都会とそこに暮らす人間の闇の深層が描けてない
 藤原智美の小説『恋する犯罪』が原作。
 渋谷南口から国道246号線超えた一画、桜丘を舞台にした局所的ミステリー。
 歩道橋の脇にある公衆トイレは始終非常ベルが鳴っているのに誰も関心を持たないというのが本作の原点で、そうした都会の無関心の中で起こる犯罪や小さな事件に埋もれている日常に拘る男二人を描く。
 主人公の藤原(哀川翔)は桜丘で私立探偵となって、妹を自殺に追い込んだレイプ犯を探しているが、自殺した妹の元夫・花園(西島秀俊)と再会したことから、花園が犯人を捜すために桜丘で起きた小さな事件を丹念に調べていたことを知り、調査を引き継ぐことになる。
 花園が犯人を捜すために犯人の心理に同化して夜の桜丘を徘徊していたというのが肝で、花園から送られたビデオでレイプ犯を突き止めたものの、犯人は自殺。花園自身が犯罪を犯すようになり、最後は同棲している人妻と無理心中を藤原に予告して、自らの事件ファイルを締め括ろうとする。
 心中は失敗に終わり、なすすべもない街の中で物語はやるせなく終わるが、藤原も花園もやるせなくかっこつけただけで、二人の深層が描けたわけでもなく、まして都会の闇の深層が描けたわけでもないのが残念な作品にしている。 (評価:2.5)

製作:東宝、角川書店、サンダンス・カンパニー
公開:1998年9月26日
監督:平山秀幸 製作:原貞利、高井英幸、阿部忠道 脚本:鄭義信 撮影:柴崎幸三 音楽:千住明 美術:中澤克巳、許書毓
キネマ旬報:2位
毎日映画コンクール大賞

鬼女、菩薩を演じ分ける原田美枝子が見どころだが
 下田治美の同名小説が原作。
 終戦間もなく台湾人・陳と結婚した母・豊子との間に生まれた娘・照恵の5歳から15歳までの物語を、中学生の娘・深草の母となった現在から描く。
 母となった照恵と豊子の2役を原田美枝子が演じるが、老婆となった現在の豊子も演じていて、この演じ分けが大きな見どころとなっている。原田はブルーリボンと毎日映画コンクールで主演女優賞を獲得。
 5歳の時、照恵は父とともに母と別れるが、間もなく父は結核で病死。施設から母に引き取られるが虐待を受け、中学を卒業した後も給料を取り上げられ、弟の助力で家出する。それ以来、家族とは会っていないのだが、弟が詐欺で収監されて再会。愛していた父の遺骨探しを娘とともに始める。父の死んだ病院、故郷・台湾を巡り、遺骨を発見したのちに、老いた母が開く美容院を客として訪れる。
 要は捨ててしまった母の愛を乞い求める旅の話なのだが、この物語には二つ大きな問題があって、一つは中卒で満足な教育も受けられなかった女性が、結婚・離婚で母子家庭となったのちに、生活感のないプチブル的な中流生活を送っていること。もう一つは、ひどい虐待を受けたにもかかわらず母の愛情を求め続けていたという不自然な観念論。
 原田が娘を虐待するシーンは真に迫っていて迫力があるのだが、母になってからの原田はどこか生温くリアリティに欠ける。それが本作の後半を嘘くさいものにしていて、感動物語にしようとすればするほど見ている方は白けて涙よりも欠伸が出てしまう。
 ラストで5歳の時の母との別れのシーンが繰り返され、豊子が泣いて捨てないでくれと叫ぶのだが、かなり違和感があってリアリティがない。前半はいいが、後半はヒューマンドラマに無理な結末をつけようとして腰砕けの感じ。
 父の入院中に一時預けられていた台湾人夫婦に小日向文世、熊谷真実。義父の國村隼がなかなかいい。 (評価:2.5)

製作:松竹
公開:1999年3月27日
監督:中原俊 脚本:山田耕大 撮影:上野彰吾 音楽:山田武彦
キネマ旬報:10位

せめて孤児となった風吹の娘を心配してほしい
 山本おさむの同名漫画が原作。
 中学校の同窓会で再会した男女が、当時の叶わなかった恋を成就するという物語で、甘く切なくセンチメントに溢れるが、物語には矛盾も多く、目いっぱい感傷の風呂敷を広げているだけの凡作。
 おまけの評点を付けたのは、そんな通俗的ラブストーリーにも拘らず、男女を演じる小林薫と風吹ジュンがシナリオの瑕疵を埋めて余りある情感を演じているためだが、作り物のドラマは作り物でしかない。
 最も気になるのは、同窓会で小林が風吹のことをまったく記憶していないにも拘らず、途中から中学時代の詳細な思い出話に耽る点で、あまりのご都合主義。
 小林のことを片思いしていた風吹が、バツイチとなって郷里に帰り、再会した小林に思いを募らすというのはわかるが、クラスで一番の美人だった風吹を記憶すらしていなかった小林が、不満のない家庭生活を送りながら風吹に魅かれていく理由がまったく語られない。ただの遊び心ならともかく、小林の好演で本気度がわかるだけに、その疑問がラストまで続いてしまう。
 昔の叶わなかった恋を成就しただけで満足という、いじらしい娘心を持ったオバサンを演じられるのは風吹だからこそで、小林ならずとも参ってしまうが、その風吹が事故死してしまうという結末はあまりに作為的。生きたまま健気に生きる風吹と、彼女への思いを抱いて日常を生きる小林を描いた方が感動的だった。
 それにしても孤児となった風吹の娘と出会った小林が、自分の感傷だけに浸って娘の心配をしてやらないリアリティのなさは如何なものか。 (評価:2.5)

製作:東宝映画
公開:1998年06月06日
監督:根岸吉太郎 製作:中川敬 脚本:荒井晴彦 撮影:丸池納 音楽:朝川朋之 美術:部谷京子
キネマ旬報:10位

犯人・役所広司、刑事・渡辺謙のゴールデンコンビ
 白川道の小説『海は涸いていた』が原作。
 犯罪者を主人公とするヒューマンドラマで、主人公の芳賀が役所広司、彼を追う刑事役が渡辺謙という豪華組み合わせ。中村嘉葎雄、夏八木勲が渋い脇を固め、妹の薫役をヴァイオリニストの川井郁子が演じ、チャイコフスきーのヴァイオリン協奏曲を弾いている。
 役所・渡辺の演技は見どころだが、物語は類型的。養護施設、養子、ヤクザといった通俗的道具立てが並ぶ。その上、音楽家、演奏会、婚約、殺人事件、暗い過去に、和賀ならぬ芳賀となれば、なんとなく『砂の器』を連想してしまって、あとはどれだけ新味があるかということになるが、根岸吉太郎の演出はオーソドックスで手堅い分、型破りなものは何もない。
 とりわけ鼻につくのがあまりに定型的な古臭い演出で、ラストで麻生祐未に抱えられながら役所が死ぬシーンは半世紀前の悲劇ドラマを見ているようで恥ずかしくなる。麻生祐未と焼津の海について語る場面も下手な小劇団の芝居のセリフみたいで観念的な言葉の羅列。それを根岸は丁寧というよりはしつこいくらいにじっくり描くので、情緒的悲劇性に黴が生えたような湿り気と臭いがある。
 役所と渡辺がかっこいい。この組み合わせはなかなか見られないので、ふたりのファンにはお薦め。 (評価:2)

製作:「リング」「らせん」製作委員会(角川書店、ポニーキャニオン、東宝、IMAGICA、アスミック、オメガ・プロジェクト)
公開:1998年1月31日
監督:飯田譲治 製作:河井真也、仙頭武則、一瀬隆重 脚本:飯田譲治 撮影:渡部眞 美術:斉藤岩男 音楽:池瀬広

世にも不思議なシナリオだが、佐伯日菜子の不気味な顔が○
 鈴木光司の同名小説が原作。『リング』の続編。
 続編にありがちな無理やりの話で、監督も中田秀夫から飯田譲治に代わってホラー感もパワーダウン。SFなのかミステリーなのかホラーなのかよくわからないストーリーに、死んだ子供の再生話というオカルトまで加わって、何が目玉なのかわからないグチャグチャ感。
 脚本も担当した飯田が、フジテレビの『世にも奇妙な物語』出身だったと知れば、本作もまたその延長線上にある不思議話で、幽霊とセックスして子供が生まれたという結末も首肯できる。
 ホラーとしては、冒頭は『リング』っぽさを残すものの、すぐに真田広之の内臓がえぐり出された解剖台のグロシーンに変わり、佐伯日菜子演じる貞子とセックスするシーンは怖いものの、貞子が憑依した中谷美紀とイチャイチャし始めると完全にホラーではなくなる。
 ウイルスなのか呪いなのかどうでもいいというシナリオで、解剖医の佐藤浩市が呪いを絶つためにビデオカセットを足で踏んづけるシーンに、「おいおい問題は磁気記録なんだから、消去するか燃やせよ」と突っ込みを入れたくなる。
 舞を演じる中谷美紀が結構頑張っていて、世にも不思議なシナリオだが、中谷の演技と佐伯の不気味な顔が見どころ。 (評価:2)

製作:セ​ン​ト​ラ​ル​・​ア​ー​ツ​、​フジテレビジョン、​東​映​ビ​デ​オ
公開:1998年11月14日
監督:澤井信一郎 脚本:伊藤亮二、澤井信一郎 撮影:木村大作 音楽:久石譲 美術:桑名忠之
キネマ旬報:9位

コメディと思うと意外に観られる熟年純愛映画
​ ​中​里​恒​子​の​同​名​小​説​が​原​作​で​、​『​マ​デ​ィ​ソ​ン​郡​の​橋​』​か​ら​始​ま​っ​た​熟​年​純​愛​小​説​が​『​失​楽​園​』​で​日​本​で​も​流​行​っ​た​時​代​。
​ ​見​始​め​て​コ​メ​デ​ィ​か​と​思​っ​た​が​、​原​作​者​は​芥​川​賞​作​家​な​の​で​お​そ​ら​く​違​う​。​吉​永​小​百​合​も​下​手​だ​が​、​渡​哲​也​が​そ​れ​に​輪​を​か​け​て​下​手​で​、​ギ​ャ​グ​か​と​思​わ​せ​る​台​詞​の​連​発​で​、​こ​れ​が​コ​メ​デ​ィ​で​な​く​て​マ​ジ​な​熟​年​純​愛​映​画​だ​と​い​わ​れ​る​と​、​お​そ​れ​入​谷​の​鬼​子​母​神​で​、​朝​顔​で​も​買​っ​て​時​雨​に​加​賀​千​代​女​を​愛​で​た​く​な​る​。
​ ​物​語​は​2​0​年​前​に​見​染​め​た​未​亡​人​(​吉​永​)​と​偶​然​再​会​し​た​建​設​会​社​専​務​(​渡​)​が​会​社​と​妻​子​を​捨​て​て​人​生​や​り​直​そ​う​と​す​る​。​ふ​た​り​を​繋​ぐ​の​は​生​け​花​と​花​器​と​藤​原​定​家​と​西​行​。​熟​年​カ​ッ​プ​ル​ら​し​く​侘​寂​を​愛​で​な​が​ら​、​定​番​の​京​都​の​寺​巡​り​。​し​か​し​現​実​に​足​を​引​っ​張​ら​れ​、​吉​野​の​山​は​遠​く​、​西​行​の​庵​の​夢​は​狭​心​症​と​と​も​に​果​て​る​。
​ ​ふ​た​昔​以​上​前​の​昼​メ​ロ​を​観​る​思​い​で​、​少​女​だ​っ​た​頃​の​吉​永​小​百​合​の​面​影​を​必​死​で​追​い​求​め​な​が​ら​、​歳​を​と​っ​た​彼​女​を​愛​せ​な​い​の​は​自​分​が​純​な​心​を​失​っ​て​し​ま​っ​た​の​か​と​反​省​し​な​が​ら​、​そ​れ​も​ギ​ャ​グ​の​う​ち​か​と​思​う​作​品​。
​ ​若​い​こ​ろ​は​色​っ​ぽ​か​っ​た​佐​藤​友​美​も​老​け​て​、​林​隆​三​も​そ​れ​な​り​に​若​き​情​熱​を​失​っ​て​い​る​の​が​救​い​。 (評価:1.5)