海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──1931年

製作:松竹キネマ
公開:1931年8月15日
監督:小津安二郎 脚本:野田高梧 撮影:茂原英朗
キネマ旬報:3位

ショートパンツに腹巻姿の高峰秀子7歳が可愛い
 不景気の時代を背景に、失業した大学出のサラリーマンがプライドを捨て、再出発するまでを描くサイレント映画。
 プロローグは旧制高校の体育の授業風景で、体育教師・大村(斎藤達雄)とやんちゃな生徒たちのコミカルな姿から始まる。喜劇風の始まりで、一転、生徒の一人・岡島(岡田時彦)が3人の子持ちの保険会社勤めの中流サラリーマンとなり、会社のボーナス日に先輩社員(坂本武)がリストラされ急に小津カラーとなる。
 さてはチャップリンのようなペーソス溢れるコメディかと思いきや、ここからは徹底してシリアス。社長に抗議した岡島もクビとなって失業、世の中不景気で再就職もままならずという社会派映画となる。
 先輩社員はチラシ配りで生計を立てるが、プライドの高い岡島は大学出に相応しい仕事を探して毎日ブラブラ。妻(八雲恵美子)もまたスノッブで、生活の心配もせずに子供との約束だからと自転車を買わせ、夫の気持ちもどこ吹く風。
 芝の職業紹介所に出かけた岡島は、偶然大村と出会い、大村が新規開店した洋食屋を「仕事がないから」ではなく「恩師の頼みだから」手伝うことになる。
 宣伝のために幟を担いでチラシ配りしているところを家族に目撃され、帰ると妻に恥ずかしい真似はするなと叱られる。夫も夫なら妻も妻の見栄っ張りだが、夫の心情を知って自分も洋食屋の手伝いを申し出る。
 恩師支援の同窓会が洋食屋で開かれ、それぞれが立派になった同級生が集まり、岡島夫婦は見栄も捨てて大村の手伝いをするが、そこに大村の知己から岡島に英語教師の仕事の紹介状が届く。
 プライドを捨てて素直な気持ちになれば、捨てる神あれば拾う神あり、いつか幸運が訪れるという小津のメッセージ。同級生一同、寮歌を合唱する中、大村に感謝を捧げる岡島で柊となる。
 大村の妻に飯田蝶子。岡島の長女に7歳の高峰秀子。ショートパンツに腹巻姿が可愛い。 (評価:2.5)

製作:日活太奏
公開:1931年12月31日
監督:伊藤大輔 脚本:伊藤大輔 撮影:唐沢弘光
キネマ旬報:4位

義賊というよりは鼠小僧のナルシズムのラブストーリー
 吉川英治の小説『治郎吉格子』が原作のサイレント映画。タイトルの読みは「おあつらえじろきちこうし」で、江戸時代後期の伝説の義賊・鼠小僧次郎吉が主人公。
 兇状持ちとなって江戸を離れた次郎吉が、京から大阪へ向かう船宿の場面から始まる。屋内を右にパンしていくと様々な人間がいて、最後にイカサマ博打をしている次郎吉と瓜二つの道中師(大河内傳次郎の二役)でカメラが止まるのが洒落ている。
 道中師が次郎吉と間違えられて捕縛されると場面は淀川を下る川船に変わり、積み荷の影から鼠の如く次郎吉が姿を現す。知り合った女がお仙(伏見直江)。二日月の夜にできると腐れ縁と口説かれイイ仲に。
 お仙が床屋の兄・仁吉(高勢實乘)の借金のかたに売られると聞いて、床屋に様子を見に行って見染めるのが病気の武士の娘・お喜乃(伏見信子)。父が江戸詰だった時に次郎吉に藩の金を盗まれ、その返済で窮状に陥ったことを知る。
 十手持ちを目指す仁吉が、同心(山本禮三郎)の妾にするためお喜乃を無理やり連れ出されそうとするのを次郎吉が逃がすが、仁吉に正体を知られ捕り方に追われてしまう。
 仁吉の家に逃げ込んだ次郎吉は軟禁されていたお仙を助け、お仙は次郎吉になりすまして川に飛び込んで捕り方を欺き、次郎吉を逃す…という物語。
 清純なお喜乃に惚れた次郎吉が、それ故に不幸にさせまいと兇状持ちの我が身を引き、次郎吉のために命を捧げたお仙と、二人の女に想いを馳せながら満月を眺めるラストシーンが何ともナルシスティックで、涙も流さない次郎吉が不人情に見える。
 ナレーションは次郎吉がやがて刑場の露と消えたと締め括るが、因果応報、お仙に地獄に引き寄せられたのかもしれない。
 お喜乃に心を奪われた次郎吉に対し、私を一生忘れさせないよと言って次郎吉の身代わりに川に身を投げるお仙の女の執念が際立つラストで、モテ男・大河内傳次郎よりも伏見直江の艶っぽい演技が光る。
 義賊・鼠小僧というよりは、女に惚れちゃならない鼠小僧のナルシズムのラブストーリーで、痛快アクションを期待すると裏切られる。 (評価:2.5)

七つの海 前篇 処女篇

製作:松竹キネマ
公開:1931年12月23日
監督:清水宏 脚本:野田高梧 撮影:佐々木太郎

列車のシーンと雪の富士山が映像的な見どころ
 牧逸馬(長谷川海太郎)の同名小説が原作。
 元官僚で病気の老父・曾根(岩田祐吉)の次女・弓枝(川崎弘子)には、譲(江川宇礼雄)という公認の恋人がいたが、譲の従兄で洋行帰りの八木橋武彦(岡譲二)に見染められて操を奪われてしまう。弓枝は貞操を失った代償に武彦と八木橋家に復讐するため、譲に背いて武彦との結婚を承諾してしまう、というのが前篇。
 帰朝した武彦が神戸から東京へと向かう列車のシーンから始まり、雪の富士山が映し出されるというのが映像的な見どころ。冒頭、若い女が意味深にデッキに立つシーンがあるのだが、武彦の恩師の娘・高杉耀子(伊達里子)だとわかっただけで退場してしまうのが肩透かし。
 原作の問題か、何のために登場したのかよくわからない人物が多い。
 武彦の妹・緋佐子(泉博子)が弓枝の友達。新聞記者・桐原彩子(村瀬幸子)は緋佐子の友達。彩子が好きなのが譲という関係で、譲は八木橋家を出て親友の宗像一郎(結城一朗)の運動具店に間借りするが、一郎が好きなのが彩子というサイレント映画としてはわかりにくい関係になっている。
 弓枝が武彦に操を奪われたことを知った曾根が八木橋家に抗議に行くが脳溢血で死亡。老父の面倒を看ていた姉・三輪子(若水絹子)はショックのあまり発狂して脳病院へ。
 八木橋家からの支度金を三輪子の治療費に充てるため、弓枝は武彦との結婚を承諾するのだが、それを知らない譲は弓枝と絶縁してしまうというのが前篇ラスト。
 弓枝の幼い妹・百代に高峰秀子が出演しているが、おかっぱ頭であまり可愛く見えない。 (評価:2.5)

製作:松竹キネマ
公開:1931年8月1日
監督:五所平之助 脚本:北村小松 撮影:水谷至広、星野斉、山田吉男
キネマ旬報:1位

初トーキーとして内容よりは歴史的に価値の高い作品
 本格的なトーキー作品として城戸四郎の肝煎りで製作されたコメディで、同時録音されている。オープニングより音楽を始め猫の鳴き声、赤ん坊の泣き声、歌、目覚まし時計などトーキーを意識した演出で、台詞も必要以上に多く整理されていない。
 ストーリーは郊外の家に引っ越してきた劇作家(渡辺篤)の一家の日常を描くもので、冒頭の画家との喧嘩、押し売り、音楽家の隣家との騒音トラブル、隣家の洋風夫人=マダム(伊達里子)に嫉妬する純和風の女房(田中絹代)のエピソードが入るが、いかんせんストーリーがつまらなく、ギャグもほのぼのしすぎていてつまらない。
 同時録音のためか、それぞれのシーンが間延びしていて、台詞にもメリハリがなく平板で、全体に演出のタイミングが悪い。その中で女房役の田中絹代が健闘しているのが救いか。
 ハーフ顔の隣家の少女は、オランダ人を父に持つ井上雪子。挿入歌の作詞はサトウハチロー。
 内容よりは歴史的に価値の高い作品。 (評価:2)

淑女と髯

製作:松竹キネマ
公開:1931年1月24日
監督:小津安二郎 脚本:北村小松 撮影:茂原英雄 栗林実

ほのぼのギャグの人情喜劇だが今一つ練れていない
 鬚モジャのバンカラ大学生とおしとやかな娘=淑女の恋愛模様を描くサイレント喜劇。
 剣道大会で無敵の岡島(岡田時彦)が優勝するシークエンスから始まるが、手合いの様子にふんだんにギャグを噛ませているのだが、どれ一つとっても面白くない。
 むさ苦しい鬚面のため、男爵家の親友(月田一郎)の妹(飯塚敏子)には嫌われ、就職試験の面接も通らない。ところが社長秘書が以前、不良のモダンガール(伊達里子)から助けてあげた娘・廣子(川崎弘子)だったことから、鬚を剃れば面接に通るとアドバイスされ、見事ホテルマンに採用。男前になった岡島は廣子にも不良モガにも親友の妹にも惚れられるが、最後はめでたく廣子とゴールイン。モガも二人を見て更生を誓うというストーリー。
 ほのぼのギャグを入れながらの人情噺というチャップリン的喜劇だが、ギャグもストーリーも今一つ練れていない。
 不良のモダンガール(伊達里子)、今ならヤンキー娘と、和服姿の清楚な廣子の対比で見せるが、もう一人の我が儘な男爵家お嬢様は単なる狂言回しで存在感が薄い。
 和風美人の川崎弘子が魅力的。 (評価:2)