海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──2021年

製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
公開:2021年8月20日
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介、大江崇允 撮影:四宮秀俊 美術:徐賢先 音楽:石橋英子
キネマ旬報:1位
毎日映画コンクール大賞 アカデミー国際長編映画賞

多言語劇の中で手話が最もコミュニケーション力を持つ
 村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』が原作。
 原作は俳優の家福と愛車サーブ900の専属運転手・みさき、亡妻の愛人・高槻の3人のエピソードで、本作はそれを基に3時間に膨らませている。
 このため家福が演出する多言語の戯曲を通して描かれる言語によるコミュニケーションの限界と、枠物語として語られる家福の妻との個人的な関係性を通しての自己認識の発見という二つのテーマに分離していて、終盤に後者のテーマに収束する中で、前者のテーマが未消化にままに終わっているのが残念なところ。
 それを除けば、約3時間の会話を中心とする物語を緩みなく運んでいて、カンヌ映画祭で脚本賞を獲ったシナリオと、演出力に改めて感嘆する。
 妻・音(霧島れいか)と高槻(岡田将生)の浮気を目撃した家福(西島秀俊)は、妻の突然死によって妻の愛の真実を確かめられないままにいる。広島の国際演劇祭でチェーホフの「ワーニャ伯父さん」を多言語劇として演出することになり、高槻がオーディションに応募、ワーニャを演じることになる。
 二人を結び付けたのは互いの音へのこだわりで、内面をさらけ出すことで、それぞれの音との関係性を探ることになる。
 家福の愛車の専属運転手になるのが北海道の寒村で生まれ、孤独に生きてきたみさき(三浦透子)で、家福は幼くして亡くした愛娘の面影を抱くようになる。
 高槻が不祥事で警察に逮捕され、上演が危ぶまれる中、家福はみさきの故郷を訪ねることになり、妻だけでなく自分自身に対しても不誠実だったことを知る。家福は高槻の代役として、人生の苦しみの中で生きる目的を求めるワーニャの役を演じる…というのが大筋。
 ラストシーンは、サーブ900に乗って韓国で暮らすみさきで終わるが、その経緯は説明されない。また喫煙者だったみさきは煙草を吸っていない。
 家福はみさきと本心を語り合うようになって煙草を吸い始めるが、鬱積したものを吐き出すという暗喩にも見え、北海道から広島で途中下車したみさきが再び西に向かい、母の重荷からの解放を得たというのが、ラストシーンの意味することかもしれない。
 人と人とののコミュニケーションの限界というのは、これまでも濱口が描いてきたテーマで、本作では登場人物がそれぞれ異なった言語で意思を疎通する劇中劇として描かれる。コミュニケーションにおいて言葉は意味をなさないというもので、日本語、韓国語、英語などが飛び交う中で、最もコミュニケーション力を持つのが手話というのが面白い。唖者であるイ・ユナ(パク・ユリム)が語り掛ける目の表現力に驚かされる。
 同じように寡黙なのがみさきで、言葉を介さずに家福とのコミュニケーションを深めていくが、もっとも寡黙な愛車サーブとの体感によるコミュニケーション、さらにはセックスを通したコミュニケーションへと話は広がる。
 タイトルの"Drive My Car"はビートルズの楽曲にあり、隠語で性交の意味がある。 (評価:2.5)

製作:NEOPA fictive
公開:2021年12月17日
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介 撮影:飯岡幸子 美術:布部雅人、徐賢先
キネマ旬報:3位

赤の他人同士でもわかり合えるという感動的なラスト
 偶然と想像からなる三話のオムニバス。
 第1話「魔法(よりもっと不確か)」は、女友達二人(古川琴音、玄理)が同じ男(中島歩)を愛してしまうという三角関係モノ。三人はそれぞれの関係を互いに知らないが、玄理の惚気話から偶然それに気づいた古川が2年前に別れた元カレ(中島歩)を今も愛していることに気づく。喫茶店で三人が鉢合わせするが、古川は中島に本心を告白する想像をしながら、身を引いてしまう。
 愛する者とのコミュニケーションが出来ないもどかしさと、恋の魔法よりも不確かな愛がテーマ。
 第2話「扉は開けたままで」は、芥川賞を獲った大学教授(渋川清彦)と、教授を逆恨みするボーイフレンド(甲斐翔真)に頼まれてハニートラップを仕掛ける主婦学生(森郁月)のエピソード。扉を開けたままの教授室でのトラップは不成功に終わるが、実のところ二人は密かに惹かれ合っていて、小説の朗読を通した想像の中で二人は互いに愛を告白することになる。それは主婦の偶発的な失敗から破局を招く。
 通常の会話や常識的な言葉に依らない愛の告白とコミュニケーションの成立を描く。
 第3話「もう一度」は、偶然出会った赤の他人同士が、互いを元同級生と勘違いする話。元恋人だと思った同性愛者(占部房子)が、憧れていた同級生だと思った主婦(河井青葉)の家に招かれるが、会話の途中で勘違いがわかる。それぞれに幸福を実感できず、思いを打ち明ける中で二人が互いを理解し、自己認識を深める。
 真のコミュニケーションは、必ずしも親しい者同士で成立するものではないということが描かれる。
 三話を通して、愛する同士ならわかり合えるという思い違いから始まり、赤の他人同士であってもわかり合うことが可能という結論に昇華する。
 濱口が探求し続ける人同士のコミュニケーションがテーマだが、第3話のラストは心を揺さぶられるものがある。 (評価:2.5)

製作:『いとみち』製作委員会(アークエンタテインメント、晶和ホールディング、日誠不動産、RAB青森放送、東奥日報社、ドラゴンロケット)
公開:2021年6月25日
監督:横浜聡子 脚本:横浜聡子 撮影:柳島克己 美術:布部雅人、塚本周作 音楽:渡邊琢磨
キネマ旬報:9位

安易なサクセス・ストーリーで終わらないところがいい
 越谷オサムの同名小説が原作。
 話すのが苦手で友達もいない津軽・板柳の女子高生が、青森市のメイド喫茶でアルバイトをすることで殻を打ち破り、前に一歩踏み出すという成長物語。
 主人公のいと(駒井蓮)は幼い頃に母親を亡くし、育てられた祖母(西川洋子)譲りの津軽弁の訛りがきつい。弘前の大学教授の父(豊川悦司)とも疎遠で、名人である祖母の演奏を真似て憶えた津軽三味線にも最近は触れていない。タイトルのいとみちは弦を押さえて指にできる跡のことで、糸道が消えたことを祖母に叱られる。
 そんな地味ないとがスマホで見つけたメイド喫茶の華やかな制服に惹かれてアルバイトを始めるが、オーナー(古坂大魔王)が薬事法違反で警察に捕まり、店は存続の危機に。メイドなど下賤だという父に、差別主義者といとが初めて反抗して家出、店の同僚・智美(横田真悠)の家に厄介になる。
 いとが津軽三味線を特技とすることを知った智美の発案で、メイド喫茶でライブを企画して成功。父とも和解して岩木山に登り、津軽平野を見下ろしながら人間なんて矮小な存在だと悟るという物語。
 いとを始め、メイド喫茶の面々が叶わぬ夢や挫折を抱え前途に希望を見い出せない中で、殻を破ることで燻った現状を変え、一歩を前に踏み出せるかもしれないという、閉塞感を抱える若い人たちへの応援歌となっていて、安易なサクセス・ストーリーで終わらないところがいい。
 いとの家族は誰も津軽人らしいじょっぱり(意地っ張り)で、無口で不器用ないとがじょっぱりの本領を発揮して自己変革していく姿が良く、津軽出身の駒井蓮がこれを好演している。
 西川洋子は高橋竹山の弟子だが、俳優のように違和感なく祖母役を演じている。 (評価:2.5)

製作:アスミック・エース、DOKUSO映画館、NK Contents
公開:2022年1月21日
監督:片山慎三 製作:佐野真之、玉井雄大、ナム・ギホ 脚本:片山慎三、小寺和久、高田亮 撮影:池田直矢 美術:松塚隆史 音楽:高位妃楊子
キネマ旬報:9位

韓流映画のテイストを持ったエンタテイメント作品
 大阪・西成に暮らす頼りない父親としっかり者の娘という『じゃりン子チエ』(1981)を連想させるキャラクター設定で、監督の片山慎三が『母なる証明』の助監督を務めてポン・ジュノの影響を受けたというだけあって、サスペンスフルでコミカルな良い意味で韓流映画のテイストを持ったエンタテイメント作品になっている。
 父(佐藤二朗)が失踪し、その行方を娘(伊東蒼)がボーイフレンドと探す現代パート、娘がたどり着いた瀬戸内の島の家で、父の名を騙る青年(清水尋也)が起こした3ヶ月前の殺人事件パート、父が青年と知り合い、母が亡くなった13ヶ月前から現在に至るパートの3部構成で、時系列を遡った最後に現代パートに戻る。
 各パートはそれぞれ娘、青年、父の視点から語られ、主人公が変わっていくので若干戸惑うが、ミステリーとしてはよくできている。
 事件の真相となるには、SNSの自殺志願者に対する幇助ないしは殺人で、それを趣味と仕事にしている青年が変態っぽくていい。
 青年が瀬戸内で殺害する一人暮らしの老人(品川徹)も変態で、変態がエスカレートして殺害に至る流れが非日常的で、題材の持つリアリティの嫌悪感を和らげている。
 最後に父が青年の仕事を手伝っていた真相を娘が知るが、結末は描かれない。三人のキャラクター造形がよくできていて、それぞれが好演している。 (評価:2.5)

犬王

製作:“INU-OH” Film Partners
公開:2022年5月28日
監督:湯浅政明 脚本:野木亜紀子 作画監督:亀田祥倫、中野悟史 美術:中村豪希 音楽:大友良英

音楽とアニメーション表現の融合を図る現代版『ファンタジア』
 古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』が原作。アニメーション制作はサイエンスSARU、キャラクター原案は松本大洋。  南北朝の時代に活躍した猿楽師・犬王が主人公のミュージカル。
 足利義満が北朝の正統性のために壇ノ浦で沈んだ三種の神器・天叢雲剣を壇ノ浦の漁師に引き揚げさせるが、呪いにより漁師は死亡。同舟した息子・友魚は盲となる。
 友魚は恨みを晴らすべく京に向かうが、宮島で『平家物語』を語る琵琶法師・谷一に弟子入り。遊行の途上、異形の犬王と出会い、成仏できない平家の霊魂のために猿楽を演じる。
 犬王は世阿弥と人気を二分することになるが、義満は皇統統一の象徴として犬王の『平家物語』の異本を禁じ、平家の魂の救済を続けて父の復讐を止めないる友魚を斬首。
 友魚は地縛霊となって現代に至るが、600年かけて友魚を探し続けた犬王の霊と再会。共に昇天するというストーリー。
 もっとも湯浅政明は物語よりもアニメ・ミュージカルと映像表現に重きを置いているため、原作を知らないとストーリーがよくのみ込めない。
 逆にストーリーを気にしなければ、犬王を演じるアヴちゃん、友魚を演じる森山未來が歌い上げる『平家物語』の熱唱が聴きどころ。犬王の猿楽が不明なのをいいことに、ポップし、ロックし、シャウトし、エレキギターまで使って平曲とポップ音楽を合体させ、『ファンタジア』(1940)のような音楽とアニメーション表現の融合を図るという、アバンギャルドで楽しいエンタテイメントに仕上がっている。 (評価:2.5)

製作:「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会
公開:2021年8月20日
監督:白石和彌 脚本:池上純哉 撮影:加藤航平 美術:今村力 音楽:安川午朗
ブルーリボン作品賞

暴力団組織と警察組織の狐狼同士の対決と残酷シーンがウリ
 前作『孤狼の血』(2018)の続編で、役所広司亡き後、悪徳刑事を引き継いだ若手刑事(松坂桃李)が再び暴力団絡みの事件を捜査するが、オリジナル・シナリオながら、物語の構造は前回を引き継いでいる。
 舞台設定は3年後の平成2年、暴力団も仁義からビジネスに替わったという点は、今回もまた『仁義なき戦い』(1973)を踏襲している。『仁義なき戦い』風のナレーションはオマージュ以外の意味を持たず、リアリティの薄さと相まって違和感を残す。
 ストーリーの荒唐無稽さはヤクザ劇画並みだが、前作よりはオリジナリティが強まった分、面白くなっている。
 今回、松坂桃李がコンビを組むのは定年を控えた冴えないおっさん中村梅雀で、狐狼の松坂との凸凹コンビとなるが、とんだ食わせ者…というのは前作と同じ。
 対する相手は、呉のヤクザ社会の爪弾き者、上林(鈴木亮平)で、堕落した暴力団組織に立ち向かう狐狼と腐敗した警察組織の狐狼との狐狼対決というのが今回のウリ。
 もっとも本当のウリはバイオレンス描写で、暴力というよりは残酷シーンが見せ場。スラム育ちの上林が常軌を逸した精神異常者で、怒りに任せて目をくり抜くという殺害手口を得意とする。
 近年、ストレス解消で顧客満足を得ようというバイオレンス映画が流行りで、これを人間に内在する暴力衝動などと持ち上げるので、怒鳴り合い、暴力をただ暴力として描くだけの作品が多い。北野武以降の勘違いした邦画の風潮が悲しいが、本作もその列に加わる。
 最後は狐狼刑事対狐狼ヤクザのネバーエンドの戦いになるが、これも『ターミネーター』(1984)以降のアクション映画の定型で、定石を踏まえたシナリオ、演出にいささか食傷する。
 ヤクザ関係者に吉田鋼太郎、寺島進、かたせ梨乃、村上虹郎、西野七瀬。警察関係者に滝藤賢一、宮崎美子。新聞記者に中村獅童。 (評価:2.5)

とんび

製作:「とんび」製作委員会
公開:2022年4月8日
監督:瀬々敬久 脚本:港岳彦 撮影:斉藤幸一 美術:磯見俊裕、露木恵美子

ダメ親父に出来た息子の人情噺という類型だが楽しめる
 重松清の同名小説が原作。タイトルは「鳶が鷹を生む」から来ていて、父子鷹ならぬ父が鳶、子が鷹という物語。
 子が幼い頃に母を亡くしたシングルファーザーが主人公で、後年直木賞作家となった子が父の人生を語るという構成になっている。
 ダメ親父に出来た息子の人情噺という類型的な作品だが、ダメ親父のキャラクター造形が良く出来ていて楽しめる。
 舞台は広島、物語は1962年の旭の出生から始まり、母・美佐子(麻生久美子)の事故死、父・安男(阿部寛)の子育て、旭(北村匠海)の大学受験と上京・就職・由美との(杏)結婚、2020年の安男の死まで。
 安男は無教養な運送会社の運転手で、酒飲みで乱暴・粗忽という絵に描いたようなダメ親父。子育ても不器用で、上手に旭との関係を築けない。その父子を陰に陽に支えるのが、安男の幼馴染で小料理屋の女将・たえ子(薬師丸ひろ子)を中心とした飲み仲間、職場の同僚(濱田岳)等で、人情噺の脇を固めるキャラクターもいい。
 美佐子の事故死の原因が父子の関係性の伏線となっていて、それが父にあると思っていた旭が二十歳になって曾祖父の遺言により真実を知るという、父に対する評価の転換点がこの人情噺の鍵となっている。
 安男の幼馴染の住職・照雲(安田顕)の妻・幸恵に大島優子が好演。 (評価:2.5)

キネマの神様

製作:「キネマの神様」製作委員会
公開:2021年8月6日
監督:山田洋次 脚本:山田洋次、朝原雄三 撮影:近森眞史 美術:西村貴志 音楽:岩代太郎

新型コロナウイルス禍で変更されたシナリオに違和感
 原田マハの同名小説が原作。
 かつて映画監督を志しながらも、極度の緊張症から初監督クランクインで大失敗。撮影所を辞めて今は年金暮らしながらも、酒とギャンブル依存症で娘から見捨てられた男が主人公。
 この男ゴウの現在と過去が並行して描かれ、現在を沢田研二、過去を菅田将暉が演じる。同様に妻となった淑子の現在を宮本信子、過去を永野芽郁、友人のテラシンの現在を小林稔侍、過去を野田洋次郎、娘を寺島しのぶ、孫を前田旺志郎、原節子がモデルと思しき女優・園子を北川景子が演じるが、総じて演技力が高く、山田洋次らしい安心して見ていられる作品になっている。
 物語は青春時代を振り返りながら、テラシンに告白されながらもゴウを選んだ淑子の選択が正しかったのかという人生ドラマを軸に、ゴウが撮ろうとして撮れなかった処女作『キネマの神様』の脚本を孫が現代に甦らせ、見事城戸賞(劇中では木戸賞)を獲得。『東京物語』として映画化されるまでが描かれる。
 『キネマの神様』の脚本は、1924年のサイレント・コメディ『キートンの探偵学入門』(公開時邦題は『忍術キートン』)でキートンが客席からスクリーンの中に入っていくというアイディアをヒントにしたもので、これをオマージュしたウディ・アレン『カイロの紫のバラ』(1985)同様、映画の主人公がスクリーンから客席に抜け出してくるというもの。
 本作のラストシーンでは、ゴウが客席で園子がスクリーンから出てくる夢想の中で息を引き取り、ゴウが若き日の撮影現場に帰っていくという、これも山田らしいメルヘンでセンチメンタルなエンディングとなっている。
 改めて山田の円熟の職人芸を見るが、新型コロナウイルス禍で変更されたシナリオに違和感があって、消化されていない感じが残る。ラグビー・ワールドカップを含めて、同時進行の社会情勢を敢えて採り入れなかった方が、松竹100周年記念作品としては映画の普遍性を描けたのではないか。
 リリー・フランキー演じる先輩監督など、撮影所時代の映画の雰囲気が伝わってくる。 (評価:2.5)

製作:「空白」製作委員会
公開:2021年9月23日
監督:吉田恵輔 製作:河村光庸 脚本:吉田恵輔 撮影:志田貴之 音楽:世武裕子
キネマ旬報:7位

全体にステレオタイプな描写が底を浅くしている
 万引きした女子中学生(伊東蒼)をスーパー店長(松坂桃李)が追いかけ、交通事故で死なせてしまうという事件を巡り、店長と車を運転していた女性への、女生徒の父親(古田新太)の怒りと赦しがテーマとなる。
 怒鳴り散らすだけで理不尽を絵に描いたような男を演じる古田新太がはまり役だが、型にはまり過ぎているのが難。父親だけでなく、ワイドショーの興味本位な偏向報道による周囲の執拗な嫌がらせというのも型にはまっていて、スーパーは潰れてしまう。
 娘の遺品から信じたくなかった万引きを知り、これがきっかけとなり死んだ娘を理解しようとする無理解だった父親という、これまた型にはまった展開となる。
 交通整理員になった松坂と出会った古田が、怒りに身を任せていた自分を省みて、店長と加害女性が求める赦しを拒絶していたことを反省。ようやく人を赦すことを知るという、ヒューマンドラマとなっている。
 暴走する父親を演じる古田のほぼワンマンショーとなっていて、通俗ながら怒りの充満する社会に反省を促すドラマとしては楽しめる。
 古田の離婚した妻を田畑智子、加害女性の母を片岡礼子、スーパー店員を寺島しのぶが演じていて、全体に安定感のあるキャスティングだが、店長に過剰な好意を示すキモいオバサンを演じる寺島しのぶが、群を抜いて上手い。
 頑固親爺、マスコミ、中学校の教師など、全体にステレオタイプな描写なのが、底を浅くしている。 (評価:2.5)

製作:朝日新聞社、RIKIプロジェクト
公開:2021年5月21日
監督:石井裕也 製作:五老剛、竹内力 脚本:石井裕也 撮影:鎌苅洋一 美術:石上淳一 音楽:河野丈洋
キネマ旬報:2位

社会の底辺に生きるというある種のナルシズムに辟易する
 本作は主人公の尾野真千子に共感できるかどうかに懸かっていていて、共感できないと社会の底辺に生きるというある種のナルシズムに辟易する。
 良子(尾野真千子)は元女優。夫とカフェを経営していたが、夫(オダギリジョー)が交通事故死しコロナ禍もあって失業。ショッピングモールの花屋で働く傍ら、中学生の純平(和田庵)との生活費、義父の老人施設入居費のために、夜は風俗で稼ぐ。
 交通事故では加害者の謝罪がなかったために賠償金を受け取らず、義父の世話、夫が外に作った子供の養育費を自分に与えられた義務=ルールと考える道理に生きる女。
 一方、この母子に対置される元官僚の加害者一家と弁護士、純平の苛めっ子、教師や花屋の店長、良子の元同級生らは非人間的な存在として描かれ、わかりやすくはあるが記号的でリアリティに欠ける。
 良子の味方は同類の風俗店の同僚ケイ(片山友希)と店長(永瀬正敏)だけで、子宮頸がんで余命を知ったケイは良子に貯金を渡して自殺してしまう。
 社会から落ち零れた負け犬同士が傷を舐めあい、しかしプライドだけは捨てないという物語だが、ルールを重んじて感情を抑え込んできた良子が、元同級生に見下されて包丁を持ち出し急に理性をなくしてしまうのが解せない。
 観客の鬱憤解消のカタルシスを狙ったようでもあり、最後は純平と二人、(コロナ禍で先行き不透明な?)カオスな世の中を頑張って生きようで終わるが、良子のキャラクター性が曖昧なままで、純平の天才ネタも積み残したままになっている。 (評価:2)

ちょっと思い出しただけ

製作:東京テアトル、ユニバーサル ミュージック
公開:2022年2月11日
監督:松居大悟 製作:太田和宏 脚本:松居大悟 撮影:塩谷大樹 美術:相馬直樹

ハリウッドのオシャレなロマンス映画に近いテイスト
 ジム・ジャームッシュのオムニバス『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1991)をモチーフにした作品で、主人公の照生(池松壮亮)と恋人の葉(伊藤沙莉)が二人で見て語るビデオにこの映画が使われるほか、葉が女性タクシー運転手で自動車整備工を目指しているという設定に使われている。
 2020東京オリンピック開会式から三日後の照生の誕生日から始まり、一年ごとに六年前までの誕生日を遡っていくという構成になっているが、それに気づかないと話の前後が混乱する。さらに時系列を遡るため、因果関係が逆転してわかりにくい。
 これはクリストファー・ノーラン のサスペンス『メメント』(2000)のアイディアを使っているが、ミステリーとは違いラブストーリーなので、果たして効果的で適切だったかは疑問。
 二つの映画作品をオマージュしているように、本作全体もハリウッドのオシャレなロマンス映画に近いテイストで、おしゃれな会話のやり取りが少々気恥ずかしくもあるが、かつての恋を振り返るという穏やかなラストシーンで甘酸っぱい気分に浸れる。
 もっともストーリーや作品内容自体は、毒にも薬にもならない他人のおのろけ話を聞いているようなもので、次第にどうでも良くなってくる。
 照生はダンサーだったが脚を怪我して夢破れ、今は劇場の照明助手。芝居を齧ったことがある葉は女優は夢のまた夢で、堅実な生活に生きている。
 その二人が出会い、映画のような恋をするが、照生の怪我がもとで心に擦れ違いが生まれ、別れることになる。
 そしてオリンピックの虚飾の光の陰で、コロナ禍によって未来を見通せない二人が、喪失感とともに不安定な日々をひたすら耐えて生きていくしかないという現在を描き、等身大の若者を通して現実に寄り添っていくが、それ以上のものはなく、そこで停滞しているのが作品としては寂しい。
 『ナイト・オン・ザ・プラネット』第1話の女性運転手は、乗客のキャスティング・ディレクターに見込まれて映画出演の誘いを受けるが、自動車整備工になるのが目標と言って断り、虚飾の夢に生きるよりは堅実な現実を選ぶ。 (評価:2)

護られなかった者たちへ

製作:松竹、アミューズ、木下グループ、トーハン、イオンエンターテイメント、NHK出版、松竹ブロードキャスティング
公開:2021年10月1日
監督:瀬々敬久 脚本:林民夫、瀬々敬久 撮影:鍋島淳裕 美術:松尾文子 音楽:村松崇継

センチメントたっぷりな東日本大震災ものの社会派ミステリー
 中山七里の同名小説が原作。
 東日本大震災もので、生活保護制度の運用がテーマの社会派ミステリー。犯人の性別が変更されているのと、東日本大震災の被災者の心情が強く押し出されているために、ミステリー色とテーマ性が薄くなっていて、作品の方向性が曖昧になっている。
 瀬々敬久らしく震災者たちに対するセンチメントたっぷりなヒューマンドラマとなっているが、東日本大震災ものということもあって登場人物たちの感情的な演技が鬱陶しいくらいに過剰。被害者などの人物描写が類型的で、犯人の動機と犯行に不自然さを免れない。
 主人公の利根(佐藤健)と幹子(清原果耶)が再会して語り合うシーンのダンサーも意味不明。
 震災後に利根、幹子と身を寄せ合う老婆・けいを倍賞美津子が好演。
 震災後にけいの生活保護申請を辞退させた福祉保健事務所の対応に腹を立てた利根が、放火して服役して9年後に出所。なぜか時を同じくして事務所関係者二人の監禁餓死事件が発生し、当然ながら利根が疑われるというストーリー。
 事件捜査をするのが類型的なはぐれ刑事・笘篠の阿部寛。三人目の被害者(吉岡秀隆)の殺害を防いで事件は解決。善人と悪人はコインの表と裏という悲しさが示される。
 ラストシーンは震災堤防に利根と笘篠が並び、笘篠の息子を利根が津波から助けられなかったと告白。プロローグの避難所で笘篠が幹子に息子の幻影を見るというシーンもあって、見事三人の輪が繋がるというセンチメントで終わる。 (評価:2)

マスカレード・ナイト

製作:フジテレビジョン、集英社、ジェイ・ストーム、東宝
公開:2021年9月17日
監督:鈴木雅之 製作:小川晋一、瓶子吉久、藤島ジュリーK.、松岡宏泰 脚本:岡田道尚 撮影:江原祥二 美術:あべ木陽次 音楽:佐藤直紀

ロイヤルパークホテルで試したくなる無理といわないコンシェルジュ
 東野圭吾の同名小説が原作。『マスカレード・ホテル』(2011)の続編。
 またしても同じホテルで事件が起き、刑事もホテルスタッフも同じという安直さは置いておくとしても、フロントからコンシェルジュに移った長澤まさみが、お客様は神様とばかりに度外れた無理難題に応じ、窓から見える邪魔な看板をゴム風船で隠すとなると、これはもうギャグとしか言いようがないが、このわがままな客が田中みな実というのがウケる。
 沢村一樹の注文に至ってはプロポーズの協力やら恋人の斡旋で、撮影協力のロイヤルパークホテルで実際に試してみたくなる。
 事件は、都内で起きた連続ロリータ殺害の犯人が、ホテルで開かれる仮装年越しパーティに現れるという通報があり、パーティ客の中から犯人探しをするというもの。3番目の殺人が起きそうになるが、間一髪救われるという展開。
 怪しい人間が犯人ではなく、怪しくない人間が犯人というミステリーの常道を行くが、無駄話が多すぎてミステリーそのものが迷走。犯人の動機もよくわからない。退屈しのぎに観ても、退屈しのぎにならない。
 ホテル客に木村佳乃、麻生久美子、博多華丸、高岡早紀。刑事に木村拓哉、小日向文世、渡部篤郎。ホテルスタッフに石黒賢、鶴見辰吾、石橋凌。 (評価:1.5)


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