海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

外国映画レビュー──1923年

製作国:アメリカ
日本公開:1923年12月31日
監督:サム・テイラー、フレッド・ニューメイヤー 製作:ハル・ローチ 原作:ハル・ローチ、サム・テイラー、ティム・フェーラン 撮影:ウォルター・ランディン
キネマ旬報:(娯楽的に最も優れた映画)3位

古典ながら温故知新のコメディの精髄を楽しめる
 原題"Safety Last!"で、安全は最後!の意。
 タイトル通り、主演のハロルド・ロイドが高層ビルの壁を攀じ登るシーンが最大の見せ場のサイレント映画。
 田舎町に住むロイドが大都会に出て立身出世を目指し、郷里に残した恋人(ミルドレッド・デイヴィス)を呼び寄せるというストーリーで、デパートに勤めたものの接客係のまま。プレゼントを贈られて出世したと思い込んだ恋人がやって来て、ロイドが支配人になったと勘違い。ロイドは取り繕った挙句、デパートの宣伝策を求める支配人に、12階建てのデパートの壁を攀じ登って客寄せをする提案をして、賞金1000ドルを結婚資金に充てようと考える。
 そうしてロイドの壁登りが始まるが、トリック撮影や一部スタントマンを使うものの、ロイドの体当たり演技はスリル満点。壁から落ちそうになったり、ポールに掴まったり、庇の上で千鳥足になったりするが、クライマックスは大きな時計の針にぶら下がるシーン。
 1階から屋上まで壁を攀じ登る一連のシークエンスは、息をのむシーンの連続で、トム・クルーズも真っ青。体操選手並みの懸垂力など、ロイドの身体能力の高さに驚かされる。
 前半では、列車と馬車を乗り違えたり、ハンガーにぶら下がってコートのふりをするなど、ギャグも冴えていて、古典ながらも温故知新のコメディの精髄を楽しむことができる。 (評価:4)

製作国:アメリカ
日本公開:1924年10月
監督:チャールズ・チャップリン 製作:チャールズ・チャップリン 脚本:チャールズ・チャップリン 撮影:ロリー・トザロー、ジャック・ウイルソン
キネマ旬報:(芸術的に最も優れた映画)1位

現代文明批判とヒューマニズムを問う
 原題"A Woman of Paris"。
 ユナイテッド・アーティスツ設立後のチャップリンの最初の作品で、エドナ・パーヴァイアンスが主演。
 チャップリンが出演しないシリアスで意欲的なサイレント映画だが、興行的には成功しなかった。
 フランスの田舎に住む恋人同士が些細な行き違いから別れてしまい、女(エドナ・パーヴァイアンス)はパリの社交界のレディに、男(カール・ミラー)は画家となり、カルチェ・ラタンで再会。再び愛し合うものの男の母親の反対から誤解を生じ、絶望した男は拳銃自殺。恨みを晴らそうとする母親は二人が真に愛し合っていたことを知り、和解して女と故郷に戻り、二人で孤児院を始めるという物語。
 要所に字幕は入るものの、サイレントの演技と表情だけで登場人物たちの喜怒哀楽の心の動きと感情の変化を見せる演出は見事で、観客が登場人物たちの心の動きを読むというトーキーにはない双方向の関係を成立させている。
 そのため1時間半のシリアスドラマであるにも拘らず、飽きることなく、むしろ物語に引き込まれてしまう。
 行き違いから男と別れ、失意を埋めるためにパリのレディとなって奢侈な生活に溺れていた娘が、男と再会したことで真実の愛に目覚めるものの、掛け違ったボタンは元には戻せず、パリの生活を捨て、故郷で孤児たちの世話をして質素に暮らすという悲恋物語となっているが、現代文明批判とヒューマニズムを問う作品で、その後のチャップリンの作品に共通するテーマが現れている。
 孤児院で神父が女に"Young lady, when are you going to marry and have some of your own?"(お嬢さん、いつ結婚して自分の子を持つんだい?)と聞くシーンがあり、彼女が独身を貫き、孤児たちを自分の子として、死んだ恋人への永遠の愛を誓っていることを見せるシナリオが上手い。
 ラストシーンはチャップリンらしい名演出で、女がパリのレディだった時の愛人(アドルフ・マンジュー)が乗る車が田舎道をやってきて、女が荷台に乗る馬車とすれ違い、互いに気づかないまま遠ざかっていくという、余韻のあるシーンとなっている。 (評価:3.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1924年9月
監督:ジェームズ・クルーズ 製作:ジェシー・L・ラスキー 脚本:ジャック・カニンガム 撮影:K・ブラウン 音楽:ヒューゴ・リーゼンフェルド
キネマ旬報:(娯楽的に最も優れた映画)1位

荒野を行く大幌馬車隊が圧巻な歴史叙事詩
 原題"The Covered Wagon"で、邦題の意。
 1848年、新天地を求めてウェストポールからオレゴンを目指し開拓民が移動する西部開拓物語で、西部劇にありがちなドンパチはほぼない。
 大西部に広がる荒野と大自然の中を行く大幌馬車隊の行程3200キロを淡々と描き、西部劇というよりは歴史叙事詩に近い。
 これといったアクションもドラマもなく、本隊隊長の娘モリー(ロイス・ウィルソン)と途中から加わるリバティ隊の青年バニオン(ジャック・ウォーレン・ケリガン)の恋が単調な物語に花を添えるくらいだが、この単調な移動生活の話が約1時間40分のサイレント映画ながら、意外に飽きない。
 苦難の旅を諦めて帰っていく人々、食糧補給のためのバイソン狩り、行く手を阻む大河。渡河を巡り争う人々、カリフォルニアの金鉱話に本隊を離れていく人々。そこには、約束の地(promised land)を目指す西部開拓民の人間ドラマが描かれている。
 本作には多数の先住民も登場し、自然に対する白人との考え方の相違も描かれていて、西部劇のステレオタイプな野蛮で無知なインディアン像はない。
 もっとも冒頭には開拓時代の北アメリカ大陸を合衆国と捉えている字幕があり、白人優先思想からは抜けてない。先住民問題を避けている印象は残るものの、当時としては白人の差別的な傲慢さはない。
 映像的には荒野を行く大幌馬車隊が圧巻。多数の牛馬とともに浮きをつけて渡河するシーンも見どころ。 (評価:3)

製作国:アメリカ
日本公開:1925年12月
監督:バスター・キートン、ジョン・G・ブリストーン 製作:バスター・キートン 脚本:クライド・ブラックマン、ジャン・ハベッツ、ジョゼフ・ミッチェル 撮影:ユージン・レスリー、ゴードン・ジェニングス
キネマ旬報:(娯楽的に最も優れた映画)8位

薪で走る蒸気機関車が楽しい体当たりコメディ
 原題"Our Hospitality"で、私たちのおもてなしの意。
 マッケイ家とカンフィールド家の世代を超えた争いの物語で、両親を亡くしたマッケイ家の一人息子ウィリアム(バスター・キートン)が故郷に帰り、カンフィールド家の夕食と銃の歓待を受けるというのがタイトルの由来。
 冒頭、両家の殺し合いの歴史から始まるためシリアスドラマかと思いきや、ニューヨークから故郷に向かう薪で走る蒸気機関車が登場する辺りからコメディ・タッチになる。
 前半の蒸気機関車のコメディは線路を敷設しての大掛かりなもので、後半の川下りから滝のスタント等、アクションシーンは体当たり演技で見応えがある。
 物語は帰郷の列車で、ウィリアムとカンフィールド家の末娘ヴァージニア(ナタリー・タルマッジ)が知り合い恋に落ちるが、宿敵と知った父親と兄たちが銃で殺そうとするというもの。逃げ出すウィリアムを追ってのチェイスとなるが、激流に流されたヴァージニアをウィリアムが救って牧師によって結婚の誓いをしてしまったため、父親たちが許して大団円となるハッピーエンド。
 自分を愛するように隣人を愛せよというのがテーマで、サイレントながら退屈しない68分となっている。 (評価:2.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1925年1月
監督:ヘンリー・キング 製作:ヘンリー・キング 脚本:ジョージ・V・ホバート、チャールズ・E・ウィテカー 撮影:ロイ・F・オーバー 美術:ロバート・M・ハース
キネマ旬報:(芸術的に最も優れた映画)10位

次々と襲う試練と期待を裏切る展開が今に繋がるエンタテイメント映画
 原題"The White Sister"で、劇中で修道女のこと。フランシス・マリオン・クロフォードの同名小説が原作。
 イタリア・ヴェスヴィオ火山を望むナポリが舞台で、愛する男女が次々と襲う障害を乗り越えて、最後は天国で結ばれるという物語。
 キアロモンテ王子(チャールズ・レーン)の後妻の娘アンジェラ(リリアン・ギッシュ)は、父が死んで先妻の姉マルケッサ(ゲイル・ケイン)の策略で家督を奪われ、城を追い出されるというのが最初の障害。アンジェラには恋人ジョヴァンニ(ロナルド・コルマン)がいるが、マルケッサの思い人でもあり、姉に憎まれる理由の一つとなっている。
 母とひっそり暮らしていると、家を探し当てたジョヴァンニに求婚される。
 第二の障害はジョヴァンニのアフリカ遠征で、アンジェラは修道院の教師として帰還を待つが、ジョバンニのキャンプがアラブ人に襲撃され、死んだと知らされる。
 失意のアンジェラは修道女となることを決意するが、一方、生きていたジョバンニはイタリアを目指し、誓願の儀式とのタイムレースとなる。
 間に合うとの予想を裏切り、ジョバンニに障害が立ちはだかり、アンジェラは修道女に。兄が入院する修道会病院を訪れたジョバンニは、アンジェラに再会するが時すでに遅く、アンジェラは神の花嫁となっていた。
 神との誓約を破棄するようにアンジェラを説得するも空しく、諦めかけていたところに神の恩寵か、ヴェスヴィオ火山が噴火。いち早くそれを知ったジョバンニは町の住民たちを避難させるも、自らは力尽きて召されてしまう。
 こうしてアンジェラは神とジョバンニの板挟みから救われ、天国でのジョバンニとの再会を約して迷いなき修道生活に入り、メデタシメデタシとなる、ナンかな~というハッピーエンド。
 もっともジョバンニが死んでくれないと話が終わらず、アンジェラが聖女になれないので、結末に都合の良さを感じてしまう。
 主人公二人を次々と襲う試練と期待を裏切る展開、災害パニックは、現在のエンタテイメント映画の手法に繋がっているが、話が長くてまとまりを欠き、ラブストーリーなのか、宗教がテーマなのか、焦点が定まらない。
 没落したアンジェラをジョバンニが訪れ、母が二人だけにしてあげるシーン、ジョバンニがアフリカで死んだと聞かされ、アンジェラが掌を開いて硬直したまま卒倒するシーンなど、コメディかと思えるほどに演技過剰で、アンジェラのぶりっ子ぶりもウザいが、修道女の誓願の儀式の式次第は面白い。 (評価:2.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1924年10月
監督:エルンスト・ルビッチ 製作:メアリー・ピックフォード 脚本:エドワード・ノブロック 撮影:チャールズ・ロッシャー
キネマ旬報:(娯楽的に最も優れた映画)10位

ピックフォードの気合の入った演技が楽しい
 原題"Rosita"で、主人公の名。 アドルフ・デヌリーとドゥマノワールの戯曲を基にしたジュール・マスネのオペラ・コミック"Don César de Bazan"(バザンのドン・セザール)が原案。
 セビリアの娘ロジタ(メアリー・ピックフォード)はギター弾き語りで得る投げ銭で、両親と弟妹たちを養っている。カーニバルで路上ライブをしていると王(ホルブルック・ブリン)の視察で観客は排除されてしまう。怒ったロジタは王を揶揄する歌を歌って逮捕されるが、女好きの王は彼女に魅了され、ロジタを家族ともども城に住まわせる。
 王はロジタを投獄時に助けようとして役人を殺めた騎士ドン・ディエゴ(ジョージ・ウォルシュ)と結婚させ、ドン・ディエゴを処刑してロジタを未亡人にして愛人にしようとする。これに気づいた王妃(アイリーン・リッチ)が王の目を欺いて騎士を助ける。ロジタとドン・ディエゴはめでたく結ばれ、王妃も夫の浮気を阻止するというハッピーエンド…という物語。
 ロジタを演じたメアリー・ピックフォードが、ドイツからエルンスト・ルビッチを監督に招いて製作したサイレント映画で、ルビッチのアメリカでの第1回監督作品。
 王や役人に対して少しも臆することのない、貧しくも誇り高きロジタを演じるピックフォードの演技が見どころで、路上ライブではギターを抱えて気合の入ったフラメンコダンスを見せてくれる。王の部屋でのつまみ食いのシーンもいい。
 カーニバルの花火やモブシーンも良くできていて、エンタテイメントとして楽しめる。 (評価:2.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1924年10月3日
監督:ウォーレス・ワースリー 脚本:エドワード・T・ロウ・ジュニア 、 パーレー・プーア・シーハン 撮影:ロバート・ニューハード
キネマ旬報:(芸術的に最も優れた映画)6位

終盤以外はせむし男の影が薄いのがドラマとしては淡泊
 原題"The Hunchback of Notre Dame"で、邦題の意。ヴィクトル・ユーゴーの小説"Notre-Dame de Paris"が原作のサイレント映画。
 ルイ11世の治世(15世紀後半)、エイプリルフールの祭日にノートルダム寺院の広場にやってきた騎士のフォッビュは踊っているジプシー娘エスメラルダを見初める。一方、司教クロウドの弟ジェハンはエスメラルダを無理やり自分のものにしようと、せむしの寺男カジモドに命じて誘拐を企てるが、騒ぎを聞きつけたフォッビュにカジモドが掴まり鞭打ち刑となる。
 晒し者になったカジモドにエスメラルダが水を飲ませてあげ、そのやさしさに恋心を抱くというのが「美女と野獣」の馴れ初め。
 以下、プレイボーイの騎士が美女を口説き、負けじとジェハンは騎士を刺殺しようとするが命は助かり、あろうことか居合わせたエスメラルダが犯人にされ投獄され、死刑を待つ身となる。
 ジェハンはフォッビュにはエスメラルダが死刑になったと言って絶望させ、エスメラルダにはフォッビュは死んだと伝え、エスメラルダの養父クローパンには教会財産の半分を与えるから嫁にくれと謀を巡らすが、エスメラルダに拒絶され助けるのをやめる。
 絞首執行は寺院広場で行われ、エスメラルダに恩のあるカジモドが間一髪救出。国王も手の出せない聖域である寺院内に保護。
 ところが事情を知らない貧者の王クローパンはジェハンに騙され、エスメラルダを救出しようと仲間とともに寺院を襲撃。混乱に乗じてエスメラルダをモノにしようとしたジェハンをカジモドは塔から突き落とすが、自らも深手を負い、救援に来たフォッビュとエスメラルダが抱き合うのを見ながら息絶える・・・という献身による悲恋の成就という形で終わる。
 原作とは若干異なるもののサイレントでこの筋を負うのは結構至難で、字幕も多いので筋が呑み込めないと辛い。
 エスメラルダを巡るフォッビュとジェハンの恋争いが中心で、終盤以外はせむし男の影が薄いのもドラマとしては淡泊。
 燃えてしまったノートルダム寺院の当時の姿が拝めるが、寺院だけでなく周囲の石造りの街並みが拝めるのが貴重映像。 (評価:2)

製作:アメリカ
公開:1924年9月
監督:ジェームズ・クルーズ 脚本:トム・ジェラティ 撮影:カール・ブラウン
キネマ旬報:(娯楽的に最も優れた映画)2位

 原題"Hollywood"。フィルム現存せず(サイレント)