海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──2009年

おっぱいバレー

製作:ロボット、日本テレビ
公開:2009年10月10日
監督:根岸吉太郎 製作:亀山千広、山田美千代、田島一昌、杉田成道 脚本:田中陽造 撮影:柴主高秀 音楽:吉松隆 美術:矢内京子

タイトルはキワモノだが、天然・綾瀬はるかが清々しい
 水野宗徳の同名小説の映画化。
 キワモノ的タイトルで、主演も綾瀬はるかということで、公開時、期待せずに見たら意外と面白かった。数年ぶりに見て、キネ旬ベスト10には鼻も引っかけられなかったが、実は佳作だったのではないかと感じた。
『ウォーターボーイズ』『スイングガールズ』『リンダリンダリンダ』と同類型の青春映画で、女子にも勝てないダメダメの中学男子バレーボール部の顧問になった新任女教師(綾瀬)が、行き掛かりから試合に勝てたらオッパイを見せるという約束を生徒にしてしまう。オッパイを目標に猛特訓に励む3年生5人とスカウトされた1年生1人。結果は見てのお楽しみだが、本作の主人公は生徒ではなく、そんな約束をして窮地に立たされてしまうやはりダメダメの女教師。綾瀬が持ち前の天然ぶりを生かして熱演、ブルーリボン主演女優賞を受賞した。
 高村光太郎の『道程』が全体のテーマになっていて、1979年の小倉が舞台になっている。当時のヒット曲を背景に『11PM』やヌード雑誌も小道具に使われ、オッパイを夢見る少年たちの当時の甘酸っぱい青春群像を描く。
 5人の部員のうち2人は卒業後に進学せずに家業を継ぐという話も出てきて、無気力だった生徒たちが学校生活の最後に目標を得て全力で頑張って、自らの後ろに道を作る。
 本作が同類型の青春映画と違うのは、そうして生徒を導く女教師自身が、自らの道を切り開き、自らの道を作っていくこと。再び失敗を重ねてしまった彼女が希望に満ちた再出発に旅立つラストが清々しい。
 物語のテーマも構造も新しくはないが、演出・撮影・編集が過去の名作などの手法を継承していて、安心して観られる映画らしい作品に仕上がっている。 (評価:2.5)

製作:「劔岳 点の記」製作委員会(東映、フジテレビジョン、住友商事、朝日新聞社、北日本新聞社)
公開:2009年06月20日
監督:木村大作 製作:坂上順、亀山千広 脚本:木村大作、菊池淳夫、宮村敏正 撮影:木村大作 音楽:池辺晋一郎 美術:福澤勝広、若松孝市、川辺隆之
キネマ旬報:3位

立山連峰の映像と浅野忠信と香川照之の演技が見どころ
 新田次郎の同名小説が原作。国土地理院の前身、陸軍参謀本部陸地測量部の測量官が日本地図最後の空白地帯で未踏峰の北アルプス剱岳で、苦難の測量を果たす物語。実話がベースになっていて、ラストの結末も史実。
 山岳隊との一番乗りを争う軍部上層部のメンツの圧力を受けながらも、名誉ではなく測量の意義に目的を見い出していく測量官と山岳ガイドたちの心根が美しい。それは意外な結末によって軍部の思惑とは関係なく、点の記(測量記録)に残らない4等三角点を測量した彼らの真の名誉となっていく。
 吹雪の中での登山など若干リアリティに欠け、不要なホームドラマ的シーンもあるが、実直な浅野忠信と香川照之の演技が最後まで惹きつける。小生意気な松田龍平もいい。宮崎あおいのぶりっこ演技が作品の足を引っ張る。
 立山連峰のシーンは映像的な見どころ。 (評価:2.5)

製作:フジテレビジョン、パパドゥ、新潮社、日本映画衛星放送
公開:2009年10月10日
監督:根岸吉太郎 製作:亀山千広、山田美千代、田島一昌、杉田成道 脚本:田中陽造 撮影:柴主高秀 音楽:吉松隆 美術:矢内京子
キネマ旬報:2位

松たか子の演技に尽きるタンポポの花一輪の誠実
​ ​太​宰​治​の​同​名​小​説​が​原​作​。
​ ​小​説​家​が​主​人​公​の​原​作​を​基​に​、​玉​川​上​水​情​死​事​件​ま​で​の​太​宰​を​重​ね​合​わ​せ​た​構​成​に​な​っ​て​い​る​。​脚​本​は​田​中​陽​造​。
​ ​原​稿​料​が​酒​代​に​消​え​て​し​ま​う​小​説​家​・​大​谷​(​浅​野​忠​信​)​は​中​野​の​飲​み​屋​(​伊​武​雅​刀​・​室​井​滋​)​の​売​り​上​げ​を​盗​む​始​末​。​事​件​を​き​っ​か​け​に​妻​(​松​た​か​子​)​が​飲​み​屋​で​働​き​始​め​、​人​気​者​に​な​る​。​今​は​弁​護​士​と​な​っ​た​昔​の​恋​人​(​堤​真​一​)​、​大​谷​の​フ​ァ​ン​の​旋​盤​工​の​青​年​(​妻​夫​木​聡​)​、​大​谷​の​愛​人​(​広​末​涼​子​)​が​絡​み​、​ダ​メ​人​間​・​大​谷​の​嫉​妬​と​自​殺​未​遂​、​そ​ん​な​夫​を​見​捨​て​ら​れ​な​い​妻​の​人​間​臭​い​ド​ラ​マ​が​進​行​す​る​。
​ ​惨​め​な​姿​を​晒​す​こ​と​で​妻​の​真​の​愛​を​確​か​め​ず​に​は​い​ら​れ​な​い​小​説​家​、​他​の​男​に​求​婚​さ​れ​、​月​並​み​な​幸​せ​を​前​に​し​な​が​ら​も​夫​を​愛​さ​ず​に​は​い​ら​れ​な​い​健​気​な​妻​。​太​宰​的​・​男​と​女​の​愛​の​物​語​が​描​か​れ​る​。
​ ​本​作​は​松​た​か​子​の​演​技​に​尽​き​る​と​こ​ろ​が​あ​り​、​小​娘​の​よ​う​に​可​愛​く​純​朴​で​、​誰​も​が​愛​お​し​く​思​う​子​持​ち​女​を​好​演​す​る​。​伊​武​、​室​井​、​妻​夫​木​が​回​り​を​固​め​る​中​で​、​広​末​は​当​然​と​し​て​も​、​浅​野​が​薄​っ​ぺ​ら​い​演​技​し​か​で​き​て​い​な​い​の​が​残​念​。​小​説​家​の​葛​藤​が​伝​わ​っ​て​こ​な​い​。
​ ​タ​ン​ポ​ポ​の​花​一​輪​の​誠​実​は​、​『​葉​桜​と​魔​笛​』​の​手​紙​の​中​の​文​章​で​「​せ​め​て​言​葉​だ​け​で​も​、​誠​実​こ​め​て​お​贈​り​す​る​の​が​、​ま​こ​と​の​、​謙​譲​の​美​し​い​生​き​か​た​で​・​・​・​タ​ン​ポ​ポ​の​花​一​輪​の​贈​り​も​の​で​も​、​決​し​て​恥​じ​ず​に​差​し​出​す​の​が​、​最​も​勇​気​あ​る​、​男​ら​し​い​態​度​」​。​『​桜​桃​』​は​命​日​が​桜​桃​忌​と​呼​ば​れ​る​太​宰​の​死​ぬ​前​の​短​編​で​、​桜​桃​を​子​供​た​ち​に​あ​げ​ず​に​食​べ​て​し​ま​う​話​。
​ ​電​車​の​シ​ー​ン​で​松​に​背​負​わ​れ​た​子​役​が​本​当​に​寝​て​い​る​の​は​、​あ​る​意​味​、​撮​影​上​の​見​ど​こ​ろ​。 (評価:2.5)

製作:サマーウォーズ製作委員会(日本テレビ放送網、マッドハウス、角川書店、D.N.ドリームパートナーズ、ワーナー・ブラザース映画、読売テレビ放送、バップ)
公開:2009年08月01日
監督:細田守 脚本:奥寺佐渡子 作画監督:青山浩行、藤田しげる、濱田邦彦、尾崎和孝 音楽:松本晃彦 美術:武重洋二
キネマ旬報:8位

旧家の建物や自然が美しい地方都市が舞台の仮想世界
 長野県上田市の旧家を舞台に、仮想世界が対比的に描かれる人気の高いアニメ。仮想世界は公開当時に話題だったセカンドライフ等がモデルになっているが、セカンドライフが話題にも上らなくなった今では、すでに歴史を感じさせる作品。そういった点ではITを扱った作品の陳腐化は早い。
 発達して社会と同一化した仮想世界をハッキングしたAIが、世界中のアカウントを乗っ取り、インフラ等を自在に操って社会を危機に陥れるという壮大な物語が展開される。一方、主人公の男子高校生は先輩に頼まれて許嫁と偽って実家・陣内家を訪れ、携帯やPC、ゲーム機を使って社会を救うべくAIと対決する。
 クライマックスは探査衛星が操られて地上に激突の危機というもので、原発も破壊対象かという話になるが、この世界的危機に立ち向かうのは陣内家の人々と仮想世界の住民だけで、上田市では夏祭りで賑わっているし、警察も自衛隊も国家も気づいていないという漫画ぶり。しかもこのAIによる乗っ取りは米国国防総省の実験という無茶苦茶ぶり。
 本作は漫画映画なので、設定や物語上の荒唐無稽さはどうでもいいという考えもあるが、そもそもが仮想であるアニメで仮想をテーマにすること自体が漫画ということにもなり、批評そのものが意味をなさなくなる。
 本作で描かれる仮想世界は単にオンラインゲームの世界でしかなく、そこで繰り広げられる現実世界を巻き込んだ戦いもゲームでしかない。物語が進めば進むほど陣内家の人々を巻き込んだテーマでしかなくなり、現実に対する認識そのものがゲーマーの視点でしかなくなる。テーマ化した社会、あるいはゲーム感覚の人々を批判しているようにも見受けられず、結局はオタクの独りよがりの映画にしかなっていない。
 単にスラップスティック・コメディということで観ればそこそこには面白い。ただ、オタク的知識がないとわけがわからないかもしれない。絵的には旧家の建物や自然の背景が美しく、地方都市ののんびりと穏やかな雰囲気がよく出ている。とりわけ屋内から見た逆光の景色と、人物との間に障子などを置いてパンするカットはいい演出。
 主人公の声を当てている神木隆之介と90歳の祖母・富司純子がいい。 (評価:2.5)

製作:「DEAR DOCTOR」製作委員会(エンジンフィルム、バンダイビジュアル、テレビマンユニオン、電通、衛星劇場、デンナーシステムズ、Yahoo! JAPAN)
公開:2009年6月27日
監督:西川美和 脚本:西川美和 撮影:柳島克己 美術:三ツ松けいこ 音楽:モアリズム
キネマ旬報:1位

余貴美子の確信犯的な行動の動機を描けていれば・・・
 僻村でのニセ医者を巡る物語。題材的には古くからあり、イマサラ感があるが、テーマ的にどう扱うかが映画としての評価の分かれ目になる。
 物語は、胃癌に罹患した老女(八千草薫)が治療を望まず、ニセ医師(笑福亭鶴瓶)が患者の希望を尊重し、胃癌を秘密にするという話を軸に進行する。老女の娘が東京の医師で、帰省時に不審に思い、ニセ医師に説明を求めるものの治療を任せる。ところが、娘がその後1年間帰省しないことを知り、ニセ医師は良心の呵責に耐えられずに行方不明となる。
 この行方不明事件をきっかけに警察の捜査が入り、ニセ医師の過去が描き出されるという構成になっているが、前半、時系列が分りにくく、あまり上手い編集とは言えない。
 ニセ医者には笑福亭鶴瓶のキャラクターが上手くいかされているが、演技に素人臭くて深みがなく、ニセ医者のプロっぽさがないのが残念。看護婦の余貴美子が抜群の演技で、鶴瓶の役不足を上手く補っている。
 本作ではニセ医者を巡っていくつかのテーマが顔を出す。医療サービスの不足する地方、医療のビジネス化、患者と医師の信頼、医師の資質、医療と死生観。
 しかしこれらの問題は整理されることも掘り下げられることもなく物語の中を浮遊するだけで、テーマらしきことに触れるのは、老女の娘が、「ニセ医師だったら、母をどのように死なせただろう」という台詞だけ。現代医療が延命治療だけで、死なせるという選択肢を持たないという問題も、宙に放り投げられたままで終わってしまう。
 ラストで東京の病院に入院した老女をニセ医師が看護師に変装して訪ねてくるシーンも、患者と医師の信頼を描くというには中途半端で、邦画にありがちな情緒的温さで結論を誤魔化すという曖昧さしか残らない。
 本作のもっとも重要なキャラクターは、ニセ医者であることを知りながら地方医療のために協力していた有能な看護婦で、彼女の確信犯的な行動の動機を描けていれば、もっと深みのある作品になったかもしれない。 (評価:2.5)

五右衛門ロック

製作:劇団☆新感線、ヴィレッヂ
公開:2009年5月16日
監督:渡部武彦 演出:いのうえひでのり 脚本:中島かずき 撮影:野口かつみ 音楽:岡崎司

見どころは北大路欣也と松雪泰子の演技に集約される
 劇団☆新感線の舞台『五右衛門ロック』のライブ映像で一部映画用に編集された映像が入る。
 石川五右衛門(古田新太)が釜茹でにされるものの生き延びて、スペイン商船で海外逃亡を図るという物語で、途中難破してタタラ島に上陸。月生石をめぐっての、タタラ国とバラバ国の争いに巻き込まれての騒動が描かれる。
 お話的には、月生石の正体についてのミステリー、タタラ国王とバラバ国王子の確執と和解のドラマというよくある構成だが、タタラ国王を演じる北大路欣也と、石川五右衛門との泥棒コンビ・真砂のお竜役の松雪泰子の演技が見どころ。
 ほかに江口洋介、森山未來、濱田マリ、川平慈英と客演もバラエティに富むが、北大路と松雪の演技が群を抜いていて、演技の実力と個性が浮き彫りになってしまう舞台の怖さを改めて知ることになる。
 ロックの生演奏もいいのだが、5.1chサラウンドを意識しすぎたミキシングが、音楽とSEを強調しすぎていて、台詞との音量差が大きすぎてバランスを欠いているのが残念なところ。
 松雪の歌は下手ではないが、ミュージカルのメインキャストとしては不満が残る。 (評価:2.5)

製作:「沈まぬ太陽」製作委員会(角川映画、東宝、ケイダッシュ、新潮社、日本出版販売)
公開:2009年10月24日
監督:若松節朗 製作:井上泰一 脚本:西岡琢也 撮影:長沼六男 音楽:住友紀人 美術:小川富美夫
キネマ旬報:5位
毎日映画コンクール大賞

原作がなければ、きっといい映画になったはず
 原作は山崎豊子の同名小説。日本航空をモデルにしていて、御巣鷹山墜落事故や実際の事件、実在の人物が登場するが、真偽については批判も多い。元日航労組委員長の体験談を基に、その主張に沿った内容となっている。映画では主人公の渡辺謙、鐘紡会長の石坂浩二が善人、それ以外が悪人という原作者のこれまでの社会派作品に共通するわかりやすい対立構図で物語が作られているが、映画は原作に忠実なため、ストーリーの虚実については、責任は原作にあるということにする。
 御巣鷹山墜落事故から物語は始まるが、この映画は海外に左遷された労組委員長のサラリーマン人生の物語であって、事故は味付けのための材料でしかない。その主人公のヒューマンドラマとしては良くできた映画だが、ノンフィクション風に描かれているために個々の事柄、個々の人物について、その真偽が気になって仕方がない。とりわけ日本航空の過去の毀誉褒貶がオーバーラップするために、どうしても粗探しがしたくなる。それを忘れれば社会派娯楽作品として楽しめるが、それでも主人公をヒューマニステックに描くための材料に、実際に起きた悲劇・御巣鷹山墜落事故を安易に利用することにやはり抵抗を感じて、観終わってすっきりしない。
 日本航空の企業体質に問題はあったとしても、墜落事故原因がボーイング社にあったことははっきりしており、事故原因が企業体質にあるような印象を意図的に与えようとする作劇は、創作者としてのモラルを疑う。また、このような事故の利用の仕方は、フィクションとはいえ、劇中の国航役員同様に遺族に対して無礼であり不遜。
 豪華俳優陣で、渡辺謙がいい演技を見せてくれる。三浦友和も段々とワルぶりが板についてくるし、宇津井健が渋くていい。原作がなければ、きっといい映画になっただろう。 (評価:2.5)

イエローキッド

製作:東京藝術大学大学院映像研究科
公開:2010年1月30日
監督:真利子哲也 脚本:真利子哲也 撮影:青木穣 美術:保泉綾子 音楽:鈴木広志、大口俊輔

敗者となった若者の鬱屈とヒーロー願望を描く青春映画
 東京芸大大学院修了作品として制作されたもの。
 イエローキッドは、イエロー・ペーパーの語源となった19世紀末のアメリカ大衆紙の漫画の主人公で、本作で漫画家・服部(岩瀬亮)が描くボクシング漫画のヒーロー。
 服部は始め友人のボクサーの三国(波岡一喜)をモデルにするため、彼が所属していたジムを取材に訪れるが、そこで服部のファンだという田村(遠藤要)と親しくなり、彼を主人公のモデルに変更する。
 田村は認知症の母親を世話する二人暮らしで、バイトを首になった上に、ジムでは先輩にいびられ、ボクサーとしても才能がないと言われて芽が出ない。一方、服部は元恋人の麻奈(町田マリー)が三国と同棲していることを知り、三国に憎しみを抱くようになる。
 服部は三国をモデルにした悪役に立ち向かうイエローキッドの漫画を描き始めるが、それを読んだ田村が三国を殺しに行き、いつしか現実と漫画の世界とが交錯して虚実混沌としていく。
 敗者である若者の鬱屈とヒーロー願望を描くが、元になるイエロー・キッドはスラムに育った下品で愚かで暴力的なキャラクターで、服部がそれに田村を投影し、悪に立ち向かうヒーローとして描くことに本作の意図がある。
 ラストではそれが服部のマスターベーション同様に夢想に過ぎないという寂しい現実が示されるが、認知症の母を風呂に入れている田村の優しさで終わるところに救いがある。
 ジム会長のでんでんが寂しい物語にいい味を付けている。 (評価:2.5)

永遠に君を愛す

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製作:竹澤平八郎
公開:劇場未公開
監督:濱口竜介 製作:竹澤平八郎 脚本:渡辺裕子 撮影:青木穣

薄っぺらい教会結婚式の誓いの言葉をシリアスに
 教会結婚式の誓いの言葉ほど薄っぺらいものはない。それをテーマに、新郎新婦にシリアスに誓いの言葉を述べさせようというのが本作の狙い。
 二人は同棲していて今日が結婚式。新郎(杉山彦々)は前夜友達と深酒をするが、真相は結婚式で明かされる。
 新婦(河井青葉)は3か月前から元彼(岡部尚)とヨリを戻していて、情では元彼に魅かれている。しかし元彼には生活力はなく結婚する気もない。それで生活パートナーとしては新郎と結婚したいと思っている。
 新婦は新郎に打ち明けるつもりでいたが、神父と3人の結婚式リハーサルが始まると、新郎は新婦の浮気を知っていると神父に告白、新婦は錯乱してしまう。
 結婚式を挙げるか中止するか、親を巻き込んだ騒ぎとなり、取り敢えず結婚式は挙げようと妥協案も出るが、結婚は神聖なものと神父が異議。新郎はそれでも結婚したいと決意し、新婦もそれに従う。
 結婚式が始まり、神父が問う永遠の愛の誓いは神聖な言葉となり、二人は真剣な眼差しで愛を誓うことになる。
 これにはもう一つ仕掛けがあり、新婦はどちらの子とも知れぬ子を宿している。それは新郎も知らぬことで、永遠の愛の誓いが試されることになるが、物語はトラップを残したままで終わる。
 約1時間を緊張感と不安感で見せ続けるが、ハッピーエンドながら心穏やかには終わらない、不確実で不安な現代を描く。 (評価:2.5)

ゲキ×シネ 蜉蝣峠

製作:劇団☆新感線、ヴィレッヂ
公開:2010年2月13日
監督:監督:前嶋輝 演出:いのうえひでのり 脚本:宮藤官九郎 撮影監督:野口かつみ

ヒーローが二人並び立つというチグハグで無理やりな舞台
 劇団☆新感線の舞台『蜉蝣峠』のライブ映像。
 関八州の宿場町を舞台に、2人のヤクザの親分の勢力争い、城主乗っ取りをめぐる陰謀を描く。
 物語の主軸は、かつて村を出た農民の小倅・闇太郎が25年ぶりに帰ってきて、ヤクザの女となっていた幼馴染と再会。城主暗殺、さらにはもう一人の闇太郎が現れて、25年前の殺戮事件の真相が明かになっていく。
 歴史考証的には相当な粗さがあるが、キャラクターシフトが類型化されたこの手の舞台にはありがちで、つまりは宮藤の脚本もその程度の出来でしかない。
 前半はかなりかったるい展開が続くが、後半は闇太郎とヤクザの女のラブストーリー、復讐劇、チャンバラでそれなりには盛り上がる。もっとも、闇太郎がどうにも主人公らしくない設定で、それを無理やりヒーローにしているために、最後は罪のある人間もない人間もまとめて殺してしまうという、破滅的で後味の悪い結末で終わらせるしかなかったという、シナリオ的には破綻したストーリー。
 ヤクザを演じる堤真一が際立つ演技で、闇太郎を演じる古田新太を完全に食っているが、劇団の看板役者を主役の座から降ろせないという、日本の小劇場の悪弊により、ヒーローが二人並び立つというチグハグで無理やりな舞台となっている。
 闇太郎といえば『雪之丞変化』で、オマージュなのか、チンチンを失った男おんなの旅芸人が出てきて、勝地涼が好演している。
 ヤクザの女は高岡早紀で、安定した演技。 (評価:2)


製作:「ウルトラミラクルラブストーリー」製作委員会
公開:2009年6月6日
監督:横浜聡子 脚本:横浜聡子 撮影:近藤龍人 美術:杉本亮 音楽:大友良英
キネマ旬報:7位

『フォレスト・ガンプ』を描こうとして遠く及ばない
 知的障害の青年が主人公のラブストーリー。
 主人公の陽人を松山ケンイチが演じるが、当初は単なる軽薄な青年にしか見えず、物語が進むにしたがって、陽人が知的障害を持っているらしいとわかる。
 もっとも松山の演技があまり上手くないので、健常者か障害者なのか見た目に曖昧で、その上、名作『フォレスト・ガンプ』(1994)の子供のような純な心を持つ青年を演出的には狙っているが、やはり軽薄以上には演じられていない。
 恋の相手が幼稚園の新任教諭・町子(麻生久美子)で、陽人がこの幼稚園児たちと対比されるようになっているのだが、園児たちが少しも子供らしくないというのが演出の致命的な失敗で、無邪気と無節操を勘違いしているために、陽人もまた無節操なだけに映る。
 無邪気とはいい難い町子への付き纏いはストーカーにしか見えず、農薬を浴びることにより知的障害が改善されると陽人が思い込むくだりも、説明不足でわかりにくい。
 町子への片思いが、陽人の一度目の死によって町子の同情心を誘い、疑似的ながら両想いの夢が叶うが、これを町子が陽人の子供のような純真さに惹かれたからというのはファンタジーすぎる。
 知的障害者は子供と同じ純真さを持ち続ける人たち、というステレオタイプなテーマ設定も差別の変形で、『フォレスト・ガンプ』を描こうとして遠く及ばない作品となっている。
 それにしてもラストの陽人の脳味噌のホルマリン漬けは醜悪。 (評価:2)


製作:「風が強く吹いている」製作委員会(松竹、光和インターナショナル、バンダイビジュアル、キノシタ・マネージメント、博報堂DYメディアパートナーズ、読売新聞、京王エージェンシー、衛星劇場)
公開:2009年10月31日
監督:大森寿美男 製作:鈴木光 脚本:大森寿美男 撮影:佐光朗 美術:小澤秀高 音楽:千住明
キネマ旬報:10位

箱根駅伝の人気に便乗しただけの嘘くささ
 三浦しをんの同名小説が原作。
 落ちこぼれの若者たちが一念発起して、仲間と力を合せて栄光に向かって努力するという、よくある青春スポ根物語。
 この手の映画としては『がんばっていきまっしょい』(1998)、『ウォーターボーイズ』(2001)、『スウィングガールズ』(2004)、『リンダ リンダ リンダ』(2005)、『おっぱいバレー』(2009)等々たくさんあるが、本作のテーマは箱根駅伝。
 箱根駅伝という人気の高いテーマながら、他の作品と大きく違っているのは、箱根駅伝だけに主人公たちが大学生であること。他作品は高校生や中学生といったティーンエイジャーたちの物語で、目標は身近で、10代特有の純粋さがある。
 大学生が不純というわけではないが、学校という閉塞した世界の中で可能性を夢見る中高生に比べれば、大学生は遥かに開放された世界にいて、挫折と自らの限界を経験し、ある程度先が見えている。中高生のように夢を信じられる年齢ではなく、まして箱根駅伝という超有名なスポーツ大会に、憧れて出場できるほど甘くはないことを誰もが知っている。
 いくら才能があったからとはいえ、長距離を経験したことのない大学生が集まって、一からトレーニングを始め、10人ぎりぎりの陸上部が、予選を勝ち抜き、本選に出場してしまうという時点で、リアリティは完全に喪失していて、ギャグ漫画でもありえないような設定になってしまっている。
 箱根駅伝の人気に便乗しただけのお粗末なストーリーは穴だらけだが、まともに突っ込む気にもなれないほどで、最後まで嘘くささが払拭できない。ある意味、箱根駅伝に青春をかけている選手やサポーターたちを愚弄してもいる。
 もっとも主人公を演じる林遣都は、見事な走りっぷりの熱演で、本作中で唯一清々しい。
 選手の一人を白戸家の兄ダンテ・カーヴァーが演じているのがネタか。 (評価:2)


製作:「空気人形」製作委員会(エンジンフィルム、バンダイビジュアル、テレビマンユニオン、衛星劇場、アスミック・エース・エンタテンメント)
公開:2009年09月26日
監督:是枝裕和 製作:川城和実、重延浩、久松猛朗、豊島雅郎 脚本:是枝裕和 撮影:リー・ピンビン 音楽:world's end girlfriend 美術:種田陽平
キネマ旬報:6位

見所はペ・ドゥナのヌードとコスプレ、超ミニ、覗き
 業田良家の漫画『ゴーダ哲学堂 空気人形』が原作。
 人形やロボットなどの静物が心を持つというのは『ピノッキオの冒険』『私はロボット』を始め使い古されたモチーフだが、この作品ではダッチワイフが心を持つ。それだけでもキワモノだが、人形に空気を入れたり抜いたりするというのが本作のアイディア。しかし、ダッチワイフをどう描いても妄想系を抜け出すことはできない。
 見どころはダッチワイフ役のペ・ドゥナのヌードとメイド服などのコスプレ、中が覗けそうな超ミニと、しゃがんだり前屈みを前後から狙うカメラアングル。それ以外に、この作品の解説は不要。
 ペ・ドゥナの演技はそこそこで、ダッチワイフの無感情な表情や動きをそれなりに演じている。空気が抜ける動きと膨らむシーンは面白いが、正直、彼女にはそのようなことに演技力を発揮するのではなく、もう少し作品を選んでほしかった。
 人間は誰しも使い捨てにされるダッチワイフのような消耗品・代用品、というもっともらしいテーマも用意されているが、ペ・ドゥナをダッチワイフ代わりに妄想するための言い訳に過ぎない。そうした意味でビデオ向きの作品だが、それが究極の狙いか。
 性具としての露骨なシーンも出てきて、子供や女性と一緒に観ると質問を受けかねないので要注意。妄想系が苦手な人には向かない。 (評価:1.5)



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