海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──2010年

製作: 映画『海炭市叙景』製作実行委員会(シネマアイリス、スクラムトライ、日本スカイウェイ)
公開:2010年12月18日
監督:熊切和嘉 製作:菅原和博、前田紘孝、張江肇 脚本:宇治田隆史 撮影:近藤龍人 美術:山本直輝
キネマ旬報:9位

人々に光を射しかける初日の出を感じとる映像詩
 原作は佐藤泰志の同名小説。
 劇中の舞台、海炭市は架空の町だが函館で撮影されている。原作の佐藤は函館の出身で、高校在学中から文学的才能を発揮。芥川賞など各文学賞候補になりながらも何度も受賞を逃し、41歳で自殺した。原作は死後の出版。
 海炭市に暮らす人々を点描する物語で、前後をこの町で育った兄妹の物語が繋ぐ。海運不況で造船所を失業する兄妹(竹原ピストル・谷村美月)、開発で立ち退きを迫られている動物と暮らす老婆(中里あき)、プラネタリウムに勤める夫と水商売で浮気する妻(小林薫・南果歩)、浄水器の販売が思うようにいかないガス屋の社長と当たられる妻(加瀬亮・東野智美)、東京にすむ浄水器販売の男と市電運転手の父(三浦誠己・西堀滋樹)。
 描かれるのは人生うまくいかない人たちで、生きる悲しみが元日の1日に凝縮され、切なくも美しい函館の風景に重なる。希望を託す初日の出さえ、ただ淡々と人々の営みに光を射しかけるだけ。
 この映画はそうした人々を描く詩であり、映像で見る文学そのもので、説明的シーンや台詞を一切排除している。そのために設定のわかりにくいところもあるが、物語を理解するのではなく人間を感じとる作品。
 生活に溶け込んだ出演者の地味っぷリもよい。 (評価:3.5)

製作:ヘヴンズプロジェクト
公開:2010年10月2日
監督:瀬々敬久 製作:小林洋一、吉村和文、林瑞峰、岡田博、須田諭一 脚本:佐藤有記 撮影:鍋島淳裕、斉藤幸一、花村也寸志 美術:野々垣聡、田中浩二、金林剛 音楽:安川午朗
キネマ旬報:3位

少女の復讐の成就以外にドラマとして残るものがない
 両親と姉を殺されて独りぼっちになった少女サトが、妻子を殺された男トモキが犯人ミツオに仇討ちを誓うTVニュースを見て、自分は犯人が自殺して仇討が叶わないことから、トモキの復讐に自分の復讐の思いを重ねるという5時間弱の長編ドラマ。
 前後編の二部構成になっていて、前半は数年後にトモキ(長谷川朝晴)が復讐を忘れて再婚し、マイホームを築いているのを発見したサト(寉岡萌希)が糾弾するまで。「家族を殺されたら幸せになってはいけないのか?」と問うトモキに、「幸せになってはいけない」とサトが答えるのがキーワードとなる。
 後半は事件当時に遡り、母子殺害犯ミツオ(忍成修吾)が人形作家・恭子(山崎ハコ)の養子となり、数年後に出所してアルツハイマーの恭子の介護をしているところをトモキに発見され、格闘の末、二人ともに果てるまで。途中、トモキとサトが過って恭子を殺してしまい、家族を殺された者の痛みをミツオが知るというのがキーワードとなる。
 この4人の物語に、強盗犯を射殺した警官カイジマ(村上淳)の物語が絡み、前半ではその息子ハルキ(栗原堅一)とサトが知り合い、後半ではカイジマが仕送りしていた遺族の娘カナ(江口のりこ)がカイジマ宅から持ち出した銃がミツオの手に渡る。
 ミツオとトモキの死闘とカナの出産が並行して描かれ、死と生が対照される。
 ラストシーンはサトが両親と姉の霊に再会して復讐の成就を報告するが、復讐の虚しさよりはむしろ達成感の方が強調されていて、死と生という問題は棚上げされている。
 冒頭、怪物が人間を食べて怪物に変え、その怪物が更に人間をという民話的なシーンから始まり、能面と人形を使った舞踏が意味深に挿入され、ラストも同様に締めくくられてファンタジックな印象を与える。劇中の町も都市のようで田舎のようでもあり、炭住とされる廃墟となった団地や渡し船など様々なロケ地を組み合わせた虚構の町を作り上げていて、ドラマ設定もそれほどリアルでないことから、作品そのものがタイトルに相応しいファンタジーとなっている。
 5時間弱の長さに多くの要素を詰め込んでいるために、全体としてはテーマが拡散して茫洋とし、見終わってサトの復讐の成就以外にドラマとしてもテーマとしても残るものがない。
 サトが溺れる冒頭のシーンや、カイジマの復讐請負人のエピソードにも意味が見いだせないが、ミツオやトモキの後妻タエ、カナを含めて全体に共通するのはイジメや虐待、DVなどの暴力であり、それが人間を怪物に変える根源ということを伝えたかったのかもしれないが、5時間で描くには当たり前すぎるテーマか。
 タエを演じる菜葉菜が印象的。 (評価:2.5)

平成ジレンマ

no image
製作:東海テレビ放送
公開:2011年2月5日
監督:齊藤潤一 製作:阿武野勝彦 撮影:村田敦崇 音楽:村井秀清

スポイルされた子供たちと社会の偽善への痛打
 戸塚ヨットスクール事件から30年後を追ったドキュメンタリー作品。2010年にテレビ放映されたものに未公開シーンを加えた劇場版。
 事件後出所した戸塚が体罰なしでスクールを再開。家庭内暴力やニートなど、行き場を失った社会不適応の子供から大人までを受け入れ教育する。
 戸塚の主張については肯定もできないが否定もできないことが見ているうちに感じられて、それがタイトルを表す。親の手に負えなくなった子弟がスクールに預けられ、精神力や人間関係を鍛えられ、やがて自立への道を見出す。ところが自立直前、ないしは自立して間もなく挫折が彼らに訪れ、彼らが社会に適応できない精神の闇を見せつけられる。
 それをもってスクールの教育方針を批判するのはたやすいが、それでも再教育しようとする戸塚の報われない努力と精神力にある種の感動さえ覚えるが、同時に無力感も見えてしまう。
 スポイルされた者たちから目を逸らし見捨ててしまうのが今の社会ならば、無駄かもしれないと知りつつ再生の手を差し伸べるのが戸塚で、その過激な方法だけを見て批判し排斥しようとするのも社会で、本作は子供たちと戸塚のジレンマだけでなく、社会が抱えたジレンマを浮き彫りにする。
 戸塚は病巣の根源を管理化・民主化された小学校教育に求めるが、本作が明確な解決策を提示できるわけもなく、人々が見て見ぬふりをしているだけに過ぎない根深い問題を戸塚ヨットスクールを通して白日に晒し、社会の偽善を痛打したということに意味がある。 (評価:2.5)

製作:「告白」製作委員会(東宝、博報堂DYメディアパートナーズ、フェイス・ワンダワークス、リクリ、双葉社、日本出版販売、ソニー・ミュージックエンタテインメント、Yahoo! JAPAN、TSUTAYAグループ)
公開:2010年06月05日
監督:中島哲也 製作:島谷能成、百武弘二、吉田眞市、鈴木ゆたか、諸角裕、宮路敬久、喜多埜裕明、大宮敏靖  脚本:中島哲也 撮影:阿藤正一、尾澤篤史 美術:桑島十和子
キネマ旬報:2位
ブルーリボン作品賞

松たか子演じる現代版・女必殺仕掛人は是か非か?
 原作は湊かなえの同名小説。中学校のイジメ・暴力・ケータイ・ネットという通俗的設定と、命の大切さという月並みなテーマで始まり、フィクショナルな話にうんざりするが、次第にこれは必殺仕掛人の現代版なのだということに気づく。
 藤枝梅安は松たか子演じる女教師。悪徳商人に少年B、悪徳役人に少年A、彼らは徳川幕府の少年法の庇護の下で悪事を働くが、女教師は針ならぬ策略をもって悪人たちを自滅に追い込み、最後は勧善懲悪でおわる。この必殺復讐劇の捉え方で見方は分かれるが、観終わってカタルシスを感じるのは、この映画が似非ヒューマニズムを標榜しなかったことによる。少年A・Bを悪徳役人・商人に譬えたことに嫌悪感を覚える人には不快な映画となる。
 内容の好き嫌いは別にして、映画はよくできていて、中島のファンタジックな映像と演出は、この陰湿な物語をお伽噺のように見せている。絶叫シーンは勘弁してほしいが、様式的なカメラワークとシーンの造形が、ウエットにならない適度な距離感を観る側に与えてくれる。松たか子の演技もいい。
 ラストシーンは少年Aに針を逆進させる時計は作れても、時間を逆進させることはできないというわかり易い演出。R15だが、15歳未満の子供たちにも見てもらった方が良い。芦田愛菜も出ている。 (評価:2.5)

アウトレイジ

製作:「アウトレイジ」制作委員会(バンダイビジュアル、テレビ東京、オムニバス・ジャパン、ワーナー・ブラザース映画、オフィス北野)
公開:2010年06月12日
監督:北野武 製作:森昌行、吉田喜多男 脚本:北野武 撮影:柳島克己 音楽:鈴木慶一

豪華配役陣のヤクザ演技を見るのが正しい鑑賞法
 アウトレイジ(outrage)は暴力のこと。
 山王会を頂点とする組織暴力団の内部抗争を描く。主人公のビートたけしが組長の大友組は、國村隼が組長の池元組の下部組織。池元組の上部組織が山王会で、会長が北村総一朗、若頭が三浦友和。大友組とシマを争うのが國村隼と兄弟の盃を交わした村瀬組で、組長は石橋蓮司。抗争をきっかけに両組を潰して縄張りを奪おうとする北村の狡猾な罠と、池元組の下剋上、さらには山王会の下剋上に繋がっていく。
 シリアスなヤクザものだが、北野の良い癖か悪い癖か、いつものおふざけもある。顔面を切りつけられたり、口の中をぐちゃぐちゃにされた後の包帯姿、タンメンの指はギャグ。死んだとわかっている石橋蓮司らの死体のシーンは蛇足で、折角ペイントした倶梨伽羅紋々をアップで見せたかったのか?
 シナリオ・演出・映像ともにこれといって特長はないが、飽きずに見られるのは観客にあるアウトレイジということか。ただヤクザの暴力を見せられたところで他人事でしかなく、人間に内在する暴力衝動といった哲学もなく、ただカタルシスのためだけの映画でしかない。
 俳優陣は豪華なので、それぞれのヤクザ演技を見る楽しみ方もある。『あまちゃん』の駅長の大吉さん・杉本哲太が池元組若頭で出ている。 (評価:2.5)

踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!

製作:フジテレビジョン、アイ・エヌ・ピー
公開:2010年07月03日
監督:本広克行 製作:亀山千広 脚本:君塚良一 撮影:川越一成 音楽:菅野祐悟 美術:梅田正則

空地署は過去のものとなった
 映画版第3作。映画は観る目的によって評価も違う。青島君を見たいファンのために作られた映画なのだから、破綻なくそれをクリアできれば及第点ということ。可もなければ不可もない。それにしても、いかりや長介の穴は埋めようがない。それを改めて感じさせるが、キョンキョン・小泉今日子を始め、過去の犯人たちを総動員してオールスターで穴を補った感じ。
 湾岸署が引っ越すという舞台設定だが、新湾岸署外観には実際の東京湾岸署の隣のビルが使われ、2011年9月に閉館した船の科学館もちょこっと映る。旧湾岸署の内田洋行潮見オフィスも撮影後に持ち主が変わった。1997年のテレビシリーズからの13年は、変貌する湾岸埋立地の歴史そのもので、青島君が赴任した頃の空地署の活気は過去のものになったという苦い思いを、この映画は感じさせてくれる。 (評価:2.5)

THE DEPTHS

no image
製作:東京藝術大学、韓国国立映画アカデミー
公開:2010年11月24日
監督:濱口竜介 脚本:濱口竜介 大浦光太 撮影:ヤン・グニョン 美術:田中浩二

写真家を通した新進作家らしい清新な映像と芸術論
 タイトルは深み、ないしは堕落の意味。
 韓国の一流写真家、その友人で日本で写真スタジオを経営する韓国人、日本人の男娼の3人の物語。男娼を真っ当な道に戻すべく2人の韓国人が説得するが、色香に負けてミイラ取りがミイラになり、男色の深みに嵌る、ないしは衆道に堕落する。
 主人公は写真家(キム・ミンジュン)で、日本人と結婚する友人(パク・ソヒ)の結婚式のために羽田に来日。プロローグはモノレールから見た東京港や湾岸風景を写真家がカメラのファインダー越しに覗くという、見た目の映像で描かれる。
 このファインダーから人や風景を見るという手法は劇中にも何度か登場し、男娼(石田法嗣)と別れて帰国するエピローグはプロローグと対をなしている。
 物語的には、写真家が被写体として男娼に魅力を感じるが、当初は男娼であることを知らない。彼に魅力を見出したのが芸術家としての心眼だったのか、それとも写真家が一個人として彼の男色に惹かれたのかというのがテーマで、モデルが男であれ女であれ、芸術家がモデルに見出すエロスは、形而上的なものか形而下的なものかという芸術論に結び付く。
 ラストは男娼はモデルにはなれず、写真家は一線を踏みとどまり、再びそれぞれの世界に帰っていく別れとなる。
 写真家と写真学校で同級だった友人は、男娼のエロスに取り込まれ堕落してしまうが、それが芸術家になれなかった限界とも言いたげなのが、形而下に身を置く者には癪に障る。
 俯瞰で真下に構えるカメラワークやブロック塀と路地を左右分割するコンポジション、写真スタジオでの照明による色の変化など、芸大出身の新進作家らしい清新な映像が見どころ。 (評価:2.5)

製作:日活
公開:2011年1月29日
監督:園子温 製作:杉原晃史 脚本:園子温、高橋ヨシキ 撮影:木村信也 美術:松塚隆史 音楽:原田智英
キネマ旬報:3位
ブルーリボン作品賞

殺伐とした現代の人間関係、又は人間不信の露悪趣味
 1993年の埼玉愛犬家連続殺人事件を基にした作品で、人間の身体を解体するスプラッターシーンが相当にえぐく、成人映画に指定されている。かなり刺激的なので、ぐじゃぐじゃが苦手な人は要注意。
 小さな熱帯魚店を営んでいる主人公の社本(吹越満)が、大規模店の村田(でんでん)の出資金詐欺に利用された挙句、殺人の遺体遺棄まで手伝わされるという物語で、この遺体遺棄の方法が食肉の解体に近く、肉は川の魚の餌に、骨は焼却されて灰にして撒かれ、遺体を残さない、村田曰く空気にするというもの。
 社本には娘(梶原ひかり)がいるが、妻の死後すぐに若い後妻(神楽坂恵)を貰ったことから不良化。気が弱い社本は娘にも妻にも言いたいことが言えず舐められている。それを村田は見透かして共犯に仕立てるが、社本が娘や妻への愛情と言い訳しているのが実は自分の利益のためだと喝破し、その虚構を剥がされた社本は自己を解放、社本ばかりか妻も殺してしまう。
 本作に登場するのは自分の利益しか考えない者ばかりで、そうではないと思っていた社本も気が弱いだけで同類だったという結論は、何とも殺伐としている。最後に「生きることは痛みを感じることだ」と娘に言って自殺するが、娘に「やっと死んだか」と一顧だにされない希望のない結末。
 そこに殺伐とした現代の人間関係を見るか、単なる人間不信の露悪趣味と見るかで、本作に対する評価が決まる。 (評価:2.5)

製作:映画『悪人』製作委員会(東宝、電通、朝日新聞社、ソニー・ミュージックエンタテインメント、日本出版販売、ホリプロ、アミューズ、Yahoo! JAPAN、TSUTAYAグループ、朝日新聞出版)
公開:2010年09月11日
監督:李相日 製作:島谷能成、服部洋、町田智子、北川直樹、宮路敬久、堀義貴、畠中達郎、喜多埜裕明、大宮敏靖、宇留間和基 脚本:吉田修一、李相日 撮影:笠松則通 音楽:久石譲 美術:杉本亮
キネマ旬報:1位

妻夫木にはもう少し筋肉をつけてほしかった
 原作は吉田修一の同名小説。
 出会いサイトで知り合った女(満島ひかり)を殺してしまった解体工(妻夫木聡)が、同じく出会いサイトで出会った女(深津絵里)と逃避行をする物語。満島の父(柄本明)、解体工の母代りの祖母(樹木希林)が絡み、それぞれの孤独と愛を求める姿が描かれる。
 物語としてもテーマとしても目新しさはない。深津が二三度会っただけなのに妻夫木を人殺しと知りながら逃避行を決意するのが説得力に欠ける。深津はそれを演技力でカバーするが、それでも不自然さは残る。演出が吊り橋効果と考えている節もなく、むしろ孤独と愛にテーマを誘導。柄本が「 今の世の中大切な人もおらん人間が多すぎったい」という台詞が独り善がりで、「そんなこたぁねぇだろう」と江戸弁で突っ込みを入れたくなるが、制作者の独善が全編に行き渡っていて、ストーリーも演出も演技も悪くないのに、妙に白ける。
 柄本が娘の幽霊に出会うシーンは噴飯。樹木が騙された悪徳商法の事務所に乗り込むエピソードも意味不明。灯台の生活も飯も食わずに現実感がない。
 俳優陣では深津が抜群に上手い。妻夫木はガテン系なのでもう少し筋肉をつけてほしいし、柄本と樹木ははまりすぎた役で新鮮味に欠ける。どうしようもない女を演じる満島とどうしようもない男を演じる岡田将生がいい。 (評価:2.5)

製作:若松プロダクション
公開:2010年08月14日
監督:若松孝二 脚本:黒沢久子、出口出 撮影:辻智彦、戸田義久 音楽:サリー久保田、岡田ユミ 美術:野沢博実
キネマ旬報:6位

寺島しのぶと若松孝二を観るための映画
 寺島しのぶがベルリン映画祭銀熊賞を受賞した作品で、1975年の田中絹代(サンダカン八番娼館)以来。体当たりの演技で、全編を通してほぼ寺島の独演と言ってよい。
 四肢を亡くした兵士は『ジョニーは戦場へ行った』を思い出すが、それほどシリアスでもなく、ヒューマニスティックでも感動的でもない。江戸川乱歩の『芋虫』がベースになっているが、それほど変質的でもない。結局のところ、良くも悪くも若松作品で、類型的で観念的な反戦映画に回帰する。キャタピラーは芋虫のこと。 (評価:2.5)

製作:吉本興業、角川映画
公開:2010年5月29日
監督:井筒和幸 脚本:吉田康弘、羽原大介、井筒和幸 撮影:木村信也 美術:津留啓亮 音楽:藤野浩一
キネマ旬報:8位

ヒーローになれない者たちのヒーローショー
 2006年に東大阪市で起きた集団リンチ殺人を基にしたオリジナル作品。
 女をめぐる些細な喧嘩が、報復に次ぐ報復でエスカレートし、最後は殺害事件に発展して自滅する若者たちを描く・・・とは言いつつも、要はチンピラたちのよくあるいざこざで、主人公だけがまともな人間というキャラクターシフトになっている。
 山中湖で鯛焼きを売っている両親の冴えない境遇からの脱出を図るため、主人公は漫才師になることを夢見ている。その到達点は成功して「徹子の部屋」に呼ばれるというものだが、現実の壁は厚くバイトで食いつなぐ毎日。
 以前、漫才コンビを組んでいた元相方の友人に誘われ、ヒーローショーのバイトを始めるが、それが事件の発端となる。
 そうした夢はあってもうだつの上がらない主人公が、暴力事件に巻き込まれ、夢を果たせずに鯛焼きを売る両親のもとに回帰するというのが全体ストーリーで、一言でいえば底辺ドラマ。
 一方、暴力事件に絡む敵方のリーダーは、子持ち女と石垣島で店を開くというささやかな幸せを夢見ている。
 頼まれて集団リンチしていたら殺害にエスカレート。敵方の主人公を連れ回すうちに仄かな共感を互いに持つという、ちょっとした人間ドラマになっているが、こちらも小さな幸せを目指す下層市民。
 ヒーローになれない者同士が傷を見せて舐め合うだけで、落ち零れた人間の無力な暴力と境遇を慰撫する以外に、いったい何を描きたかったのか、さっぱりわからない。
 主役の二人をお笑いコンビが演じ、製作の吉本から多数のタレントが出演。 (評価:2.5)

製作:「必死剣鳥刺し」製作委員会
公開:2010年07月10日
監督:平山秀幸 脚本:伊藤秀裕、江良至 撮影:石井浩一 音楽:EDISON
キネマ旬報:7位

正統的演出だが話の先が読めてしまう勧善懲悪時代劇
 藤沢周平の短編時代小説『隠し剣』の「必死剣 鳥刺し」が原作。
 監督は『学校の怪談』等のベテラン・平山秀幸。オーソドックスで安定感があり、伏線も伏線とわかるように描く、観客には丁寧でやさしい演出。裏を返せばストーリーの先が読めてしまうという予定調和的な映画で、家老・岸部一徳の悪だくみや、義理の姪・池脇千鶴と愛が芽生えたり、必死剣鳥刺しがラストでどのような状態で使われるかも予想がつく。
 この予定調和を安心して楽しめるドラマと考えるか、わくわくしないつまらない映画と考えるかで評価が変わる。
 東北の財政が逼迫している小藩が舞台で、藩主を籠絡して瀟洒を極める側室を義憤から殺害した藩士(豊川悦司)が主人公。斬首にもならずに閉門という軽い沙汰で済んだところに陰謀があり、復職後に能吏の上に剣の達人ということが明らかになっていく。
 側室・藩主・家老はいかにもなステレオタイプの悪者で、勧善懲悪時代劇としては王道だがテレビサイズ。
 見どころは、ラストのなかなか死なない豊悦のチャンバラと渋さ。東北の自然や家屋のセット撮影が美しい。
 エンタテイメント以外は期待しない方が無難。 (評価:2)

製作:PFFパートナーズ(ぴあ、TBS、TOKYO FM、IMAGICA、エイベックス・エンタテインメント、USEN)
公開:2010年5月1日
監督:石井裕也 製作:矢内廣、氏家夏彦、武内英人、北出継哉、千葉龍平、宇野康秀 脚本:石井裕也 撮影:沖村志宏 音楽:今村左悶、野村知秋 美術:尾関龍生
キネマ旬報:5位

見どころは満島の演技に尽きる、頑張ろうソング
 ​ぴ​あ​フ​ィ​ル​ム​フ​ェ​ス​テ​ィ​バ​ル​ス​カ​ラ​シ​ッ​プ​作​品​。
​ ​女​は​父​の​再​婚​が​許​せ​な​く​て​高​校​卒​業​と​同​時​に​友​達​の​彼​氏​と​東​京​に​駆​け​落​ち​、​5​回​男​に​逃​げ​ら​れ​、​よ​う​や​く​摑​ん​だ​男​が​会​社​の​バ​ツ​イ​チ​の​子​持​ち​課​長​。​父​危​篤​の​報​を​受​け​、​潰​れ​か​か​っ​た​家​業​の​シ​ジ​ミ​水​産​会​社​の​跡​を​継​ぐ​こ​と​に​な​る​が​、​男​は​そ​れ​を​あ​て​に​し​て​会​社​を​辞​め​て​つ​い​て​く​る​。​父​を​捨​て​駆​け​落​ち​し​て​男​に​捨​て​ら​れ​た​女​、​と​故​郷​の​バ​ッ​シ​ン​グ​の​中​で​、​友​達​は​過​去​の​復​讐​と​ば​か​り​に​男​を​誘​惑​し​て​東​京​に​駆​け​落​ち​。​開​き​直​っ​た​女​は​頑​張​る​し​か​な​い​っ​!​ ​と​家​業​の​立​て​直​し​を​図​る​と​い​う​物​語​。
​ ​何​が​あ​っ​て​も​し​ょ​う​が​な​い​と​達​観​し​、​私​は​中​の​下​の​女​、​だ​か​ら​頑​張​る​以​外​に​な​い​。​大​抵​の​人​は​中​の​下​で​、​だ​か​ら​頑​張​る​し​か​な​い​と​い​う​メ​ッ​セ​ー​ジ​を​込​め​た​作​品​で​、​そ​れ​な​り​に​共​感​を​呼​ぶ​か​も​し​れ​な​い​が​、​「​負​け​な​い​で​頑​張​ろ​う​」​ソ​ン​グ​以​上​の​も​の​は​な​い​。
​ ​全​体​に​コ​メ​デ​ィ​仕​様​だ​が​、​平​凡​な​ス​ト​ー​リ​ー​の​上​に​演​出​の​テ​ン​ポ​の​悪​さ​も​あ​っ​て​退​屈​す​る​。​厭​世​的​な​女​の​台​詞​が​面​白​く​、​満​島​ひ​か​り​が​そ​れ​を​好​演​し​て​い​る​の​が​本​作​唯​一​の​救​い​で​、​見​ど​こ​ろ​も​満​島​の​演​技​に​尽​き​る​。​女​の​そ​れ​な​り​の​頑​張​り​で​、​最​初​は​懐​か​な​か​っ​た​連​れ​子​や​水​産​会​社​の​従​業​員​と​の​関​係​が​好​転​し​て​い​く​と​い​う​の​が​脚​本​的​な​見​せ​場​に​な​っ​て​い​る​が​、​逆​に​女​の​面​白​い​個​性​が​削​が​れ​て​い​っ​て​つ​ま​ら​な​く​な​る​。​頑​張​ろ​う​を​連​呼​す​る​ラ​ス​ト​は​蛇​足​。
​ ​タ​イ​ト​ル​は​川​の​底​に​沈​む​、​中​の​下​の​人​々​と​家​業​の​シ​ジ​ミ​を​引​っ​か​け​て​い​る​。​ど​ち​ら​も​頑​張​っ​て​水​面​に​顔​を​出​す​。 (評価:2)

ソラニン

製作:「ソラニン」製作委員会
公開:2010年4月3日
監督:三木孝浩 脚本:高橋泉 撮影:近藤龍人 美術:磯田典宏 音楽:ent

同棲とバンドという類型的な設定に輪をかける演出とカメラ
 浅野いにおの同名漫画が原作。
 ソラニンはジャガイモの芽などに含まれる化学物質で、毒性がある。将来に希望を見い出せない男女が寄り添うように同棲し藻掻く心情を、毒をもって発芽するジャガイモの芽に託す。
 同棲カップルを演じるのが宮崎あおいと高良健吾で、宮崎はOLに向いてないと退職。アルバイトをしながら大学の仲間とバンドを続けている高良は、将来の青写真が描けず、郷里に帰ると言い出す。そんな矢先に、高良がバイク事故で死亡。宮崎は高良の夢の続きを見ようとバンドに加わり、前座ながらもデビューを果たすという物語。
 青春の挫折と鬱屈を描く永遠の青春映画ながらも、同棲とバンドという類型的な設定に既視感が強く、音楽以外に青春の夢はないのか!とプロローグで早くもマンネリズムを感じてしまう。それに輪を掛けるのが類型的な演出とカメラワークで、良く言えば安心感、そうでなければ刺激のない予定調和な演出で、次第に飽いてくる。
 高良が死ぬ前半まではまだしも、後半は宮崎の演技力不足かはたまた三木孝浩の演出力不足か、宮崎がバンドに加わる動機が今一つよくわからず、付け足しの話を延々と見させられている気分になる。
 毎日を生きることが大切という結論もまた凡庸で、約2時間を90分ぐらいに纏めた方が間延びしなくて良かったんじゃないかと、眠い目をこすりながらのエンディングクレジットを眺める。
 ベースに近藤洋一、ドラムスに桐谷健太。宮崎の母親役に美保純、高良の父親役に財津和夫、レコード会社のプロデューサー役にARATA(井浦新)。 (評価:2)

製作:「十三人の刺客」製作委員会(テレビ朝日、東宝、セディックインターナショナル、電通、小学館、Recorded Picture Company、朝日新聞社、朝日放送、メ~テレ、九州朝日放送、北海道テレビ、Yahoo! JAPAN、TSUTAYAグループ、東日本放送、静岡朝日テレビ、広島ホームテレビ)
公開:2010年09月25日
監督:三池崇史 製作総指揮:中沢敏明、ジェレミー・トーマス、平城隆司 脚本:天願大介 撮影:北信康 音楽:遠藤浩二 美術:林田裕至
キネマ旬報:4位

時代錯誤なリアリズム。見どころはバカ殿・稲垣吾郎
 1963年のリメイク版。作中の中心人物・明石藩主松平斉韶は実在の人物だが、物語はフィクション。
 チャンバラ映画をリアリズム・タッチで見せようという作品。チャンバラ映画がチャンバラ映画でしかなかった1963年当時ならそれも新鮮だが、今の時代に荒唐無稽なチャンバラをリアリズムで見せようというのに無理がある。しかも実在の大名をモデルにし、設定上もあり得ない話をリアリズム風に見せられても白けるだけ。シナリオや台詞・演出も、客をバカにしているんじゃないかと思えるくらいにお粗末。屋内シーンで外光や行灯の薄暗さでリアリズムを演出している意図はわかるのだが、俳優の顔が良く見えず表情も読み取れないのは却ってマイナス。
 これで良くキネ旬4位になったものだと思ったら、製作委員会に東宝・電通・テレビ朝日系列等々、政治力のありそうなメンバーが連なっていた。受賞も、日本アカデミー作品賞等々豪華。それとも、それほどまでに日本映画が不振ということか。
 俳優陣も豪華でセットにも金が掛っているが、見どころとして挙げるなら、バカ殿を演じる稲垣吾郎がなかなかいい。老骨に鞭打って殺陣で頑張っている松方弘樹の姿にもほろりとさせられる。 (評価:2)

製作:「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」製作委員会(角川映画、クロックワークス、ファムファタル)
公開:2010年10月02日
監督:石井隆 脚本:石井隆 撮影:柳田裕男、寺田緑郎 音楽:安川午朗 美術:山崎輝
キネマ旬報:10位

日活ロマンポルノを作り続ける哀愁が漂う
 『ヌードの夜』(1993)の続編。
 誰に見せるために作ったのか良くわからない映画に出合うときがあるが、これもその一つ。設定としては代行屋の紅次郎のキャラクター映画なのだが、たとえば寅さんや浜ちゃんのような強烈な個性が竹中直人にはない。しかもヒーロー性を持たないために、展開される事件に付いていくだけの傍観者にすぎなく、物語そのものが石井隆らしく劇画チックで現実離れした物語のため、共感も感情移入もしづらい。かといってテーマ性があるわけでもなく、石井が本人の自己満足のために作った映画のように思えてしまう。
 日活ロマンポルノの個性的で前衛的な映画。その頃の観客の多くは新しい道を見つけて去っていったのに、20年経っても同じ場所でそれを作り続けているような哀しさがある。登場人物の役作りも曖昧で竹中だけでなく、大竹しのぶの母親もただ蓮っ葉なポーズだけでどういうキャラクターなのか見えてこない。
 映像的には逆光シーンを多用しているが、効果的かというと見づらいだけ。
 見どころは佐藤寛子のオールヌードのオンパレードだが、残念ながら肝腎の部分はボカシばかりで想像するしかない。 (評価:1.5)

大奥

製作:男女逆転「大奥」制作委員会(アスミック・エースエンタテインメント、TBSテレビ、ジェイストーム、松竹、毎日放送、白泉社、電通、中部日本放送、RKB毎日放送、Yahoo!JAPAN)
公開:2010年10月01日
監督:金子文紀 脚本:高橋ナツコ 撮影:喜久村徳章 音楽:村松崇継 美術:花谷秀文

もっと腐女子が喜ぶ、目を覆う作品にしてほしかった
 よしながふみの同名漫画が原作。赤面疱瘡という伝染病のために男が激減、徳川幕府は女性が政権を握り、大奥は男になるという、男女逆転の設定。
 このようなパロディはシチュエーションの可笑しさで見せているため、映画にした場合、話がよくできていないと珍奇性だけでは退屈する。ヤオイを喜ぶことのできる腐女子以外には、楽しみどころがない。
 本作の中途半端なところは、腐女子を喜ばすならベッドシーンをもっと猥褻にして徹底してホモ映画をめざすべきを、ジャニーズを起用したためにジャニファンが喜ぶ程度のコスプレ・コメディに堕したこと。観客動員を考えてジャニファン向け『大奥』にしたことが失敗。
 舞台が大奥でしか展開しないような平板な物語では、シナリオの練りと出演者の演技力が求められるが、本作にはそのどちらもなかった。退屈さを救うべきアクションシーンも殺陣が下手なために却って弛緩し、むしろ大根の柴咲コウがりりしい顔を見せるシーンの方が緊張感がある。舌足らずに喋る台詞が少なく、顔だけで演技する時の柴咲はなかなか良い。
 二宮和也はミスキャスト。子供っぽくて、江戸っ子口調や啖呵を切る演技に無理がある。
 冒頭の江戸城と、将軍が大奥に罷る長廊下のCG合成が、露骨にCGとわかる。初めは背景を合成っぽく見せる試みかとも思ったが、以降はセットとリアルなCGだったので、出来が悪いということ。これも中途半端。
 見どころを捜すと、二宮の父に竹脇無我が出ていること。久し振りに顔を見たが、公開の翌年亡くなった。 (評価:1.5)

SP 野望篇

製作:「SP」プロジェクトチーム
公開:2010年10月30日
監督:波多野貴文 製作:亀山千広、藤島ジュリー景子 脚本:金城一紀 撮影:相馬大輔 音楽:菅野祐悟

本編はこれからという革命篇への場つなぎ
 エピソード5。TVシリーズのラストは映画の予告編だった。つまりTVシリーズは映画のプロモーションのためにあったわけだが、この映画も革命篇のための場つなぎの予告編でしかなく、作品としては不完全。
唯一の見どころは岡田君のやりすぎとも思える追跡劇だが、岡田君の体当たり演技だけに頼っているともいえる。TVシリーズからのクラッシックに拘ったBGMも無理やりで合っていない。 (評価:1)


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