海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

日本映画レビュー──1936年

製作:松竹キネマ(大船撮影所)
公開:1936年09月25日
監督:小津安二郎 脚本:池田忠雄、荒田正雄 撮影:杉本正二郎 音楽:伊藤宣二
キネマ旬報:4位

親子の隔絶、『東京物語』の原型を見る
 小津安二郎の初のトーキー作品。主題曲はフォスターの"Old Black Joe"で、歌詞そのままに飯田蝶子演じる老母が過ぎ去った日々に哀愁を思う映画となっている。"Old Black Joe"は綿畑で働く黒人奴隷の歌だが、映画の老母は信州の絹糸工場の女工。
 絹糸工場で働く寡婦のつね(飯田蝶子)は、立身出世を願って成績優秀な一人息子の良助(日守新一 )を無理して東京の中学校に進学させる。成人して家庭を持った良助を東京に訪ねたつねは、暮らしにも事欠く夜学教師にしかなれなかったことを知り失意する。良助は借金をして母を見物に連れて行き、やがて母は東京での滞在を終えて故郷に帰っていく・・・とあらすじを書くと、物語の構造が『東京物語』と同じであることに気づく。
 ハッピーエンドではない人生の終着を慰撫することなく、哀愁と諦観で提示する『東京物語』の原型をこの映画にみることができる。小津独特のカメラワーク、構図、間合いを保った演出も快調。初のトーキーのため台詞の演出に不慣れな点があるが、飯田蝶子の名演が涙を誘う。ひと昔前の曠々とした東京の様子、家屋や人々の暮らしの様子、若き日の笠智衆も見どころのひとつ。作中に登場する洋画は『未完成交響楽』(1933)。 (評価:3)

有りがたうさん

製作:松竹キネマ(大船撮影所)
公開:1936年2月27日
監督:清水宏 脚本:清水宏 撮影:青木勇 音楽:堀内敬三

オブラートな表現が災いして真意が伝わりにくい
 川端康成の小説『有難う』が原作。
 伊豆下田から天城峠を越えて三島へと向かう乗合バスの道中を描いた、清水宏らしい心温まる好編。
 運転手の通称、有りがとうさん(上原謙)は、道を譲ってくれる荷車や通行人に必ず「有難う」と声をかける好青年。通行人から言伝や買い物まで手伝ってしまうお人好しで、折り返しの下田駅で休憩中、これからバスで母(二葉かほる)に付き添われて売られていく娘(築地まゆみ)の会話に同情してしまう。
 以下、天城街道の車中の様子が延々と描かれていくが、乗り合わせる粋な姐さん(桑野通子)がこれまたいい女で、車中で酒を振る舞い、気に入らない紳士気取りの男(石山隆嗣)には邪険にする。
 一方、運転手は娘が気になり、バックミラーに気を取られて危うく崖から落ちそうになる。途中の休憩所で運転手は娘に母に手紙を書くように言い、娘は運転手にも手紙を書いていいかと尋ねる。
 こうした様子を見ていた姐さんは、三島が近づき娘が泣き出すと、峠を越えた女は二度と帰ってこないと運転手に言う。そして翌日、下田行きのバスには母娘が乗っている。
 上原謙と築地まゆみの演技力と、清水宏のオブラートな表現が災いして、真意が伝わりにくいのが難。
 娘は好青年の運転手に好意を寄せていて、運転手もまた娘に心を寄せていく。多くの人が街道を歩いていくのに、娘を売るほどに貧窮している母がバスに乗るのも、運転手との最後の逢瀬のため。
 たまたま乗り合わせた姐さんも、それに気づいて運転手の背中を押す。
 原作では三島に着くと、情けをかけた母が娘に運転手と一夜を過ごさせ、身売りを断念して下田に帰るのだが、上品な清水宏はそこを描かない。
 ヒントになるのは帰りのバスで、娘が往きとは打って変わって妙に運転手に馴れ馴れしいことで、運転手が独立資金に貯めた中古のシボレーの金で、娘を買い戻したことを推測させる。
 街道を歩く子供達が万歳をし、運転手が「有難う」を連呼するのも、二人の結婚への祝福に応えているという表現になっている。
 ほぼオールロケの天城街道の映像も見どころで、桑野通子の演技が良い。 (評価:3)

製作:第一映画社
公開:1936年10月15日
監督:溝口健二 脚本:依田義賢 撮影:三木稔
キネマ旬報:1位

再起を誓って男に立ち向かう姿が欲しかった
 祇園を舞台にした芸妓姉妹の物語で、倒産した大店の旦那への恩義を尽くす姉と、芸妓と客の関係は金と割り切るドライな妹の対照させながら、男に裏切られ敗北していく芸妓姉妹の姿を描く。
 本作で描かれる妹の芸妓おもちゃ(山田五十鈴)は、気持ちがいいほどにドライで、男を手玉に取ろうと画策し、平気で嘘をついて男を裏切る。結果、騙された番頭(深見泰三)に復讐され、大怪我を負う。
 一方の姉(梅村蓉子)は、無一文になった檀那(志賀迺家辨慶)を家においてあげるという、女の純情に溢れた女性で、妹には世間体を繕うだけの古臭い女に映る。
 溝口の生い立ちによる花柳界の女性に対する同情に溢れた作品で、男性社会に立ち向かっていく女に魅かれる溝口の女性観がおもちゃに投影されている。
 本作の最大の見どころは、おもちゃを演じる山田五十鈴で、当時19歳とは思えぬ演技力を見せる。
 おもちゃが男を手玉に取る姿は爽快なのだが、終盤番頭の反撃に遇って弱気になり、ラストシーンで芸妓になった恨みつらみを述べるくだりが何とも拍子抜け。再起を誓って男に立ち向かっていく姿が欲しかった。
 制作当時としては、花柳界の女たちの姿をヒューマニックかつリアリスティックに描き、彼女らを性の玩具としか考えない無理解な男と社会を告発するということに意味があったが、それに反抗するおもちゃを描きながら、女性解放への方向性を示せなかったのが残念。
 祇園の路地を描写するカメラワークと演出が映像的な見どころとなっている。 (評価:2.5)

製作:日活京都、太秦發聲
公開:1936年4月30日
監督:山中貞雄 原作:山中貞雄 脚本:三村伸太郎 撮影:町井春美 音楽:白木義信

15歳の原節子が大人になってからの顔のまんま
 河内山宗俊は、江戸時代後期の実在の茶坊主をモデルに創作された、講談・歌舞伎等で強請りをする悪役。本作では、遊郭に売られる甘酒屋の娘を助けるために、僧侶になりすまして松前家から300両を強請りとる、人助けなゴロツキという役どころ。
 娘が売られる原因となったのは、その弟が幼馴染の遊女と心中を図ったため。遊女は身請けされることになっていて、弟だけが生き残り、責任を負わされた娘が身請け金の代償として遊郭に売られることになる。
 娘に心惹かれていた宗俊は、事情を知って300両を作るために強請りを働くことにする。
 松前家の侍が、将軍家から拝領した小柄を盗まれ、路傍で売られていたよく似た小柄を手に入れて誤魔化していた。それを知った宗俊は、将軍家の僧正になりすまして松前家に乗り込むが、これに宗俊の情婦が娘に対して焼き餅を焼くといったエピソードが絡む。
 河内山宗俊を歌舞伎役者で『人情紙風船』の河原崎長十郎が演じるが、甘酒屋の娘を原節子が演じているのが見どころ。この時、原節子15歳なのだが、大人になってからの顔のまんまで、とても15歳には見えない。
 加東大介が旧芸名の市川莚司で出ている。 (評価:2.5)

製作:第一映画社
公開:1936年5月28日
監督:溝口健二 脚本:依田義賢 撮影:三木稔 美術:久光五郎、木川義人、岸中勇次郎
キネマ旬報:3位

孤高の不良少女を演じる山田五十鈴ワンウーマンショー
 『星の流れに』ではないが、「こんな女に誰がした」という物語で、こんな女を19歳の山田五十鈴が演じるという、当時としては画期的な社会派リアリズムの名作。
 職業婦人で恋人(原健作)のいる娘(山田五十鈴)は、父が会社の金300円を横領したため、その金を工面するためにかねてより声をかけられていた社長(志賀廼家弁慶)の妾となる。小娘の割りにやり手の娘は、社長の友人(進藤英太郎)まで手玉に取って金をせしめ、社長の浮気が奥方(梅村容子)にばれて関係解消となったのを機に、恋人にすべてを打ち明けて結婚を迫る。
 そこに進藤が現れて、恋人を利用して追い返すと、進藤は騙されたと警官を連れてきて逮捕させ、それが新聞に載って天下に知れてしまう。
 恋人は娘にそそのかされたと裏切り、娘の兄妹と父までもが世間に顔向けできないと家を追い出し、哀れ孤高の不良少女となった山田は「こんな女に誰がした」と夜の町を流れていく・・・という物語。
 娘はやり手ながら父親に対する孝行と男に対する純情は本物で、その二面性を山田五十鈴が好演。その演技を見るだけの価値はあるが、見どころはそれに尽きるというワンウーマンショー。
 業務横領のピンチを助けてくれた娘を一言も弁護しない父親というのも不自然で、娘が警官に逮捕される罪状もよくわからないという、「こんな女に誰がした」の段取りのためのいささかご都合主義のシナリオだが、苦界の女に同情を寄せる溝口健二らしい作品となっている。 (評価:2.5)

no image
製作:P.C.L.映画製作所
公開:1936年6月21日
監督:木村荘十二 脚色:江口又吉 撮影:立花幹也 音楽:近衛英麿
キネマ旬報:7位

人生を一身に背負って啖呵を切る川師の娘がカッコいい
 室生犀星の短編小説『あにいもうと』が原作。
 多摩川で川師を営む一家の物語で、書生の小畑(大川平八郎)に妊娠させられた長女もん(竹久千恵子)と兄・伊之(丸山定夫)の愛憎を描く。
 成瀬巳喜男(1953)、今井正(1976)と3回映画化されているが、本作が最初の映画。
 幼い頃から妹以上に可愛がってきたもんが奉公に出て妊娠してしまい、伊之は人一倍もんをなぶる。それも自分が嫌われ者になって家族のもんへの非難を自分に向けさせるためという兄心。訪ねてきた小畑を半殺しにして二度ともんに近づけないようにする。
 それを知ったもんは兄と大喧嘩をし、卑怯な兄がいることを小畑が知り私に恥をかかせたとなじる。
 もんは一貫して、人生を一身に背負い、自らの責任で生きる女の道を結果的にせよ選んでいて、兄に対して干渉するなと啖呵を切るもんがいい。
 男性社会の中でキズモノになったことで底辺に落ちていく女、虐げられ、差別される女としてのもん。更には、もんを含めて、もんの家族に対する階級的差別、小畑が属しているであろう資産階級ともんの家族の労働者階級の間に横たわる身分・門地による差別を通して、社会的不正義を糺す硬派な作品となっていて、もんの父(小杉義男)を先頭に川師らが船で仕事に向かう象徴的なシーンで終わる。
 蛇籠を竹で編んで川石を詰めて護岸にするシーンがあって、当時の川師の様子が描かれているのが貴重。多摩川下流の川崎辺の湿地の広がる映像も今からは想像がつかない。
 もんの母に英百合子、妹・さんに堀越節子。 (評価:2.5)

no image
製作:P.C.L.映画製作所
公開:1936年11月12日
監督:木村荘十二 脚本:三好十郎 撮影:立花幹也 音楽:清田茂
キネマ旬報:8位

小噺として楽しめるか、徳川夢声の彦六に魅力を感じられるかが鍵
 昭和初期の新宿3丁目辺りの盛り場の裏通りが舞台。
 食堂の入った三階建てのビルが建つことになり、商店・飲食店などが立ち退きを迫られている中で、一人抵抗を続けているのが、酒場の二階でビリヤード旭亭を営む彦六(徳川夢声)。
 一階酒場の経営者・鉄造(小島洋々)は既に立ち退きに同意していて、地上げ屋の白木(小杉義男)に頼まれて彦六を説得している。
 ほかに登場人物は彦六の娘でダンサーのミル(堤真佐子)、長男の彦一(丸山定夫)、元妾・お辻(英百合子)、ミルの恋人の修(河村弘二)、酒場の女給アサ(清川虹子)で、会話を中心とした旭亭と食堂の三幕ものの舞台に近い。
 登場人物の人間関係と地上げのいざこざを中心に、彦六が子供二人と旭亭を後にするまでの中身のない話で、精々が彦六・彦一父子が和解する底の浅い人情噺くらいしかない。
 彦一が立ち退き料の話をすると、もう取っていると彦六が笑ってシャンシャンというワケのわからないオチとなる。  これを小噺として楽しめるか、徳川夢声演じる彦六に魅力を感じられるかがポイントで、聞き取りにくい台詞と保存状況の良くないフィルムも足を引っ張っている。
 敢えて見どころは、新宿駅南口の当時の様子を見られるくらいか。 (評価:2.5)

製作:片岡千恵蔵プロダクション
公開:1936年6月18日
監督:伊丹万作 脚本:伊丹万作 撮影:漆山裕茂 音楽:高橋半
キネマ旬報:5位

喜劇としては楽しめるが伊達騒動を知っていることが前提
 志賀直哉の同名小説が原作。
 寛文年間の仙台藩江戸屋敷を舞台に、仙台藩士・赤西蠣太が藩主後見人・伊達兵部と奉行・原田甲斐の悪事を暴いて、国家老・白石城主の片倉景長に密書を届けるという物語。
 主人公の赤西蠣太と悪役の原田甲斐を片岡千恵蔵が一人二役で演じ、とりわけ将棋好きの醜男の赤西蠣太をコミカルに演じているのが見どころ。
 将棋仲間の青鮫鱒次郎(原健作)ともども間者として、伊達兵部(瀬川路三郎)と原田甲斐の悪事の証拠を手に入れ、これを片倉景長に届けるために藩邸を抜け出す算段をする。
 蠣太が行儀見習いで女中をしている町家の娘で美人の小波(毛利峯子)に恋文を渡し、それが噂になって夜逃げをするという計画を立てるが、あに図らんや小波がその気になってしまう。それでも老女中(滝沢静子)の知るところとなり蠣太は夜逃げを装って藩邸を抜け出すが、気づいた原田甲斐が追っ手を差し向け、これを巻いて白石に向かう。
 場面は唐突に原田甲斐が、伊達家の主導権争いで対立する伊達宗重を斬殺する伊達騒動のクライマックスへと移るが、伊達騒動の経緯が説明されないため、顛末を知らないと何が起きたのかさっぱりわからない。
 最後は、蠣太が奉公を終えて家に戻った小波に会いに行くというハッピーエンドで、ワーグナーの結婚行進曲が奏でられ、密書が無事片倉景長に届けられ、伊達兵部と原田甲斐の悪事が暴かれたことが漸くわかる。
 片岡千恵蔵の演技以外には演出的にも取り立てて言うものはないが、コメディとしてはまずまず楽しめる。ただ伊達騒動を知っていることが前提に作られていて、現代の観客が見るには不十分な内容となっている。 (評価:2.5)

花形選手

製作:松竹大船
公開:1937年10月9日
監督:清水宏 脚本:鯨屋当兵衛、荒田正男 撮影:猪飼助太郎 音楽:伊藤宣二、島田康

ぼやっとしているが軍国主義批判と受け取れなくもない
 大学陸上の花形選手の友情を描くが、日本が軍国主義へと進む時代を反映してか、「勝てばいいんだ」の台詞と軍事教練の35キロ行軍が中心に描かれ、あるいは人間性が失われていく世相への警鐘かとも読めるが、全体的には何を描きたかったのかわからない、ぼやっとした作品。
 見どころは、この花形選手二人を笠智衆と佐野周二が演じていることで、行軍を子供が真似したり、そこ退けそこ退けとばかりに街道を行く人たちを押し退けて進む。ところが道を譲ったモガの集団が、後から来た車に乗せてもらって追い越してしまうという描写もあったりして、ただ歩くだけの軍事教練のバカバカしさも感じられる。
 行軍先の村で学生たちは分宿するが、佐野が腹痛を起こした子供の母親、門付の女(坪内美子)と一緒にいただけで笠が鉄拳制裁を加えて、友情だと嘯くシーンもあり、軍国主義批判と受け取れなくもない。
 延々と歩く行軍風景のロケーションが美しい。 (評価:2)

新説カチカチ山

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製作:J・Oスタジオトーキー漫画部
公開:1936年11月
監督:市川崑 脚本:市川崑 作画:市川崑 撮影:市川崑 音楽:西山明男

劇伴と動きだけで見せる草創期のアニメーション
 前年の『弱虫珍選組』同様、主人公は少年侍・團子之助。市川崑が音楽以外のすべてを担当した10分の個人作品。
 カチカチ山の昔話に題材を採り、動物たちと村の音楽会を開いていると山賊狸が團子之助ファンの兎娘を攫ってしまう。團子之助に金太郎、桃太郎、弁慶、加藤清正までが応援し、山賊軍団との戦いになる。最後は山賊狸の背中に火をつけてのカチカチ山となり、狸を懲らしめて終わるが、台詞は少なく劇伴とアニメーションの動きだけで見せる。
 多くを動きとデフォルメで見せ、カチカチ山をベースにしているので物語性は一応あるが、アニメーションの草創期研究という以外には、取り立てて見るべきものはない。 (評価:2)

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製作:松竹キネマ
公開:1936年4月3日
監督:島津保次郎 脚本:池田忠雄 撮影:桑原昴、水谷至宏 美術:脇田世根一 音楽:早乙女光
キネマ旬報:6位

東京株式取引所のシーン以外に見どころがないのが辛い
 横光利一の同名小説が原作。
 兜町の東京株式取引所の立ち合いのシーンから始まり、株式仲買人・重住商店の若社長・高之(佐分利信)が登場。歌舞伎座での清子(桑野通子)とのデートもすっぽかし、上京した大阪の株式仲買人・仁礼文七(志賀靖郎)の会合に顔を出す。
 文七に対しては株取引で高之の父を自殺に追いやった恨みがあり、にも拘らず文七の娘・泰子(及川道子)がなぜか高之にぞっこんで、高之の冷たい素振りに泰子が悲しむという展開。
 そこで又しても文七が重住商店に株買い占めを仕掛けるという話になれば、これは株屋同士の仕手戦を描くドラマと思いきや、仕手戦の中身についての説明はなく、どうやら泰子の成さぬ恋を描く恋愛ドラマらしいと気づく。
 そこで目を転じると、高之と泰子は相思相愛らしく、仲を取り持つのが投資家の娘・忍(高杉早苗)。清子も二人の関係を知っているらしく、泰子と結婚して仁礼の店の後釜に収まりたい番頭の練太郎(高田浩吉)を清子が利用して、高之と泰子の仲を裂こうという魂胆の三角・四角関係の通俗ドラマ。
 清子の父も投資家らしく、文七の株買占め情報を小耳に挟んだ清子が高之に教えるものの連れなく、あっさり結婚しないと言われる。一方、泰子と高之の仲を裂きたい練太郎は重住商店を潰しにかかる。
 潰れた重住商店を買い取って社長に収まったのが忍で、高之を番頭に雇って助けてやるが、都合よく文七が殺されてしまい(誰に?)、障害のなくなった高之と泰子がめでたく結ばれてチョン。
 問題は背景となる株取引の説明がないため、恋愛模様の進展が中身のないご都合主義にしか見えないこと。そもそも高之と泰子が恋仲になった経緯がないのも不自然な上、佐分利信が恋愛ドラマに不向きなのか、泰子に惚れているように見えないのが致命的。
 音楽も度肝を抜く大仰さで、東京株式取引所の立ち合いのシーン以外に、見どころが見い出せないのが辛い。 (評価:1.5)


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