海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──1932年

製作:松竹キネマ
公開:1932年6月3日
監督:小津安二郎 脚本:伏見晁、燻屋鯨兵衛(小津安二郎) 撮影:茂原英朗 美術:河野鷹思
キネマ旬報:1位

子供の視点で描かれる心優しい小津サイレント作品
 社会的地位や貧富によって序列付られる社会と、それに振り回される大人たちの悲哀を、素直な子どもの視点から描くサイレント映画。
 サラリーマンの父を持つ二人の兄弟は、常々父から勉強して良い成績をもらって偉い人間になるように言われている。一家は父の上司である常務の家の近くに麻布から引っ越してくるが、父は会社で常務の御機嫌取りと陰口を叩かれ、子どもたちはガキ大将に苛められて学校にも行けない。そこで、二人は注文を武器に酒屋の小僧にガキ大将を痛めつけさせ、常務の子供と仲良くなってプライベートフィルムの映写会に招待される。
 しかし、そこで見たのは常務の胡麻擦る父の姿で、父が少しも偉い人間ではないことに失望。父に反発するが、それが社会であることを悟って父を許す。そして、常務の息子とは今まで通り、大人社会の序列には関係なく友達として接するラストとなる。
 小津らしいヒューマニティに溢れた作品で、現実におもねることなく現実を自然体で受け入れ、且つ人間としての尊厳を失わなず、地位や名誉、貧富といった価値観を離れて人間らしく生きるという人生観を示す。
 そうした人間をありのままに心優しく見つめる小津の目は、その後の作品に共通するもので、時代が変わっても現在の人間社会に共通するものとなっている。
 背景に映る電車は池上電気鉄道(現在の東急池上線)で、当時の松竹蒲田撮影所周辺の様子がわかるのも見所。
 子供たちが中心に描かれ、背中に腹下し中の張り紙をしている子や、十字を切ると倒れる呪いごっこなどサイレント映画らしいコミカルさが微笑ましい。 (評価:3)

七つの海 後篇 貞操篇

製作:松竹キネマ
公開:1932年2月11日
監督:清水宏 脚本:野田高梧 撮影:佐々木太郎

川崎弘子の堂に入った悪女の演技が爽快
 牧逸馬(長谷川海太郎)の同名小説が原作。
 操を奪った武彦(岡譲二)と八木橋家への、弓枝(川崎弘子)の復讐が始まるが、その恨みは父の死、それによる姉・三輪子(若水絹子)の発狂、恋人・譲(江川宇礼雄)との決別と根が深い。
 そのために弓枝は武彦と一度も床を同じにせず、浪費しまくり、はては八木橋家の悪評を世間に暴露され、家名を地に落とさせるというもので、武彦の父・雄之助(武田春郎)はついに弓枝を離縁させる。
 復讐を果たし自由の身となった弓枝は譲のもとに向かうが、決定打となるのは結婚中に弓枝が書いていた日記で、弓枝が譲への操を貫き通したというのが、貞女の鑑ということになる。
 それにつけても、武彦との結婚後の弓枝の悪女ぶりが爽快で、川崎弘子の堂に入った演技が見どころ。八木橋家を放逐される時の捨て台詞「女の貞操の代償がどんなに高いものかこれで少しはおわかりになったと思います」で決める。
 譲は弓枝の幼い妹・百代(高峰秀子)とともに親友・宗像一郎(結城一朗)の運動具店に間借り。
 譲に片思いする新聞記者・桐原彩子(村瀬幸子)は、ポスト弓枝を狙って一郎を口説こうとするが思い叶わず。一方、母から死んだと聞かされていた父(野寺正一)が突然現れ、新天地を求めてアメリカに旅立つ。
 譲の誤解も解け、三輪子の精神病も全快。2時間余りの雨降って地固まるのドラマも、大団円のハッピーエンドとなるのが、悪女ものとしては若干不満か。 (評価:2.5)

製作:松竹キネマ
公開:1932年4月14日
監督:島津保次郎 脚本:北村小松 撮影:水谷至宏
キネマ旬報:8位

カッコつけ過ぎで人間味のない単なるマドロスもの
 ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の『紐育の波止場』(1928)の翻案だが、原作に比べるとシナリオも演出も劣る。
 汽船の罐焚きの坂田(岡譲二)が港に上陸した時、一人の女が身投げするのを目撃。海に飛び込んで助けると、これが水谷八重子で、何で助けたと非難する。酒場に行くと女が付いてきて、汽船の司厨長の野沢(河村黎吉)が女に粉をかけるのを庇って店を出る。
 坂田の優しさにほだされた女は、ヤクザのブルジョアの政(奈良真養)に売られそうになり世を儚んだと身投げの訳を話し、翌朝坂田のために甲斐甲斐しく朝食の支度をする。そこへ野沢の呼び出しが掛かり、工事現場で政の一味とともに襲われる。
 これを返り討ちにして女の待つ宿に戻るが、刑事がやってきて政の殺人容疑で連行される。
 それまで、海の男だから陸には上がれないと、心を寄せる女を袖にしてきた坂田が初めて、刑期が明けたら戻ってくるから、世帯を持つ気があるならそれまで待つように告げるという、ダンディなラストシーンとなっている。
 もっとも岡譲二の演技はカッコのつけ過ぎで、『紐育の波止場』の主人公ビル(ジョージ・バンクロフト)ほどには人間味がなく、単なるマドロスものに終わっているのが食い足りない。 (評価:2)

靑春の夢いまいづこ

製作:松竹キネマ
公開:1932年10月13日
監督:小津安二郎 脚本:野田高梧 撮影:茂原英朗

プログラム・ピクチャーを片手間で間に合わせた感
 大学生4人の友情とマドンナをめぐる恋模様を描くサイレントの青春映画。
 4人に主人公の堀野(江川宇礼雄)、島崎(笠智衆)、順助(大山健二)、斎木(斎藤達雄)、マドンナのベーカリーの娘にお繁(田中絹代)という布陣で、大学は出たけれどの就職難の時代を背景に描く。
 堀野は、父が急逝。大学を中退してオーナー会社の社長を引き継ぐが、仕事もせずに叔父とともに役員室で時間を潰しているだけというドラ息子。成績不良な友達3人に頼まれて、採用試験で不正をして入社させ、ついでに大学時代のマドンナだったお繁も入社させてしまう。
 学生時代、お繁とは互いにホの字で、入社を機に結婚しようと思っていたら、堀野が大学中退した時に縁がなくなったと思ったお繁は、斎木のプロポーズを受け入れ婚約していた。
 斎木はお繁を社長の堀野に譲ろうとするが、友情は裏切れないと言って堀野が身を引き、二人は新婚旅行に旅立つというストーリー。
 小津安二郎らしい小市民映画だが、女よりも友情が大事という類型的なテーマで、安直な偽善性で終わらせているのが、小市民の中に小市民らしい葛藤を描く小津作品にしては物足りない。
 プログラム・ピクチャーを片手間で間に合わせた感がして、小市民映画が好きな小市民としては寂しい。 (評価:2)