海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──1992年

製作:​アルゴプロジェクト、サントリー
公開:1992年10月10日
監督:石井隆 製作:伊地智啓 脚本:石井隆 撮影:佐々木原保志 美術:細石照美 音楽:安川午朗
キネマ旬報:5位

石井隆のくすんだ抒情が画面いっぱいに広がる
​ 西村望の『火の蛾』が原作。
 実話が基になっているが、よくある話でストーリー的には平凡。
 ただ本作がよく出来ているのは、一に俳優の演技力、二に石井隆ならではの劇画のカットを見るようなカメラアングルと構図にある。
 大月の駅でふと出会った女(大竹しのぶ)に魅かれた若い男(永瀬正敏)が、彼女の亭主(室田日出男)が経営する不動産屋で働くことになり、女と密通を重ねるという物語で、やがて亭主にばれて若い男は不動産屋を辞めるものの女を奪おうとして夫を殺すことになる。
 石井隆作品のお約束で『天使のはらわた』同様、女の名は土屋名美。それからすれば原作付きだが本作は『天使のはらわた』の一作品と考えて良いかもしれない。
 この3人の演技がすべてで、当時演技派として認められていた大竹しのぶはもとより、ピラニア軍団出身の室田日出男が、ヤクザ映画の殻を打ち破る、名美の浮気を知りながらも愛せざるを得ない男の純情を見事に演じていて見応えがある。
 永瀬正敏を含むこの3人の演技を引き出すために、石井隆は長回しを多用し、各シーンに緊張感とリアリティを与えている。
 映像的にとりわけ素晴らしいのが名美が木場の浮桟橋を歩くローアングルからの長回しのシーンで、石井隆らしいくすんだ抒情が画面いっぱいに広がる。
 小舟の浮かぶ川べりの待合で二人が隣室の喘ぎ声が漏れる中で語り合うシーンなど昭和感の漂う映像に見応えがあり、若い男が初めて名美を襲うシーンの長回しにも、単なるサービスシーンを超えたリアリズムがある。
 テーマ的には結局は名美という名を持つ石井隆が執着するマリアの物語で、二人の男に愛を分かつ博愛の女と、その女の魅力から逃れられない二人の男の、愛をめぐる悲しい物語となっている。 (評価:3)

製作:​日本テレビ、バンダイ、松竹第一興行
公開:1992年9月12日
監督:深作欣二 製作:奥山和由 脚本:丸山昇一 撮影:浜田毅 美術:今村力 音楽:菱田吉美
キネマ旬報:7位

みんなロックして死んでしまうという破滅型
​ 深作欣二監督による本格的なアクション映画。
 萩原健一、石橋蓮司、千葉真一のベテランギャングに、自前のライブハウス開店資金のために、木村一八が洞爺湖のホテルの売上金強奪計画を持ち込んで現金輸送車を襲う。しかし2億円のはずが5千万円しかなくて仲間割れ。石橋が死んで、千葉が重態となる。
 持ち逃げした木村を萩原が追うが、木村の愛人・荻野目慶子が金を横取り。さらにはこの金をつけ狙うヤクザの八名信夫、助っ人・原田芳雄も加わる争奪戦となり、八名以外はみんな死んで、金は海に沈み、満身創痍の萩原だけが生き残るというシンプルな物語。
 見どころは銃撃戦とカーチェイスで、前者は狂ったように機関銃を乱射する荻野目が見どころ。一番の見どころは、大型バスまで動員した大量の車の激しいぶつかり合いで、とにかくボコボコに壊しまくる。片輪走行から並んだパトカーの屋根の上を走行するなど様々なカーアクションが見られるが、その迫力からバリエーション、カメラアングルに至るまで、『仁義なき戦い』の抗争を車で見せる深作の緩みない演出力が凄い。
 深作作品なので一応テーマは用意されていて、人生はロック。木村が死ぬときに若い制服警官に向かって「二十歳やそこいらでそんな格好して恥ずかしくないのか。ロックしようぜ」というメッセージが利いているが、萩原以外はみんなロックして死んでしまうという破滅型なのが何とも言えない。
(評価:2.5)

製作:​近代映画協会
公開:1992年6月6日
監督:新藤兼人 製作:多賀祥介 脚本:新藤兼人 撮影:三宅義行 美術:重田重盛 音楽:林光
キネマ旬報:9位

永井荷風の大人の恋を描く極私的映画
​ 永井荷風の同名小説が原作。
 小説家が玉の井の私娼と懇意になり結婚話に進む物語で、本作では永井の半生記として実名で描いている。タイトルの濹東は隅田川の東の意で、玉の井を指している。
 連日のカフェー通いを周囲から批判されている永井(津川雅彦)は、玉の井で偶然出会った私娼・お雪(墨田ユキ)の家に通いつめるようになる。永井と母(杉村春子)の会話で、二度の離婚を経験した永井が理想の女を探し求めていることがわかるが、お雪がようやく出逢った理想の女だった。
 お雪もまた永井を愛し、年季明けの結婚を望むが、57歳の永井は25歳のお雪との年の差が、将来お雪を幸せにはしないことを悟り躊躇する。その間に太平洋戦争の戦況は悪化し空襲によって二人は別れ別れとなってしまう。
 本作では永井の日記『断腸亭日乗』を基に永井が昭和34年に絶命するまでが後日談として描かれている。
 原作自体が永井の私小説で、それを半生記に置き換えているものの、永井荷風の極私的映画でしかなく、新藤はそれに戦争を背景として描くことで、多少の普遍性を盛り込もうとしている。やり手婆(乙羽信子)の息子の出征・戦死などのエピソードが盛り込まれるが、類型の範疇を出る事はなく、永井荷風の伝記映画以上のものはない。
 見どころは、今はなき「赤線玉の井ぬけられます」の様子が再現されていること。 (評価:2.5)

ミンボーの女

製作:​伊丹プロダクション
公開:1992年5月16日
監督:伊丹十三 製作:玉置泰 脚本:伊丹十三 撮影:前田米造 美術:中村州志 音楽:本多俊之

ヤクザ打倒宣言も刺されてしまっては失敗
​ ヤクザの民事介入暴力(ミンボー)を題材にした作品で、組織暴力の拡大・広域暴力団の抗争が社会問題となり、暴力団対策法による警察の締め付けが強化された時代が背景となっている。
 伊丹はそうした社会的流行に敏感で、本作は公開直後に伊丹自身が暴力団に襲われたこともあって話題となりヒットした。
 本作では企業に難癖をつけて営業妨害し、金を要求して資金源とする手法をホテルに例を取って描くが、社会派ドラマというよりは対暴力団対応マニュアルに近く、暴力団の遣り口をさまざまな角度から解き明かしたという点が暴力団の反感を買ったのかもしれない。
 民事介入暴力専門の弁護士に宮本信子、ホテルの暴力団担当に大地康雄・村田雄浩、支配人に宝田明、会長に大滝秀治、フロント課長に三谷昇と伊丹作品の常連も多い。ヤクザ側に伊東四朗、中尾彬、小松方正、ガッツ石松の適役のほか、柳葉敏郎が出ているのも見どころ。
 つまるところはヤクザは民間人に暴力を振るえないというのが大きな点で、ヤクザを怖れず弱みを見せず、如何にヤクザから違法行為を誘発するかというのがヤクザ対策の肝要。
 それを典型的事例をもとにフローチャート式にマニュアルドラマ化して、ヤクザを決して恐れるなというテーゼに導いている。
 最後はホテルマンたちが一丸となって毅然としてヤクザをはねのけるが、大地康雄らが成長していくのはともかく、脇が甘すぎてヤクザに絡め取られる支配人が、得意顔にヤクザ打倒を宣言するのはどうにも違和感がある。
 本作が決定的にしくじっているのは、そうして果敢にヤクザに対峙したミンボーの女が結局、ヤクザに刺されてしまうことで、命はとりとめたとは言うものの、やっぱりヤクザには当たらず触らずというのが正解という結論を導いている。 (評価:2.5)

製作:​ギ​ャ​ラ​ッ​ク​プ​レ​ミ​ア​ム​、​ピ​ー​・​エ​ス​・​シ​ー​、​リ​バ​テ​ィ​フ​ォ​ッ​ク​ス
公開:1992年10月31日
監督:大林宣彦 製作:川島國良、大林恭子、笹井英男 脚本:石森史郎 撮影:萩原憲治、岩松茂 音楽:久石譲 美術:薩谷和夫
キネマ旬報:2位

美しい思い出しか残らない金太郎飴的喪失物語
​ ​芦​原​す​な​お​の​同​名​小​説​が​原​作​。
​ ​ベ​ン​チ​ャ​ー​ズ​の​「​パ​イ​プ​ラ​イ​ン​」​に​電​気​的​啓​示​を​受​け​た​少​年​が​、​高​校​に​入​学​し​て​エ​レ​キ​バ​ン​ド​を​結​成​し​、​仲​間​と​3​年​間​バ​ン​ド​に​打​ち​込​む​青​春​を​送​る​と​い​う​物​語​で​、​デ​ン​デ​ケ​デ​ケ​デ​ケ​は​、​エ​レ​キ​ギ​タ​ー​の​奏​法​を​擬​音​化​し​た​も​の​。
​ ​恋​に​笑​い​に​涙​に​と​い​う​定​型​的​な​青​春​も​の​で​、​い​か​に​も​大​林​が​好​み​そ​う​な​題​材​。​ラ​ス​ト​で​は​メ​ン​バ​ー​4​人​プ​ラ​ス​1​の​う​ち​、​主​人​公​だ​け​が​東​京​の​大​学​に​進​学​し​、​他​は​香​川​県​観​音​寺​市​の​地​元​で​そ​れ​ぞ​れ​の​家​業​に​就​く​と​い​う​、​こ​れ​ま​た​典​型​的​な​一​人​故​郷​を​離​れ​て​上​京​し​、​過​ぎ​去​っ​た​青​春​と​故​郷​の​友​を​懐​か​し​む​と​い​う​「​東​京​タ​ワ​ー​」​的​ノ​ス​タ​ル​ジ​ー​で​、​こ​の​金​太​郎​飴​的​喪​失​物​語​に​い​さ​さ​か​ゲ​ン​ナ​リ​す​る​。
​ ​時​代​は​1​9​6​5​年​で​、​当​時​は​東​京​で​も​エ​レ​キ​ギ​タ​ー​は​不​良​視​さ​れ​て​い​て​、​決​し​て​好​意​的​な​目​で​は​見​ら​れ​て​い​な​か​っ​た​。
​ ​大​林​の​作​品​に​は​理​解​の​あ​る​大​人​た​ち​と​周​囲​ば​か​り​と​い​う​、​悪​人​が​登​場​し​な​い​世​界​観​の​た​め​、​ノ​ス​タ​ル​ジ​ー​=​フ​ァ​ン​タ​ジ​ー​で​、​美​し​い​思​い​出​し​か​残​ら​な​い​と​こ​ろ​が​嘘​く​さ​い​。
​ ​大​林​作​品​常​連​の​岸​部​一​徳​、​根​岸​季​衣​、​尾​美​と​し​の​り​と​い​う​の​も​変​わ​り​映​え​が​し​な​い​。​バ​ン​ド​の​メ​ン​バ​ー​の​一​人​に​1​9​歳​の​浅​野​忠​信​、​佐​野​史​郎​、​前​田​武​彦​、​尾​藤​イ​サ​オ​が​出​演​。​脚​本​は​石​森​史​郎​、​音​楽​は​久​石​譲​。 (評価:2.5)

ゴジラvsモスラ

製作:東宝映画
公開:1992年12月12日
監督:大河原孝夫 製作:田中友幸 脚本:大森一樹 特技監督:川北紘一 撮影:関口芳則 音楽:伊福部昭 美術:酒井賢

横浜みなとみらいの大規模ミニチュアセットが見所
​ ​​​ゴ​​​ジ​​​ラ​​​第​​​19​作​​​、​​​新​​​生​​​ゴ​​​ジ​​​ラ​​​第​​​4作​​​。大森一樹は脚本のみで、大河原孝夫が監督。特​撮​は​川​北​紘​一まま。東宝人気怪獣の両雄のカップリングで、興行的にも成功した作品。
 巨大隕石落下でゴジラが目覚め、インファント島の開発と暴風雨でモスラの卵が現れるという設定。モスラの永遠のライバルとしてバトラが蛾型新怪獣で登場。
 1964年のモスラ対ゴジラをある程度踏襲していて、モスラの卵を見世物にしようとする企業家(大竹まこと)から小美人がモスラを守り、モスラは横浜を破壊するゴジラと戦う。モスラは先史文明の神で、環境破壊により地球の怒りを買って高度文明が滅んだという環境テーマだが、深追いしない分エンタテイメントとして楽しめる。
 気になる小美人は双子ではなく、東宝シンデレラガール出身の今村恵子・大沢さやか。背格好も顔もどことなく似ている。
 田中好子が『ゴジラvsビオランテ』に続いての登場だが、役も違い出番も少ない。主役は別所哲也・小林聡美。小林昭二・大和田伸也・篠田三郎・宝田明の出演。
 冒頭は『インディー・ジョーンズ』風。見どころは横浜みなとみらいの大規模ミニチュアセットと破壊&国会議事堂でモスラが蛹になるシーン。 (評価:2.5)

製作:​ガリレア、西友
公開:1992年5月23日
監督:東陽一 製作:山上徹二郎、山口一信 脚本:東陽一、金秀吉 撮影:川上皓市 美術:内藤昭 音楽:エルネスト・カブール
キネマ旬報:6位

人権啓発映画ではあるが人間ドラマとしては食い足りない
​ 住井すゑの同名小説が原作。
 今井正に続く2回目の映画化で、ストーリーは今井版の第一部(1969)と第二部(1970)を併せた内容になっているが、時間的にも短くダイジェスト感は否めない。
 今井版が部落解放同盟の批判に晒されたのに対し、本作は解放同盟の肝いりで製作されているが、差別の実態と部落民が置かれた境遇を一通り描くが、主人公を含むドラマ性は希薄となっていて、人権啓発映画ではあるが人間ドラマとしては食い足りない。
 明治末の奈良盆地の被差別部落が舞台で、明治維新によって階級制度がなくなったにも関わらず、地域や学校・職業・結婚で厳然と差別され続け、貧困に苦しむ部落の人々が描かれる。
 ラストは水平社宣言と主人公・孝二(渡部篤郎)の収監。従妹の七重(高岡早紀)の婚約者も収監されるが、七重が水平社宣言とも結婚するといって、花嫁姿で宣言が大書された屏風の前で三三九度というのも度を越していて、ドラマ性を無視している。
 藁葺き屋根の残る田園風景が美しいが、ボリビアの弦楽器を使った音楽は牧歌的というよりは南米的で、コンドルが飛び回りそうで違和感がある。
 孝二の母に大谷直子、祖母に中村玉緒、兄に杉本哲太。 (評価:2.5)

製作:徳間書店、日本航空、日本テレビ放送網、スタジオジブリ
公開:1992年7月18日
監督:宮崎駿 製作:徳間康快、利光松男、佐々木芳雄 脚本:宮崎駿 作画監督:賀川愛、河口俊夫 美術:久村佳津 音楽:久石譲
キネマ旬報:4位

「飛行士たちの話」をパクったのが本作最大の汚点
​ 当初、日本航空の機内上映用に制作されたアニメで、長尺になったために劇場公開されたという経緯を持つ作品。宮崎自身が戦闘機オタクで、機内上映用というフィールドで作られたため、趣味的作品となっている。
 このため、世界恐慌時のアドリア海を舞台にした空賊という設定だけでストーリーらしいストーリーもなく、宮崎の得意とする空中シーンを好き放題に描いた、中年の豚を主人公とする自由度の高い大人向け漫画映画となっていて、娯楽作として気楽に楽しめる。
 主人公は空賊を退治する賞金稼ぎで、空賊の用心棒となったアメリカ人パイロットがライバル。飛行艇にダメージを与えられ、新造飛行艇で雪辱するというのが大きな流れで、雪辱戦が美少女メカニックを賭けた空中戦勝負というので宮崎流ロリコンアニメの本領発揮。
 大人向けに主人公の恋人に加藤登紀子が声を当てるシャンソン歌手を持ってきて、賞金稼ぎの中年の豚の声に森山周一郎を起用。クリント・イーストウッド張りの女にもてるが禁欲的な一匹狼というマカロニウエスタン風なヒーローに仕立てているが、中身が薄い。
 そのため、主人公が少女に聞かせる昔話にロアルド・ダールの短編集「飛行士たちの話」の中の『彼らは年をとらない』をパクって体裁を整えているが、オマージュにもならない剽窃なのが残念なところ。『彼らは年をとらない』は新谷かおる『エリア88』にも利用されているが、長編の中の1エピソードで、本作のような最も印象的なシーンに原作表記もなしに利用するのはクリエイターとしてやってはいけないことで、公開時に見たときに非常に後味が悪かった。あるいは、日航機内上映用ということで軽い気持ちでパクったのか?
 「飛ばねえ豚はただの豚だ」という意味のありそうな台詞を吐きながら、肝腎要の主人公がなぜ人間から豚になってしまったのかについても説明されず、反ファシズムを気取らせながらも単なるカッコつけに終わっていて、日航機内上映用ということで政治色を抑えたにしても、テーマを作品として描くことができず、お飾りにしか利用できていない。
 それでも宮崎のアニメーターとしての腕は冴えていて、上記のことを忘れて何も考えずに動画だけを眺めていれば、『ルパン三世』程度には楽しめる。久石譲の音楽がいい。 (評価:2.5)

製作:阿賀に生きる製作委員会
公開:1992年9月26日
監督:佐藤真 撮影:小林茂 音楽:経麻朗
キネマ旬報:3位

公害問題にも過疎化にも切り込めなかったスタッフの甘さ
 阿賀野川流域に暮らす人々を追ったドキュメンタリー。
 基本的には、阿賀野川に流れ込んだ昭和電工鹿瀬工場の廃液により、水銀中毒となった人々を追っていくが、山間の鹿瀬町の農家夫婦、引退した船大工、餅つき名人と年寄りの生活ばかりを追いかけていき、若者や子供たちがほとんど登場しないため、山村の過疎化がテーマかと見間違う。
 農家の老人はかつては鮭・鱒獲りの名人だったが、下流に電力用ダムができたために魚が獲れなくなり、船大工はトラック輸送で水運が廃れたために引退する。話は面白いのだが、この二人を中心に話が進むので、時代に取り残された老人たちの失われたものへのノスタルジーという、公害問題からは離れた後ろ向きな空気が充満する。
 輪をかけて農家老人の子供たちは大きな町が生活の拠点となり、農業は親の代で終わり。船大工の技術を継承するのは50歳の家の大工と少しも若返らず、新造船はどう見ても時代遅れ。昭和電工が去った後の企業城下町から若者は去り、企業と若者と時代に棄てられた老人たちの寂しい姿だけが印象に残る。
 彼らを3年間撮り続けたというドキュメンタリーのクルーたちからして、撮影が終われば町を去り、農作業の手伝いも終わり、結局は老人たちを見捨てていくことになる。
 そんなエピローグが想像できてしまうだけに、老人たちに妙な情けを掛けて、公害問題にも過疎化にも切り込めなかったスタッフの甘さが浮き彫りになってしまう。 (評価:2.5)

製作:バンダイ
公開:1992年10月3日
監督:若松孝二 製作:奥山和由 脚本:つかこうへい 撮影:鈴木達夫 美術:丸山裕司 音楽:宇崎竜童
キネマ旬報:8位

原田芳雄が越路吹雪に扮して歌う「愛の讃歌」がすべて
​ つかこうへいの同名戯曲が原作。
 ドサ廻りの北村宗介一座の物語で、座長(原田芳雄)の内縁の妻レイ子(藤谷美和子)は一座のトップスターだが、しょっちゅう座員と駆け落ち。それで座長の綽名が寝盗られ宗介だが、心優しい宗介はそれも芸の肥やしと黙認、寝盗った座員にもお礼をするお人好しで、座員に上カツ丼を食べさせて自分は並で我慢するという出来た人柄から座員に慕われている。
 それもそのはず父親(玉川良一)は妻妾合わせて50人の子供がいるという金持ちで、跡を継いだ弟(佐野史郎)からいつでも金を引き出せるくらいに育ちがいい。
 物語は、座員のジミー(筧利夫)の腎臓移植、あゆみ(久我陽子)のスカウト話、レイ子とジミーの駆け落ちなどのエピソードを織り交ぜながら、地元・角館の公民館の杮落とし公演とレイ子との結婚式を軸に進む。
 ストーリーは正直つまらなく、寛容な宗介と浮気で心を引き留めておきたいレイ子の屈折した愛の関係と成就がテーマという、小劇場にありがちな芝居で、若松孝二もこの手の作品に向いているとは思えず、富士山をバックにしたラストと、農村シーンが頑張っているくらい。
 うだうだした気持ちで見ていると、原田芳雄が越路吹雪に扮して「愛の讃歌」を歌うシーンで突然雷を受けたような衝撃が走り、他のシーンをすべて忘れるくらいに引き込まれる。
 このシーンを見るだけで十分に価値があるが、ならば他の100分は何のためにあるのかということになる。 (評価:2)

男はつらいよ 寅次郎の青春

製作:松竹
公開:1992年12月26日
監督:山田洋次 製作:中川滋弘 脚本:山田洋次、朝間義隆 撮影:高羽哲夫、花田三史 美術:出川三男 音楽:山本直純

綻びの目立つ寅さんシリーズ終盤
 寅さんシリーズの第45作。
 満男(吉岡秀隆)と泉(後藤久美子)のカップル4作目。観光地映画として二人を旅に出さなければならないため、今回は泉の高校時代の同級生の結婚式出席で宮崎に向かい、そこでまたしても偶然寅次郎に出会い、寅次郎が足を怪我して入院、満男が宮崎に向かうという筋立てになっている。
 設定からすれば泉は高校を卒業して東京のレコード店に就職したばかりで、いきなり同級生の結婚式というのも無理矢理な話。寅次郎が床屋の女主人(風吹ジュン)と出会って寝泊まりするのも、寂しい女の一人暮らしとはいえご都合主義で、それだけで惚れられてしまうというのも説得力がない。
 体調の悪い渥美清の負担を減らすために足に怪我をさせて座った演技が中心。おまけに足を挫いただけで入院というのもあり得ない話で、全体のシナリオに相当無理がある。
 満男・泉話では青春映画にしかならず、キャラクターも弱いために結局寅次郎の恋愛話を柱にするしかなく、マドンナ・風吹ジュンが寂しいだけで寅次郎を好きになり、ビビった寅が逃げるというパターン。
 話に限界のある満男・泉シリーズを終わらせるために最後に二人を別れさせ、泉は名古屋に帰ってしまうが、泉のためなら九州・山陰まで追いかけた満男が、名古屋くんだりで今生の別れというのも白ける。
 綻びの目立つ寅さんシリーズ終盤で、衰えの目立つ笠智衆もこれが最後の出演となった。 (評価:2)

製作:松竹
公開:1993年3月13日
監督:滝田洋二郎 製作:小林壽夫 脚本:一色伸幸 撮影:浜田毅 美術:山口修 音楽:清水靖晃
キネマ旬報:5位

ズルズルとしたストーリーと演出に若干飽きる
​ 東南アジアの架空の国タルキスタンが舞台で、撮影はタイで行われている。
 日本株式会社の海外駐在員を戯画化したコメディで、物価の安い途上国でブルジョア然とした生活を送る一方、本社からは島流しになった気分で異動を待つという、サラリーマンの悲哀を描く。
 タルキスタンの大河に架橋する入札プロジェクトで、若い技術者・高橋(真田広之)がプレゼンのために出張してくる。駐在員の中井戸(山崎努)は支店長とは名ばかりで他には現地社員しかいないが、使用人付の大邸宅に住んでいる。
 ライバル社の落札が内定し、異動が遠ざかって気落ちする中井戸と早々に帰国できると喜ぶ高橋。そこにクーデターが勃発。ライバル社の支店長(岸部一徳)と部下(嶋田久作)ともども、戦火を逃れて逃げ回ることになるという物語。
 前半は商社同士の買収工作合戦、盗み・たかりの横行する途上国の人々への差別意識などが描かれ、後半はクーデター勃発による脱出劇となる。
 中井戸が実は政府軍のスパイで、それが元で反政府軍に拉致されてしまうが、軍事政権の大佐が架橋プロジェクトの責任者なのに、中井戸が入札に負けてしまうというのが少し不自然。スパイになった理由も語られない。
 クーデターは鎮圧され高橋は無事救援機で帰国するが、最後は駐在員の悲哀だけでなく、別れて暮らしながらも家族のために奮闘しているという気概が救いとなっている。
 ドラマとしてもコメディとしても展開の面白みに欠け、ズルズルとしたストーリーと演出に若干飽きが来る。 (評価:2)

七人のおたく

製作:フジテレビ
公開:1992年12月19日
監督:山田大樹 製作:村上光一 脚本:一色伸幸 撮影:藤石修 音楽:山辺義、﨑久保吉啓 美術:石井巖

武田真治と浅野麻衣子以外はオタクに見えないオタク映画
 公開時以来、すっかり内容を忘れていたので、再見しても初見の如く観られた。つまりオタクの話という以外に印象に残らなかった作品で、駄作が理由だったというのを再認識。
 主演はウッチャンナンチャンで当時、それなりに話題があった(ということも忘れていた)。脚本は『私をスキーに連れてって』『彼女が水着にきがえたら』等の通俗物の一色伸幸。監督はこの後に江口洋介の『湘南爆走族』を撮ったくらいで正体不明の山田大樹。
 中尾彬が愛人フィリピーナ(?)の赤ん坊を奪い、その奪還のために南原がオタクを集めて作戦を遂行するという物語。オタクが市民権を得始めた頃で、ミリタリー、格闘技、パソコン、フィギュア、アイドル、無線、レジャーと若干無理無理感がある。荒唐無稽を通り越していて、オタクの結束力がテーマか?
 七人というのはやはり『七人の侍』のパロディなのかとか、余計なことを考えながら観ることのできる作品。
 江口洋介、山口智子らも出演しているが、武田真治と浅野麻衣子以外はオタクに見えない。 (評価:1.5)

製作:​フジテレビジョン
公開:1992年10月24日
監督:松岡錠司 製作:村上光一 脚本:松岡錠司 撮影:笠松則通 音楽:茂野雅道 美術:遠藤光男
キネマ旬報:10位

始めから終りまで二人がなぜ結婚したのかがわからない
​​ ​原​作​は​江​國​香​織​の​同​名​小​説​。
​ ​精​神​疾​患​気​味​の​妻​(​薬​師​丸​ひ​ろ​子​)​と​同​性​愛​の​夫​(​豊​川​悦​司​)​の​結​婚​生​活​の​葛​藤​を​主​軸​に​、​夫​の​愛​人​(​筒​井​道​隆​)​が​絡​む​物​語​。​二​人​は​相​手​の​秘​密​を​承​知​で​結​婚​し​、​ベ​ッ​ド​も​共​に​し​な​い​が​、​友​情​の​よ​う​な​も​の​で​結​ば​れ​て​い​る​。
​ ​正​直​、​物​語​の​始​め​か​ら​二​人​が​な​ぜ​結​婚​し​た​の​か​わ​か​ら​な​い​し​、​友​情​が​あ​っ​て​も​夫​婦​で​い​る​必​要​が​な​い​。​そ​の​疑​問​は​映​画​の​最​初​か​ら​終​わ​り​ま​で​ず​っ​と​頭​か​ら​離​れ​ず​、​夫​婦​に​す​れ​違​い​が​生​じ​た​と​き​に​も​、​別​れ​れ​ば​済​む​問​題​で​し​か​な​い​。​同​性​愛​が​妻​の​両​親​に​知​れ​た​時​も​、​二​人​が​離​婚​を​拒​む​理​由​も​わ​か​ら​な​い​し​、​妻​は​次​第​に​夫​を​好​き​に​な​っ​て​い​く​が​、​結​局​性​を​抜​き​に​し​た​愛​情​な​ど​と​い​う​少​女​小​説​の​よ​う​な​甘​っ​た​る​さ​で​、​さ​も​二​人​が​純​愛​を​生​き​て​い​る​よ​う​な​錯​覚​を​さ​せ​て​、​観​客​を​魔​法​に​か​け​て​し​ま​お​う​と​い​う​映​画​の​底​の​浅​さ​が​見​え​る​。
​ ​そ​う​し​た​錯​覚​に​酔​え​る​人​に​は​お​薦​め​だ​が​、​現​実​主​義​者​は​時​間​の​無​駄​と​感​じ​る​か​も​し​れ​な​い​。 (評価:1.5)

製作:​大映、キャビン
公開:1992年1月15日
監督:周防正行 製作:平明暘、山本洋 脚本:周防正行 撮影:栢野直樹 美術:部谷京子 音楽:周防義和
キネマ旬報:1位
毎日映画コンクール大賞 ブルーリボン作品賞

計算高さばかりが目につく観客を舐め切った作品
 20年以上経って見ると、なぜ本作が高評価を得たのかよくわからない。
 ピンク出身の周防が、前作『ファンシイダンス』(1989)で当ったのを受けて、青春映画の題材に意外性を持ち込めばヒットするという周防なりのマーケティングの結果、本作は相撲。『ファンシイダンス』の修行僧役で丸坊主になった本木雅弘が、本作では褌姿で尻を丸出しにする。
 『ファンシイダンス』が少女漫画原作だったため、受けの感触を得た周防は同じ路線でコミカルに描くが、劇中、「相撲をバカにしているのか!」という台詞が何度も飛び出すが、相撲を一番バカにしているのは周防自身で、大学相撲の最下位リーグとはいえ、小学生でももっとましな相撲を取る。
 作品の対象とするスポーツに対する愛情やリスペクトの欠片もなく、ギャグ漫画でさえもこんな低俗な描き方はしない。最低なのは、スポーツとしても神事としても神聖であるべき土俵を通路のように走り回るシーン。
 周防の意外性路線は次作『Shall we ダンス?』(1996)に引き継がれるが、意外性だけの企画が行き詰まり、10年間映画が撮れなくなる。
 本木は裸になって頑張っているものの上手いわけではなく、あざとい演技の竹中直人、類型的な役柄の田口浩正・柄本明と見るべきところはない。
 これをスラップスティック・コメディとして虚心に見られれば楽しめるかもしれないが、キャラクター設定・シナリオ・演出は商売的な計算高さばかりが目について、これほど観客を舐めた映画はない。 (評価:1)