海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──1942年

製作:東宝
公開:1942年12月3日
監督:山本嘉次郎 製作:森田信義 脚本:山本嘉次郎、山崎謙太 撮影:三村明、三浦光雄、鈴木博、平野好美  特殊技術監督:円谷英二 音楽:鈴木静一 美術:松山崇、渡辺武、北盛夫
日本映画雑誌協会:1位

駄作だが海軍の実態を記録した歴史的価値のある映画
 海軍省の命令で作られた戦意高揚のために宣伝映画。大本営海軍報道部企画、海軍省後援・検閲と物々しい。監督は山本嘉次郎。
 作品としては駄作。★2.5とした理由は、本作が旧日本軍の実態をよく記録していることによる。海軍航空隊予科練の訓練で、ボートは当然としても相撲・ラグビーをやっているのが興味を引く。撮影には海軍省が全面協力していて、実際の訓練のフィルムも使われているので、実際はほぼこの通りだったのだろう。
 精神論だけで無能だった陸軍に対し、海軍は合理的で優秀だったという人もいるが、本作を見る限り似たり寄ったりで、一番大切なのは頑張りで、頑張った者が勝利するという精神論ばかりが強調される。それはラストのマレー沖海戦に繋がっていて、帰りの燃料のことなど考えずに敵艦を爆撃せよと命令する。マレー海戦は1941年12月10日で、緒戦時においてすでに戦争末期の特攻精神が現れていたことがわかる。
 この特攻精神は真珠湾攻撃のシーンにもあって、撃墜された爆撃機のパイロットが脱出や不時着を試みずに敵艦に突っ込む。このシーンは特撮だが、意図して命を捨てて敵を倒すことを強調する。
 太平洋戦争末期の肉弾戦で全滅の惨劇を演じた陸軍に対し、日本海海戦や太平洋戦争の緒戦で華々しい活躍を見せた海軍に対する憧憬・英雄視が日本人にはあって、海軍は優秀だったが陸軍が無能だったから戦争に負けたという人さえいる。しかし本作は、海軍も大差がなかったという海軍省自らの証言になっている。
 演出は全体に間延びしていて退屈。見どころは円谷英二の特撮シーンで、真珠湾・マレー沖海戦の攻撃・爆撃シーンをたっぷり見せてくれる。
 もう一つの見どころは、当時22歳の原節子が主人公の姉役ででていること。ほかに、藤田進、大河内傳次郎、進藤英太郎、木村功、花沢徳衛ら。 (評価:2.5)

製作:松竹京都、興亜映画
公開:1942年2月11日
監督:溝口健二 脚本:原健一郎、依田義賢 撮影:杉山公平 美術:水谷浩 音楽:深井史郎
日本映画雑誌協会:7位

後篇は滅私奉公、義に殉じる大石内蔵助のドラマ
 真山青果の新歌舞伎の同名戯曲が原作。後篇は大石内蔵助の江戸行き決意から四十七士の切腹まで。
 前編ラストから多少時計の針を巻き戻して始まる。内蔵助(四代目河原崎長十郎)が浅野家のお家再興を願い出ていたため、6代将軍となる甲府徳川家・綱豊(市川右太衛門)がそれを取り次げば、浪士たちは吉良仇討の道理を失う。内蔵助はこれを悔やんでいたが、浪士に同情的な綱豊が取り次がず浅野大学が広島に押し込めとなり、内蔵助は仇討ちを決意して江戸に向かうという前編ラストに戻る。
 冒頭、甲府徳川家の能会のシーンから始まるが、御浜御殿のセットの端から端をクレーンで舐める長回しのショットが見どころ。前篇同様、溝口の映像美に溢れた後篇だが、内蔵助が討入り前日、浅野内匠頭未亡人・瑶泉院(三浦光子)を訪ねるシーンから、次に討入りの知らせを聞くシーンに移り、次は義士たちが泉岳寺の墓に報告するシーンとなり、討入りのシーンがないのは、やはりクライマックスに欠ける。
 後篇はほぼ大石内蔵助のドラマになっていて、武士のあるべき姿が内蔵助を通して描かれる。主人に対する忠義を尽くし、仇討ちをしてからは潔く身を幕府に委ね裁きを受ける。
 前編に色濃い吉良への復讐、私怨は影を潜め、滅私奉公、武士の正義、義に殉じることに重きが置かれる。戦時中の作品でもあり、赤穂義士を通した忠君愛国が影を落としているようにも感じられる。
 討入り後は細川家で幕府の沙汰を待つ内蔵助、十郎左衛門(五代目河原崎國太郎)とおみの(高峰三枝子)のエピソード、義に生き義に殉じた内蔵助が切腹に赴くシーンで幕を閉じるが、討入りなき忠臣蔵のまったりとした大石内蔵助の葛藤のドラマ、という眠りを誘う地味さは免れない。 (評価:2.5)

製作:大映京都
公開:1942年7月2日
監督:稲垣浩 脚本:稲垣浩 撮影:石本秀雄 音楽:西梧郎
日本映画雑誌協会:8位

主戦論による国策映画だが騎馬戦の合戦シーンは壮大
 石坂洋次郎の『小さな独裁者』が原作。
 戦国大名・伊達政宗の初陣後から家督相続、小浜城主・大内定綱との戦い、二本松城主・畠山義継による政宗の父・輝宗の拉致、政宗の追撃と父諸共の殺害、二本松への弔い合戦出陣までを描く、天正年間の物語。
 冒頭、相馬盛胤の支城・角田城攻めで政宗が右目を斬られて隻眼、独眼竜となるエピソードから始まるが、これは創作で、史実は幼少時の天然痘による失明。
 物語の軸となるのは、政宗(片岡千恵蔵 )と父・輝宗の忠臣・小棚木主馬(高山徳右衛門)の二人で、長い経験を基に敵との和睦を主張する主馬に対し、徹底的に相手を叩くという主戦派の政宗との戦略の違いがテーマとなる。
 日米開戦後の制作年代からすれば、主戦を主張する伊達政宗を押し立てることが戦意高揚にも資するという意図が見えるが、単に時代劇として見た場合、伊達政宗の若い時代を描いたものとしてはいささか中途半端。
 平和のためと言いながら、敵を無慈悲に殺戮する姿は単なる好戦的な若者にしか見えず、父を殺すエピソードに迷いも葛藤もなく、ただ勇猛果敢な男を描くだけで人間ドラマからは程遠い。
 経験主義の小棚木主馬に対し、先例にとらわれない戦術をとって成功する政宗との対比は、一見革新的にも見えるが、主馬の穏健論に対する政宗の強硬論が軍部の主戦論に重なって見え、額面通りには受け取れない。
 そうした隠された意図を忘れれば、高原での騎馬戦による合戦シーンは壮大で、迫力あるカメラワークともども、本作最大の見せ場となっている。
 戦ばかりで男しか登場しないため、無理やり挿入される女たちの歌舞のシーンが唐突な上に話の腰を折っていて、むしろ退屈。愛姫役に市川春代。 (評価:2.5)

製作:松竹大船
公開:1942年4月1日
監督:小津安二郎 脚本:池田忠雄、柳井隆雄、小津安二郎 撮影:厚田雄治 美術:浜田辰雄 音楽:彩木暁一
日本映画雑誌協会:2位

戦時下の制約の下にも小津らしいヒューマニズム
 太平洋戦争開戦前後に撮影された作品で、戦時下の制約の中で製作され、戦後は軍事色の強いシーンがカットされたために、父子の関係に不自然さやぎこちなさがあり、あまり良い出来とは言えない。
 金沢の中学教師の堀川(笠智衆)は、妻に先立たれて男手ひとつで息子・良平を育ててきたが、修学旅行中に箱根・芦ノ湖で生徒を事故死させ、責任を取って辞職、郷里の長野・上田の役場で働くことになる。良平が中学に進学し寄宿舎に入るのを機に、学費を捻出するために単身、東京の会社に就職する。
 話は一気に飛んで、大学を卒業した良平(佐野周二)は父の跡を継いで秋田で教員に。栃木・塩原で父と久し振りに水入らずの機会を持った良平は、教員を辞めて一緒に暮らしたいと申し出る。なぜか父は翻意を促し、二人は別居を続けることになるが、友人の娘(水戸光子)との縁談を進める中、父が倒れ帰らぬ人となる。
 親孝行を尽くしたい息子と、それを厳しく突き放す父という関係が定型的すぎて、小津らしい人情と葛藤が描かれていないのは、軟弱な親子関係を嫌う検閲への配慮か。それでも良平が少年時と青年時に父と川釣りのシーンで、釣竿の動きをシンクロさせて父子の機微を表すところに、小津らしさが感じられる。
 良平が親に尽くそうとする「孝」、仕事を全うすることを求める「忠」といった儒教的国家観を配し、甲種合格を喜びとする検閲への配慮を示しながらも、全体は小津らしいヒューマニズムに溢れている。
 堀川が教職を辞める際に「人の命に関わる仕事はしたくない」と言わせているも、小津の反戦へのメッセージと受け取れる。 (評価:2)

製作:大映
公開:1942年10月1日
監督:五所平之助 脚本:館岡謙之助 撮影:岡野薫 美術:今井高一 音楽:久保田公平
日本映画雑誌協会:6位

宝塚娘役の月丘夢路以外に見るものがない
 藤沢桓夫の同名小説が原作。
 オリジナル124分のうち現存するのは84分しかないが、台詞が聞き取りにくいのと、主人公の男女が喧嘩するシーンがおそらく欠落しているために仲違いする理由が不明なことを除けば、ストーリーは概ねわかる。
 戦時中、神戸の国民学校の教師・蓑和田(水島道太郎)と女医・千代(月丘夢路)の恋物語を描くもので、ストーリーは相当に退屈。蓑和田は漱石の『坊つちやん』を真似たようないわゆるバンカラ青年で、赤シャツに粗野をたしなめられるものの自らの皇国民教育の主張を曲げない。もっとも、寝そべって読書する橇を子供たちに引かせるなど、教育者としてあまり感心しない行為が目立つ。
 蓑和田が惹かれる隣家のマドンナ千代は仕事と結婚した勝気女だが、坊っちゃんに惹かれてしまうのは定番。戦時中ゆえ坊っちゃんは教育召集を受けてしまい、最後は追い詰められて互いに心を打ち明けるという流れ。
 段取りのための台詞やシーンが続くために無駄が多く次第に欠伸が出るが、時々コミカルなシーンもあったりして、眠気を払ってくれるのはさすが五所平之助。
 蓑和田が皇国の南方占領を喜んで皇国民教育を奉り、年老いた恩師もまた南方に志願するという、後半の国策におもねった内容も、不埒なラブロマンスのお目こぼしを当局から得るためだったのか。
 戦意高揚映画にうんざりした当時の国民にはエンタテイメントだったものも、今見ると宝塚娘役の月丘夢路以外に見るものがない。 (評価:1.5)