海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──1943年

姿三四郎

製作:東宝
公開:1943年03月25日
監督:黒澤明 脚本:黒澤明 撮影:三村明 音楽:鈴木静一

思わず納得する黒澤リアリズムの原点
 戦時中の作品で一部フィルムが失われたために、初公開オリジナル版、再公開短縮版、カット部分が一部ロシアで発見された最長版の3つがある。DVDはこの最長版。原作は富田常雄の同名小説。講道館柔道の創始者・嘉納治五郎と、三四郎には講道館四天王の一人・西郷四郎がモデルになっている。
 黒澤明の初監督作品だが、カメラワークやカット割り、美術、演出にすでに黒澤のリアリズムと完璧主義を見ることができる。マイナスは、ストーリーの若干の単純さと古臭さ、アクションシーンの迫力不足だが、黒澤の初期作品の完成度の高さに驚く。
 丹下左膳・大河内傳次郎のシリアスな演技、水戸黄門・月形龍之介のニヒルな演技、黒澤映画にはおなじみの志村喬、往年の美人女優・轟夕起子も見どころ。三四郎役の藤田進は、ウルトラシリーズにもよく出演していた。 (評価:3.5)

製作:大映京都
公開:1943年10月28日
監督:稲垣浩 製作:中泉雄光 脚本:伊丹万作 撮影:宮川一夫 音楽:西梧郎

阪妻の演技と宮川一夫の画期的な映像に尽きる
 原作は岩下俊作『富島松五郎伝』で、映画化後に原作も『無法松の一生』に改題された。
 都合4回映画化された原作の最初の映画化。1958年に同じ稲垣浩監督、伊丹万作脚本で、三船敏郎を主役にリメイクされた。
 無法松こと富島松五郎は九州・小倉の人力車夫で、喧嘩っ早いが真っ直ぐな性格で人気がある。そんな松五郎が子供を助けたことから軍人一家と親しくなり、父親逝去後に未亡人と遺児に尽くすという物語。
 シナリオ的には、松五郎の人となりを紹介する冒頭部分のシーンと台詞に物足りなさがあるが、子供を助けるあたりからは阪東妻三郎の熱演が光る。話そのものは単なる人力車夫の片思いという人情物語で、公開当時の庶民的人気は別としても、それほど飛び抜けたものではない。しかし、本作の魅力は、庶民派ヒーローを演じる阪東妻三郎の演技に尽きる。
 もう1点、本作を名画足らしめているのは撮影の宮川一夫で、人力車の車輪のアップを筆頭に躍動感のある映像、走馬灯のようにオーバーラップする多重露光による映像など、当時としては画期的な撮影手法を用いている。
 映画そのものは戦時中の公開で内務省、戦後にGHQの二重の検閲を受けたために、1本の作品として見た場合には不完全なところがあり、人物描写としてもストーリーとしても欠けた部分が多い。
 そうした点が残念だが、映画史的には価値のある作品。 (評価:3)

花咲く港

製作:松竹大船
公開:1943年7月29日
監督:木下恵介 脚本:津路嘉郎 撮影:楠田浩之 美術:本木勇 音楽:安倍盛

ペテン師もお国のために尽くすソフトな戦意高揚映画
 原作は岩下俊作『富島松五郎伝』で、映画化後に原作も『無法松の一生』に改題された。
 都合4回映画化された原作の最初の映画化。1958年に同じ稲垣浩監督、伊丹万作脚本で、三船敏郎を主役にリメイクされた。
 無法松こと富島松五郎は九州・小倉の人力車夫で、喧嘩っ早いが真っ直ぐな性格で人気がある。そんな松五郎が子供を助けたことから軍人一家と親しくなり、父親逝去後に未亡人と遺児に尽くすという物語。
 シナリオ的には、松五郎の人となりを紹介する冒頭部分のシーンと台詞に物足りなさがあるが、子供を助けるあたりからは阪東妻三郎の熱演が光る。話そのものは単なる人力車夫の片思いという人情物語で、公開当時の庶民的人気は別としても、それほど飛び抜けたものではない。しかし、本作の魅力は、庶民派ヒーローを演じる阪東妻三郎の演技に尽きる。
 もう1点、本作を名画足らしめているのは撮影の宮川一夫で、人力車の車輪のアップを筆頭に躍動感のある映像、走馬灯のようにオーバーラップする多重露光による映像など、当時としては画期的な撮影手法を用いている。
 映画そのものは戦時中の公開で内務省、戦後にGHQの二重の検閲を受けたために、1本の作品として見た場合には不完全なところがあり、人物描写としてもストーリーとしても欠けた部分が多い。
 そうした点が残念だが、映画史的には価値のある作品。 (評価:2.5)

生きてゐる孫六

製作:松竹大船
公開:1943年11月18日
監督:木下恵介 脚本:木下恵介 撮影:楠田浩之 美術:本木勇 音楽:早乙女光

お国のためにという台詞が滑稽で反語のように聞こえてくる
 戦時下の食糧増産奨励のために作られた国策映画。
 浜松の地主・小名木家に村の若者が未開墾の三方ヶ原を食糧増産のために提供するように求めてくる。ところが武田信玄と徳川家康の戦いがあった古戦場・三方ヶ原には鍬を入れてはならないという言い伝えがあって、病弱な当主(原保美)は首を縦に振らない。
 これに偽物の名刀・関の孫六を持つ軍人(上原謙)と関の孫六を手に入れたい医者(細川俊夫)の話が絡み、最後は家宝・関の孫六を所有する当主が診察してくれた御礼に名刀を医者に譲り、三方ヶ原の開墾に同意、偽物の関の孫六に替る名刀を鍛冶屋(河村黎吉)に作ってもらった軍人は出征して万事めでたし。
 木下恵介らしい抒情とユーモアで、ほのぼのとした作品になっている。
 シナリオ的には、関の孫六の話を中心に三方ヶ原の古事、食糧増産、戦意高揚を無理矢理継ぎ接ぎした感じで、ぼうっとして焦点が定まっていない。
 お国のためにというストレートな台詞が多いのだが、登場人物たちが戯画化されているため、それもどこか滑稽に感じられ、国策に対する反語のように聞こえてくる。 (評価:2.5)

サヨンの鐘

製作:松竹(下加茂撮影所)、台湾総督府、満州映画協会
公開:1943年7月1日
監督:清水宏 脚本:長瀬喜伴、牛田宏、斎藤寅四郎 撮影:猪飼助太郎 美術:江坂実 音楽:古賀政男

前半は高砂族の村のドキュメンタリーの様相
 日本統治下の台湾北部の山岳地帯にあるタイヤル族の村が舞台で、その少女サヨンの実話が基になっている。
 村の巡査で教師を兼務していた田北(劇中では武田=近衛敏明)に召集令状が届き、出征する武田のためにタイヤル族の青年たちが歩荷をするが、その中の少女サヨン(李香蘭)が丸木橋で足を滑らせて水死。これを顕彰するために鐘が送られたというもの。
 台湾原住民の皇民化政策に格好の愛国美談として映画化されたもので、劇中ではタイヤル族青年たちが勇んで徴兵を希望するなど、典型的な戦意高揚映画となっている。
 もっとも戦時下製作とは思えないほどにタイヤル族の村は長閑で、サヨンが子供たちと一緒に豚を追い、山羊を育て、アヒルと田舎道を行進する等、戦争はこの平和な村に降りかかった災難のような印象を与える。
 恩師である武田を万歳三唱で送り出すシーンでサヨンが見せる表情も、雨に濡れた雫なのか涙なのか峻別できないように演出され、サヨンの悲しげな目からは清水がむしろ戦争によって奪われる日常に対する庶民の悲しみへの共感を描こうとしていたのではないかとさえ思える。
 ラストシーンはサヨンの鐘の音と共に、丘に連なる墓標を舐めていくカメラワークとなっていて、戦意高揚とは裏腹な哀悼の映画となっている。
 見どころはむしろタイヤル族の村の景色と機織りなどの生活風景にあって、前半は高砂族の村のドキュメンタリーの様相さえ帯びている。 (評価:2)


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