海月衛 映画帖
~映画の大海原をたゆたう~

外国映画レビュー──1981年

製作国:アメリカ
日本公開:1982年6月5日
監督:ロバート・アルドリッチ 製作:ウィリアム・アルドリッチ 脚本:メル・フローマン 撮影:ジョセフ・バイロック 音楽:フランク・デ・ヴォール
キネマ旬報:8位

女子プロレス映画などとバカにしてはいけない
 タイトルはタッグを組む女子プロレスラーのリング・ネームで、刑事コロンボのピーター・フォークがマネージャー。この冴えない3人組がドサ回りを続けながら、最後に勝利を得るまでのサクセス・ストーリー。原題は"... All the Marbles"で、 all the marblesはトップ賞の意味だが、... all the marblesで「トップ賞…」といった意味を含んだ感じになっている。たとえば"go for all the marbles"なら、「一発勝負をかける」という意味。
 この映画の魅力はピーター・フォークもさることながら、カリフォリニア・ドールズの二人、ヴィッキー・フレデリックとローレン・ランドンの健気さにある。ドサ周りに疲れてレスラーを辞めたいという学歴もないランドンに、フレデリックは3人でやるしかないのよと言って説得する。金のために泥レスまでやらされる二人が最後に掴む、北米タッグ選手権の夢。
 観客はいつの間にかカリフォルニア・ドールズのファンになっていて、北米タッグ選手権でライバルと戦う二人を応援している自分に気づくことになる。痛めつけられる彼女らに声援を送り、反則を見逃すレフリーに怒り、生のリングを観戦している気持ちになる。格闘技のファンの気持ちを知り抜いた演出に熱くなりながら、彼女らとともに栄光を目指す。女子プロレスというキワモノを題材にしたエンタテイメントでありながら、だからこそ彼女らの純粋さに心惹かれる、ちょっと幸せな気持ちになれる映画だ。 (評価:3)

レイダース 失われた聖櫃<アーク>

製作国:アメリカ
日本公開:1981年12月5日
監督:スティーヴン・スピルバーグ 製作:フランク・マーシャル 脚本:ローレンス・カスダン 撮影:ダグラス・スローカム 美術:ノーマン・レイノルズ 音楽:ジョン・ウィリアムズ

球形の岩石がゴロゴロのシーンは昔ほどにはときめかない
 原題"Raiders of the Lost Ark"で、失われた聖櫃の侵略者たちの意。聖櫃は、モーゼの十戒を刻んだ2枚の石板の納められた櫃。
 タイトル通り、聖櫃を手に入れようとする者たちの争奪戦で、聖櫃に納められた未知のエネルギーを手に入れようとして、主人公の考古学者インディアナ・ジョーンズとナチが争う。時代設定は1936年、舞台はエジプトで、インディはネパールに立ち寄って師の娘と合流。娘は聖櫃を手に入れるための重要アイテムを持っていて、かつ元恋人。当時、流行り出したビデオゲームのロール・プレイング・ゲームの要素を多分に持っている。
 本作の成功により続編3作が制作され、主人公のインディアナ・ジョーンズがタイトルに入ったシリーズ(邦題はインディ・ジョーンズ)となった。
『スター・ウォーズ』で名を上げたハリソン・フォードを不動のスターに押し上げた作品で、息をもつかせぬスリリングな展開とスピーディなストーリー運びという、エンタテイメントのひとつの定型をスピルバーグが提示した作品。
 球形の岩石がゴロゴロとインディを追いかけるという名シーンは、その後の様々な映画やゲームに使われ、本作の演出法はその後の同種作品に大きな影響を与えた。
 もっとも、このシーンは冒頭の別エピソードに登場し、メインストーリーとは無関係。導入で観客の目を一気にスクリーンに引き付けるという演出法もまた、その後のエンタテイメント映画に引き継がれている。
 敵をナチに置くという設定も勧善懲悪ものとしてはわかりやすい。ナチは悪の秘密結社的な立場を負わされ、絶対悪として極悪非道に描かれる。
 聖櫃そのものがユダヤに由来し、ユダヤの神の秘蹟を手に入れようと企むのがナチで、案の定、ユダヤの神の天罰を受けるというラストになる。
 そういう点で、ユダヤ人のスピルバーグの本領が発揮されている。
 クライマックスシーンでのCGも公開当時、話題となったが、30年以上経って見ると、岩石ゴロゴロシーン同様に当時の驚きはない。 (評価:2.5)

007 ユア・アイズ・オンリー

製作国:イギリス、アメリカ
日本公開:1981年7月11日
監督:ジョン・グレン 製作:アルバート・R・ブロッコリ、マイケル・G・ウィルソン 脚本:リチャード・メイボーム、マイケル・G・ウィルソン 撮影:アラン・ヒューム 音楽:ビル・コンティ

スタントを使ったアクションの連続は度肝を抜く
 3代目ボンド、ロジャー・ムーア第5作。シリーズ第12作。
 原題"For Your Eyes Only"で、「あなたにだけ見せる」の意。作中では機密(字幕では読後焼却)と、あなたにだけ裸を見せてあげるの2通りで使われる。
 イアン・フレミングの同名小説および"Risico"(邦題:危険)が原作。
 地中海で沈んだ英国船に積んであったミサイル誘導装置を回収する話で、その回収作業を海洋調査と偽っていた博士が殺され、その美人娘(キャロル・ブーケ)とボンドが共同して敵と戦う。
 犯人探しよりも装置回収が先というのに、ボンドは2時間分遠回りして、マドリッドの犯罪組織のハーレム、北イタリアのスキー・リゾート、ギリシャのメテオラと観光巡りをし、最後はソ連スパイの目の前で装置を破壊して終わりという、ストーリー的にはどうでもいい話。
 本作の最大の見どころはスタントを使ったアクションにあって、冒頭は空中のヘリコプターで後部座席から操縦席に乗り移るというアクロバット。スペインでは森の中を抜けるカーチェイス、イタリアでは1956年の冬季オリンピック会場でジャンプ、バイアスロン、ボブスレー、アイスホッケーをやり、メテオラではロック・クライミング。
 スキーとバイクでボブスレーコースを走るシーンとロック・クライミングでバンジージャンプをやるシーンは度肝を抜く。イタリアのフィギュアスケート美少女を演じるリン=ホリー・ジョンソンは元プロで吹替えなし。 (評価:2.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1982年4月10日
監督:マーク・ライデル 製作:ブルース・ギルバート 脚本:アーネスト・トンプソン 撮影:ビリー・ウィリアムズ 音楽:デイヴ・グルーシン
キネマ旬報:4位
ゴールデングローブ作品賞

ハリウッド的なわかりやすさで描く父娘の確執と和解
 原題"On Golden Pond"で、ゴールデン・ポンドにての意。ゴールデン・ポンドは舞台となる土地の地名で、夕日に黄金色に映える池がある。アーネスト・トンプソンの同名戯曲が原作。
 仲の悪い父娘がいて、娘が再婚を機に永年のわだかまりを超えて和解するという物語。和解のきっかけを作るのが再婚相手の連れ子の少年で、娘と中年男が旅行に出るために少年を1ヶ月間両親に預け、その間に老人と少年の男同士の友情が芽生えるという『老人と海』(1958)的な設定。
 物語はこの老人(ヘンリー・フォンダ)と少年(ダグ・マッケオン)の1ヶ月間の交流を中心に描かれ、互いに孤独で偏屈な二人は釣りを通して心を打ち解ける。この少年が触媒となって、帰ってきた娘(ジェーン・フォンダ)と老父は和解するが、正直この二人の和解は言葉の上だけで説得力がなく、いずれまた喧嘩別れするのではという心配も残ってしまう。
 同じ父娘の和解をテーマにした作品にフランス映画の『田舎の日曜日』(1984)があるが、この作品のように父娘の対立の原因、二人のそれぞれに対する思い、和解に至るプロセスの描写が本作にはなく、単に二人が似た者同士の強情者で言葉がきつく負けん気が強いだけという、ハリウッド的なわかりやすさになっている。
 そうしたムードで物語を演出するセンチメントな姿勢は映像にも表れていて、ゴールデン・ポンドの美しい夕焼け、静かな湖面を滑るつがいのアビ、鱒釣りのボートを見ているだけでも和らいだ気持ちになる。
 こんな自然に囲まれていれば、頑固親父だって一時の魔法にかかって心優しい気持ちになるかもしれない。
 この仲の悪い父娘を実の父娘であるヘンリー・フォンダとジェーン・フォンダが演じて話題になった。キャサリン・ヘプバーンが厄介者の亭主を愛する老母を演じてアカデミー主演女優賞。ヘンリー・フォンダも主演男優賞。中年男にダブニー・コールマン。 (評価:2.5)

製作国:イギリス
日本公開:1982年8月21日
監督:ヒュー・ハドソン 製作:デヴィッド・パットナム 脚本:コリン・ウェランド 撮影:デヴィッド・ワトキン 音楽:ヴァンゲリス
キネマ旬報:3位
アカデミー作品賞

昔、遠い国で金メダルを獲ったオリンピック選手の物語
 原題は"Chariots of Fire"で、chariotは古代の二輪戦車のこと。劇中、聖歌隊がラストに歌う歌詞に出てくる。
 1924年パリ・オリンピックに出場したイギリスの陸上選手、ハロルド・エイブラハムスとエリック・リデルの二人が、それぞれ男子100メートル、男子400メートルで金メダルを獲得するまでの軌跡を描く。
 物語は二人が代表に選ばれる直前から始まるが、それぞれユダヤ人大学生、スコットランド人宣教師というのがミソ。イギリス社会のユダヤ人蔑視の中で、金メダルを獲ってイギリス人として認められたいエイブラハムス、安息日は走らないという国よりも信仰を優先するリデル、それを取り巻く高慢で権威主義な貴族社会。
 軋轢や葛藤の中で、二人が国のためではなく、プライドや信仰といった私個人のために金メダルを目指す姿が描かれるが、オリンピックは個人の名誉か国の名誉かといった使い古されたテーマなので、見終わってもそれほど心に残るものがない。
 とりわけ、1世紀近くも前のイギリスの話で、正直、そんなことがあったの? 程度でしかない。前畑ガンバレの映画を見てイギリス人が共感できないくらいに、あるいは今の若い人が前畑って誰? というくらいに遠く過ぎ去った過去の出来事でしかなく、それ以上のものを残さない。
 公開当時話題になったのも、2012年のロンドン・オリンピック閉会式でも使われた主題曲がヒットして、この曲をバックに砂浜を走るシーンが印象深かったからで、昔遠い国で金メダルを獲ったオリンピック選手の物語以上のものはない。 (評価:2.5)

郵便配達は二度ベルを鳴らす

製作国:アメリカ
日本公開:1981年12月21日
監督:ボブ・ラフェルソン 製作:チャールズ・マルヴェヒル、ボブ・ラフェルソン、ジャック・シュワルツマン 脚本:デヴィッド・マメット 撮影:スヴェン・ニクヴィスト 音楽:マイケル・スモール

ニコルソンが二度も女にもてるのが最大のミステリー
 ​原​題​は​"​T​h​e​ ​P​o​s​t​m​a​n​ ​A​l​w​a​y​s​ ​R​i​n​g​s​ ​T​w​i​c​e​"​で​郵​便​配​達​は​い​つ​も​ベ​ル​を​二​度​鳴​ら​す​の​意​。​原​作​は​ジ​ェ​ー​ム​ズ​・​M​・​ケ​イ​ン​の​同​名​小​説​で​、​4​度​目​の​映​画​化​。​タ​イ​ト​ル​は​作​品​内​容​と​は​関​係​が​な​い​。
​ ​流​れ​者​の​男​(​ジ​ャ​ッ​ク​・​ニ​コ​ル​ソ​ン​)​が​ギ​リ​シ​ャ​移​民​の​男​の​ド​ラ​イ​ブ​イ​ン​で​詐​欺​を​働​く​が​、​美​人​の​妻​(​ジ​ェ​シ​カ​・​ラ​ン​グ​)​が​い​た​こ​と​か​ら​住​み​込​み​で​車​の​整​備​の​仕​事​を​手​伝​う​よ​う​に​な​る​。​す​ぐ​に​妻​と​出​来​て​し​ま​い​、​邪​魔​に​な​っ​た​夫​を​二​人​で​殺​す​が​、​前​科​が​ば​れ​て​裁​判​に​か​け​ら​れ​る​。​弁​護​士​の​策​略​で​二​人​は​無​罪​放​免​と​な​り​、​二​人​で​ド​ラ​イ​ブ​イ​ン​を​経​営​。​妻​が​母​親​の​見​舞​い​で​帰​省​し​て​い​る​間​に​サ​ー​カ​ス​団​の​猛​獣​使​い​女​(​ア​ン​ジ​ェ​リ​カ​・​ヒ​ュ​ー​ス​ト​ン​)​と​出​来​て​し​ま​い​、​そ​れ​が​妻​に​ば​れ​る​。​と​思​う​間​も​な​く​弁​護​士​助​手​が​以​前​の​殺​人​事​件​を​蒸​し​返​し​、​そ​の​危​機​を​切​り​抜​け​て​ラ​ン​グ​と​ニ​コ​ル​ソ​ン​は​結​婚​式​を​挙​げ​る​が​・​・​・
​ ​ニ​コ​ル​ソ​ン​と​ラ​ン​グ​の​濡​れ​場​シ​ー​ン​が​大​胆​で​評​判​を​呼​ん​だ​作​品​だ​が​、​ニ​コ​ル​ソ​ン​の​怪​演​が​見​ど​こ​ろ​の​サ​ス​ペ​ン​ス​?​ ​ラ​ブ​ス​ト​ー​リ​ー​?​ ​原​作​の​1​9​3​4​年​の​時​代​設​定​に​合​わ​せ​た​ク​ラ​ッ​シ​ッ​ク​カ​ー​も​見​ど​こ​ろ​で​、​ス​ト​ー​リ​ー​自​体​は​よ​く​で​き​て​い​る​の​で​エ​ン​タ​テ​イ​メ​ン​ト​と​し​て​楽​し​め​る​。
​ ​も​っ​と​も​、​ラ​ン​グ​も​ヒ​ュ​ー​ス​ト​ン​も​出​会​っ​て​す​ぐ​に​決​し​て​美​男​で​は​な​い​ニ​コ​ル​ソ​ン​に​惚​れ​て​し​ま​う​の​が​、​ど​う​に​も​解​せ​な​い​。​そ​れ​が​こ​の​映​画​の​最​大​の​ミ​ス​テ​リ​ー​。​ヒ​ュ​ー​ス​ト​ン​は​『​ア​ダ​ム​ス​・​フ​ァ​ミ​リ​ー​』​の​お​母​さ​ん​。 (評価:2.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1982年4月10日
監督:ウォーレン・ベイティ 製作:ウォーレン・ベイティ 脚本:ウォーレン・ベイティ、トレヴァー・グリフィス 撮影:ヴィットリオ・ストラーロ 音楽:スティーヴン・ソンドハイム、デイヴ・グルーシン
キネマ旬報:7位

異彩を放つジャック・ニコルソンがこの映画のオアシス
 原題の"Reds"は共産主義者のこと。20世紀初頭、ジャーナリストから社会主義運動家へ傾斜していったジョン・リードの伝記映画で、主役を演じるウォーレン・ビューティが監督・脚本を手掛け、アカデミー監督賞を受賞している。
 物語はリードが歯科医の妻ルイーズ・ブライアントに出会うところから始まる。労働者たちの階級闘争にシンパ的な記事を書くリードは、次第に政府から危険人物とみなされるようになる。ヨーロッパに拠点を移し、ロシア革命をルポしたリードはボルシェビキに共鳴し、帰米して『世界を揺るがした十日間』を著し、アメリカでの革命運動へとのめり込んでいく。改良主義の社会党と訣別して共産労働党を結党、ロシアに渡り、同じ社会党から分党した共産党とコミンテルンの承認を争う。フィンランドでの投獄、アゼルバイジャンでの宣伝活動を経て、モスクワで客死する。
 ジョン・リードを通して、あまり知られていないアメリカの初期共産主義運動を描いたという点では意欲作であり、1981年当時生存していた関係者の証言も多数収録されていて歴史的価値のある映画。だが、あらすじを読んで興味が湧かなかった人にはインターミッションを含む3時間は退屈で、観るためにはロシア革命の多少の歴史的知識も必要。
 ビューティはそれを回避するために全体をリードとルイーズのラブストーリーでまとめたが、功を奏したかどうかは疑問。ジャーナリストから革命家へと転じたリードの精神的な葛藤も見えないし、自由恋愛主義者で作家志望だったルイーズが夫の影響を受けてジャーナリストに転じ、夫を追ってロシアに向かう内面の変化も十分に描けていない。
 ビューティが描きたかったのは、反戦と共産主義の理想に燃えたリードが、コミンテルンの全体主義の欺瞞に呑み込まれ、共産主義の宣伝活動に利用される悲劇と、当時の開明思想にあったリードとルイーズが結局のところ夫婦愛に回帰していくというアメリカ的安心感。
 ルイーズに惹かれる友人の劇作家、後にノーベル賞を受賞するユージン・オニールの皮肉な台詞"Jack dreams that he can hustle the American working man, who's one dream is that he could be rich enough not to work, into a revolution led by his party. You dream that ifyou discuss the revolution with a man before you go to bed with him, it'll be missionary work rather than sex."(ジャックの夢は十分働かずとも金持ちになれると思わせてアメリカの労働者を革命に先導すること。君の夢は男と革命談義をしてから寝ることで、セックスというよりは布教だ)にすべてが集約されている。
 このユージン・オニール役はジャック・ニコルソンで、全体にメリハリのない中で一人異彩を放っていて、ニコルソンのシーンになるとなぜかほっとする。 (評価:2.5)

製作国:フランス
日本公開:1982年12月24日
監督:フランソワ・トリュフォー 製作:フランソワ・トリュフォー、シュザンヌ・シフマン 脚本:フランソワ・トリュフォー、シュザンヌ・シフマン、ジャン・オーレル 撮影:ウィリアム・ルプシャンスキー 音楽:ジョルジュ・ドルリュー
キネマ旬報:6位

ifのシミュレーション以外には、取り立てて残るものはない
 原題"La Femme d'à côté"で、邦題の意。
 幸せな家庭生活を営んでいる男の隣に、偶然かつての恋人が夫とともに引っ越してくるという物語。
 甘い夢それとも悪夢という設定だが、直ぐに二人は密会を重ねるようになり、どちらもパートナーには過去の関係を隠す。
 やがて男は理性を失って、彼女との関係にのめり込んでしまうが、どうやらそうした向こう見ずな性格が過去の別離をもたらしたようでもある。
 一方の女も直ぐに失神する情緒不安定で、もともと躁鬱症。それが別れた原因の一つであるように暗示させる。
 そうした精神的に問題のある二人が、それぞれに精神の不均衡を癒してくれるパートナーと安定した生活を送っていたにもかかわらず、不幸な再会を果たしてしまうわけで、結末はバッドエンディングしかない。
 男は一途に女との情愛に燃えていき、周囲をはばからないために二人の関係がばれてしまうが、女は男を突き放しながらも言い寄られると人が変わってしまう二重人格で、精神病とは言いつつどうにも違和感がある。
 思いがけないラストでこの物語は終わるが、語り部である女と同じ経験を持つ自殺未遂経験者のテニスクラブオーナーの、「あなたと一緒では苦しすぎる。でもあなたなしでは生きられない」という台詞が、いかにもおフランス。
 ありきたりといえばありきたりだが、かつての恋人に出合うという、誰しも興味を抱くifの設定。ただ若干乱暴な成り行きのストーリーで、見終わってifのシミュレーションドラマ以外には、取り立てて残るものはない。
 ところで、フランスでは簡単に銃が手に入るのだろうか? (評価:2.5)

U・ボート

製作国:西ドイツ
日本公開:1982年1月23日
監督:ウォルフガング・ペーターゼン 製作:ギュンター・ロールバッハ 脚本:ウォルフガング・ペーターゼン 撮影:ヨスト・ヴァカーノ 音楽:クラウス・ドルディンガー

最初から最後まで潜水艦内の重苦しさが沈殿する
 原題"Das Boot"で、潜水艦の意。邦題のUボートはドイツ海軍の潜水艦で、一般的には戦時中のものを指す。ロータル=ギュンター・ブーフハイムの同名小説が原作。
 1941年、ナチス占領下のフランス、ラ・ロシェル港から出撃したU96がイギリスに向かう連合国の護送船団を攻撃、イタリアに向かうためジブラルタル海峡を通過中に攻撃を受け沈没。再浮上に成功してラ・ロシェル港に帰るまでを描く。
 物語は原作者を投影したドイツ海軍報道班将校の目を通して語られ、海軍に無知で無謀な命令を下し、多くのUボート兵士を戦死させたナチスを批判する内容になっている。
 狭い潜水艦内を移動するカメラワークやアップの多用など、潜水艦内の狭窄感、圧迫感が伝わってくる映像と演出が上手い。荒波の中で潜望鏡から敵駆逐艦を覗く戦争映画的な緊迫感もあるが、潜水艦内のシーンが続くため場面に大きな変化がなく、次第に退屈になってくる。
 それもあって全体としては潜水艦内の重苦しい映画となっていて、何度か見ているがあまり再見する気が起きない。
 ラストシーンはある程度予想されるもので、戦記ファン、潜水艦ファン以外には、戦争の無意味さ、悲惨さを描く以上のものを残さないのが本作の限界といえる。 (評価:2.5)

製作国:イギリス
日本公開:1982年2月27日
監督:カレル・ライス 製作:リアン・クロウ 脚本:ハロルド・ピンター 撮影:フレディ・フランシス 音楽:カール・デイヴィス
キネマ旬報:9位

本作を見ずしてメリル・ストリープは語れない
 原題は"The French Lieutenant's Woman"で邦題の意。ジョン・ファウルズの同名小説が原作。
『クレイマー、クレイマー』でアカデミー助演女優賞を受賞したメリル・ストリープが主演した次回作で、演技力が高く評価された。
 タイトルのフランス軍中尉は登場しない。不実なフランス軍中尉に振られたイギリス女(メリル・ストリープ)は、貴族の男(ジェレミー・アイアンズ)が事業家の娘と婚約したのを知って悲劇の女を演じ、男の気を引く。同情した男は女の罠にまんまと嵌って婚約者に隠れて女を追いかけ、遂に結ばれるが、世評や彼女の告白に反して処女だった。動転し、責任を感じた男は婚約を破棄し、女の許に向かうが、女は姿を消していた。婚約破棄の代償に爵位を剥奪され、身も心もボロボロになって彼女を捜し、3年後に彼女を発見する。
 以上は劇中劇で、主演の女優(ストリープ)と男優(アイアンズ)はロケ地で関係を結ぶが、二人とも既婚。劇中劇と並行して禁断の恋が進行するという二重構造で、二つの恋の物語はそれぞれにハッピーエンドとアンハッピーエンドを迎えるという凝った物語。
 本作の見どころは、魔性の女を演じるストリープに尽きるところがあって、劇中劇で二人が出会う埠頭のシーンで、嵐の中を振り返るストリープが何とも魅力的。本作を見ずして彼女を語ることはできない。
 ラストの打ち上げパーティで、ストリープを捜すアイアンズが、劇中劇同様に婚約者役のリンジー・バクスターに対して素っ気ないというのも、チェック・ポイント。バクスターはイギリス女優で、劇中劇で男に振られる演技も可憐。 (評価:2.5)

製作国:アメリカ
日本公開:1982年5月29日
監督:ジョン・ランディス 製作:ジョージ・フォルシー・Jr 脚本:ジョン・ランディス 撮影:ロバート・ペインター 音楽:エルマー・バーンスタイン

狼男の血で真っ赤に染まったおちょぼ口が可愛い
 原題"An American Werewolf in London"で、ロンドンのアメリカ人狼男の意。
 アメリカ人青年二人がイギリス旅行中に狼男に襲われ、ジャック(グリフィン・ダン)は死亡、デヴィッド(デヴィッド・ノートン)は噛まれてロンドンの病院に入院。狼男の血を受け継いで満月の夜に変身、人を襲うようになるというブラック・コメディ。
 入院中に親しくなる看護婦(ジェニー・アガター)とのラブ・ストーリーもあって、看護婦は狼男に変身したデヴィッドを救おうとするが、獣心を変えるには至らず、デヴィッドは敢え無く警官隊に射殺され、人間の姿に戻って終わるという、『倫敦の人狼』(1935)、『狼男』(1941)を踏襲したラストとなっている。
 最大の見どころはアカデミー賞のメイクアップ賞を受賞したリック・ベイカーの特殊メイクで、狼男への変身よりもむしろ、死んだジャックが幻影として現れ、血塗りの顔から次第に腐敗し、ゾンビ化していく姿がリアル。怖いというよりは滑稽で、狼男に変身して人を襲わないようにと、ゾンビが真顔でデヴィッドに自殺を勧めるのが笑える。
 デヴィッドが1回目の変身を遂げた後に、ピカデリーサーカスのガラガラの映画館の座席に座り、ジャックを始め1回目の変身の犠牲者となった血みどろの人たちに囲まれ、スクリーンのポルノ映画を見ながら会話するシーンがシュールで可笑しい。
 それまでの狼男映画で人間っぽい動きをしていた狼男を獣らしい動きに変えたが、血で真っ赤に染まった口がベティ・ブープのおちょぼ口ように見えてしまうのは愛嬌か。 (評価:2.5)

ミッドナイトクロス

製作国:アメリカ
日本公開:1982年3月20日
監督:ブライアン・デ・パルマ 製作:ジョージ・リットー 脚本:ブライアン・デ・パルマ 撮影:ヴィルモス・ジグモンド 美術:ポール・シルバート 音楽:ピノ・ドナッジオ

安っぽいメランコリーな気分に浸るのが正しい鑑賞法
 原題"Blow Out"で、吹き消すの意。転じて、タイヤをパンクさせること。
 元警官でB級映画の音響マンのジャック(ジョン・トラボルタ)が森で音の採録をしていると、乗用車が湖に転落。飛び込んで女性を救出するが、運転した男性は水死。これが大統領選の候補者で、現職大統領関係者による事故に見せかけた殺人だったというサスペンス。
 女性は工作に協力したコールガールのサリー(ナンシー・アレン)で、発覚を恐れて音響マンと逃亡。録音テープをチェックすると転落直前の銃声とタイヤの破裂音が記録されていて、これが原題の由来。
 工作に関与したカメラマンのマニー(デニス・フランツ)が雑誌に売った連続写真と合成したアニメーションを警察に持ち込むも音声を消され、テレビマンを装った殺し屋にサリーが殺される。
 殺し屋を倒すものの陰謀も解決されないままのバッドエンドだが、録音されたサリーの悲鳴がB級映画の吹き替えに使われるというオチが、哀愁を帯びた救いになっていてちょっといい。
 冒頭、ジャックが制作に関わる大学女子寮を舞台にしたB級性風俗映画の試写から始まるが、このシークエンスが長いので、つまらない映画を見てしまったと誤解する可能性が大。ここで見るのをやめてしまう恐れがあるのが、本作の最大の欠点。
 本作自体もジョン・トラボルタ主演のB級感が漂うサスペンスだが、デ・パルマらしいB級感が心地よく、安っぽいメランコリーな気分に浸るのが正しい鑑賞法。 (評価:2.5)

バンデットQ

製作国:イギリス
日本公開:1983年3月12日
監督:テリー・ギリアム 製作:テリー・ギリアム 脚本:マイケル・パリン、テリー・ギリアム 撮影:ピーター・ビジウ、ジュリアン・ドイル 音楽:マイク・モラン

ストーリーよりもギリアムの世界観と映像を楽しむ作品
 原題"Time Bandits"で、時間盗賊の意。
 タイムホールの書かれた地図をもとに、時空間を抜けて盗みを繰り返す6人の小人とともに、時間旅行をする少年の物語。
 世界創造が7日間の突貫工事だったため、時空間のあちこちに穴が空いていて、創造主の下で働いていた小人たちが、その地図を盗んだという設定が面白い。
 少年の部屋もタイムホールの一つで、現れた小人たちと共に、ナポレオン、ロビン・フッド、アガメムノン、タイタニック、伝説の鬼や巨人と出会い、冒険を繰り返す。
 地図を奪って神にとって代わろうとする悪魔の居城に引き寄せられて危機一髪、神が現れて悪魔を退治。すべては悪を滅ぼそうとする神の企みだったことがわかる。
 しかし悪魔の欠片が残ってしまい、少年がそれと共に戻ると部屋は火事で、少年を養子にすると約束したアガメムノンそっくりの消防士に救出される。
 火事の原因は悪魔の欠片で、それに触れた両親が消失…というブラックなラスト。両親は口煩いだけで子供を顧みず、TVバラエティに笑い呆けているという、ウザい親の典型で、そんな親を忘れて空想と冒険に憧れる少年のためのファンタジーとなっている。
 イギリス映画だけに、歴史上の人物・出来事が既知として説明がないのが難。各エピソードもそれほど面白くないが、西洋ファンタジー風の美術や衣装、ミノタウロスや鬼、巨人などの特殊メイク、特撮が良く出来ている。ギリアムの独特な世界観と映像を楽しむための作品。 (評価:2.5)

スーパーマン II/冒険篇

製作国:アメリカ
日本公開:1981年6月6日
監督:リチャード・レスター 製作:ピエール・スペングラー 脚本:マリオ・プーゾ、デヴィッド・ニューマン、レスリー・ニューマン、トム・マンキウィッツ 撮影:ジェフリー・アンスワース 音楽:ケン・ソーン

ラブ&ファンタジーはちょっと甘口のプリン・ア・ラ・モード
 原題は"Superman II"。前作の監督リチャード・ドナーが途中降板したため、リチャード・レスターが引き継いだ。
 オープニングは前作のダイジェスト。水爆を持ったテロリストがエッフェル塔を占拠。起動した爆弾をスーパーマンが宇宙に運び出すが、その爆発で前作でクリプトン星を追放された3人が監獄から脱出。地球にやってきて超能力を武器に独裁者となる。その頃、スーパーマンはロイスとのデートにうつつを抜かし北極の愛の巣へ。ロイスとのfall-in-loveもあって、結婚のために能力を捨てる。それでは3悪人に対抗できないと再び能力を取り戻し、3悪人を成敗・・・
 科学設定やご都合主義にケチをつけようと思えばいくらでもあるが、ラブ&ファンタジーと思えば、この映画はプリン・ア・ラ・モードなんだと割り切ることもできる。
 話は前作よりも面白い。ただ、前作冒頭のクリプトンの政治家たちが相当にひどく、3悪人が反体制派のように思えるので、Ⅱの極悪人ぶりに違和感がある。
 真空でもクリプトン星人は窒息しないし、体組織が破裂することもない。しかし、音波が伝わらないのにどうして会話ができるのか?
 ロイスのマーゴット・キダーが美人でも可愛くもないのが寂しい。 (評価:2.5)

キャノンボール

製作国:アメリカ、香港
日本公開:1981年12月26日
監督:ハル・ニーダム 製作:アルバート・S・ラディ 脚本:ブロック・イエーツ 撮影:マイケル・C・バトラー 音楽:アル・キャプス

映画史の泡沫と消えてしまうような作品
 原題"The Cannonball Run"で、弾丸のような疾走の意。
 アメリカ東海岸まから西海岸ロサンゼルスまでの5000キロを平均時速120キロで走り抜けようという、違法自動車レースを描く。
 タイトルの見どころは疾走感ということになるが、それは冒頭のレース前に美女2人組がパトカーと競争するシーンだけで、レース出発後は警察の検問で止められてばかりでスピード感はない。
 代わりに見どころとなるのが、豪華スター総出演のパロディと、競争相手を出し抜いたり検問を如何に誤魔化すかというコメディで、テイスト的には香港コメディなのが如何にもな合作映画。
 救急車なら警察の取り締まりを誤魔化せるという、物語の中心となるチームにバート・レイノルズとコメディ俳優のドム・デルイーズ。ジャック・イーラムとファラ・フォーセットが同乗する。
 フェラーリに乗る神父コンビにサミー・デイヴィスJr.、ディーン・マーティン、アストンマーティンに乗るのが『007』のロジャー・ムーアでシーンごとに同乗する美女が変わり、『007』のテーマもどきの曲が流れる。
 スバルに乗る日本人コンビがジャッキー・チェンとマイケル・ホイで、どういうわけか中国語を話しカンフーまで披露するが、日本人設定はあくまで興行用か?
 イジーライダーのピーター・フォンダも登場して出演者は賑やかだが、ストーリーそのものには見どころはなく、パロディも往年の映画スターを知らなければ面白くもなく、ヒットしてシリーズ化されたが、映画史の泡沫と消えてしまうような作品。 (評価:2)

北の橋

製作国:フランス
日本公開:1993年7月31日
監督:ジャック・リヴェット 製作:バルベ・シュローデル、ジャン=ピエール・マオ 脚本:ビュル・オジエ、シュザンヌ・シフマン、ジャック・リヴェット 撮影:ウィリアム・ルプシャンスキー、カロリーヌ・シャンプティエ 音楽:アストル・ピアソラ

ミステリーの解決は観客に委ねられるが、わかるわけがない
 原題"Le Pont du Nord"で、邦題の意。
 刑務所を出所したばかりのマリー(ビュル・オジェ)が、パリの街で不良少女バチスト(パスカル・オジェ)と偶然出会い付けまわされるが、恋人のジュリアン(ピエール・クレマンティ)と接触するうちに、彼が持っている鞄に何か重要な物が入っていることを知り、それがパリの街を双六に見立てた地図で、それを妖しい男マックス(ジャン=フランソワ・ステヴナン)が付け狙い…というようにミステリー仕立てに話は進むが、物語の構造自体は子供の頃に遊んだ宝探しゲームのようで、童心に帰るというよりは幼稚なストーリー設定。
 ジュリアンはテロリストで、それを手伝ったマリーが濡れ衣を着せられたような感じだが、思わせぶりな割にはどういうグループなのか不明で、設定の甘さはリヴェットらしい。
 双六のアガリはタイトルの北の橋で、そこにある竜のオブジェが突然火と煙を吐き出すという夢か現かのいきなりのファンタジー展開で、バチストがこれを退治。
 お宝の地図を渡すためにマリーがジュリアンを呼び出すが、射殺されてしまうという驚きの展開。一方のバチストはマックスとの空手対決となるが、上級者のマックスに指導されて二人で延々と練習に励むという、これも良くわからない結末。
 お宝が何だったのか、マリーはなぜ殺されなければならなかったのか、マックスは何者なのか、という謎を残して、ミステリーの解決は観客に委ねられるが、わかるわけがない。パスカル・オジェはビュル・オジェの娘。 (評価:2)

マッドマックス2

製作国:オーストラリア
日本公開:1981年12月26日
監督:ジョージ・ミラー 製作:バイロン・ケネディ 脚本:テリー・ヘイズ、ジョージ・ミラー、ブライアン・ハナント 撮影:ディーン・セムラー 音楽:ブライアン・メイ

話を作りすぎたために前作の迫力や爽快感には届かない
 原題"Mad Max2: The Road Warrior"で、副題は路上の戦士の意。
 前作のヒットにより作られた続編で、冒頭、この荒廃した暴力世界が米ソを中心とする戦争によってもたらされたという、世界観の説明が入る。
 マックスは前作で奪ったV8エンジン搭載改造車を愛車にしているが、このブラック・インターセプターもかなり薄汚れて、ガソリンを求めて放浪している。砂漠の真中に砦に囲まれた小さな油田付き?石油精製所があり、これを奪おうとする無法者たちがいるが、マックスはガソリンをもらうために砦の人々に協力するというのが物語設定。
 砦の人々はガソリンをタンクローリーに入れて砦を脱出しようとし、マックスがそれを助けるのだが、タンクローリーに入る程度のガソリンしか精製していないのかと考えると話がみみっちい。無法者たちも砦の人々を追い出せば石油が手に入るはずで、そもそもなんでこんな荒野の真中にちっぽけな石油精製所がと考えると、相当無理やりな設定。
 要は荒廃した世界観のカーバイオレンスを見せるためだが、全体が砦の少年の懐古譚というように、話を作りすぎたために肝腎のカーアクションが少なく、The Road Warriorという副題の割には路上っぽさが今ひとつで、前作の迫力や爽快感には届かない。
 砂漠で砂煙をあげる暴走族たちの遠景シーンはいいが、ほかは見せ場に欠ける。
 砦の人々が目指すのはパラダイスというモチーフが登場し、これが「怒りのデス・ロード」に引き継がれている。 (評価:2)

ことの次第

製作国:西ドイツ
日本公開:1983年11月5日
監督:ヴィム・ヴェンダース 脚本:ヴィム・ヴェンダース、ロバート・クレイマー 撮影:アンリ・アルカン、マルティン・シェーファー、フレッド・マーフィ 音楽:ユルゲン・クニーパー
ヴェネツィア映画祭金獅子賞

B級SF映画を撮る監督のB級サスペンス映画
 原題"Der Stand der Dinge"で、邦題の意。
 ヴィム・ヴェンダースが同時期に監督したフランシス・フォード・コッポラ製作の『ハメット』(1982)の「ことの次第」が投影された作品といわれ、映画制作の困難さを描く内幕もの。
 類似作にジャン=リュック・ゴダール監督『軽蔑』(1963)があるが、本作では制作者の内面的な葛藤というよりは、主に資金不足でフィルムが調達できないという経済的問題で、観客を誘引できるカラーか、芸術表現に相応しいモノクロかというプロデューサーとの興行的な対立はあるものの、いささか俗っぽい話になっている。
 劇中劇として制作されるのがB級っぽいSF映画というのも話がソフィスティケートされない原因で、本作そのものが後半は一転してB級サスペンス映画になってしまうのが、何ともいただけない。
 舞台となるのはポルトガル海岸のロケ地。監督のフリードリヒ(パトリック・ボーショー)は、カメラマンのジョー(サミュエル・フラー)に、フィルムがないために撮影が続けられないことを告げられ、撮影は頓挫する。
 以下、俳優たちの手持無沙汰な時間が過ぎ、フリードリヒは撮影継続のためにロサンゼルスのプロデューサー、ゴードン(アレン・ゴーウィッツ)を訪ねる。フリードリヒはトレーラーハウスでゴードンを掴まえるが、制作費を出していたのがマフィアで、映画がカラーでないことに怒り、ゴードンが逃げ回っていたことを知る。
 最後は敢え無く二人とも殺し屋に銃殺されてしまうというわけのわからなさで、安っぽい映画を観た気分になる。
 冒頭、撮影シーンでフリードリヒが昼間に夜のシーンが撮れるか!と言うのは、同じ内幕ものフランソワ・トリュフォー監督『アメリカの夜』(1973)へのオマージュ、それともコッポラとハリウッドへの皮肉か? (評価:2)

愛と哀しみのボレロ

製作国:フランス
日本公開:1981年10月16日
監督:クロード・ルルーシュ 製作:クロード・ルルーシュ 脚本:クロード・ルルーシュ 撮影:ジャン・ボフェティ 音楽:ミシェル・ルグラン、フランシス・レイ

ボレロには同じ旋律の繰り返しでも成長があるのだが
 原題"Les Uns et les Autres"で、あれこれの人々の意。
 第二次世界大戦の前後に渡り、パリ・モスクワ・ベルリン・ニューヨークの音楽家・舞踏家の波瀾の人生を描く。
 描かれるのは収容所に入れられた時に捨てた子供(ロベール・オッセン)を探し回るユダヤ人音楽家の妻(ニコール・ガルシア)、バレエダンサーの子供(ジョルジュ・ドン)が亡命することになる元バレリーナの女(リタ・ポールブールド)、ヒトラーのお気に入りだったという過去を引き摺る指揮者(ダニエル・オルブリフスキ)、その愛人だったことで戦後裏切り者となるシャンソン歌手(エヴリーヌ・ブイックス)、ヨーロッパ戦線に音楽隊として参加するアメリカの音楽家(ジェームズ・カーン)たちだが、その家族から始まり登場人物が拡大していくので、後半はストーリーが入り乱れてわかりにくくなる。
 エッフェル塔の下で行われるチャリティコンサートに登場人物たちが一堂に会するというクライマックスでラストを迎えるが、物語としては点描の積み重ねに終わっていて甚だまとまりを欠く。
 ラストに演じられるジョルジュ・ドンの『ボレロ』の創作バレエが公開当時話題となり、誰もストーリーなど気にかけていなかった記憶があるが、同じ旋律を延々と繰り返すこの曲に「あれこれの人々」の人生を仮託していて、人間は同じ過ちを繰り返すものだというメッセージとなっているが、だからどうしたという感想は免れない。
 『ボレロ』になぞらえれば、同じ旋律の繰り返しでも、少しずつ演奏する楽器が増えて行くわけで、同じことを繰り返す人生にも少しずつの成長はあるというメッセージになっているのかいないのか、ラストシーンからは余り窺えないところが何とも残念な作品になっている。 (評価:2)

勝利への脱出

製作国:アメリカ
日本公開:1981年12月12日
監督:ジョン・ヒューストン 製作:フレディ・フィールズ 脚本:エヴァン・ジョーンズ、ヤボ・ヤブロンスキー 撮影:ジェリー・フィッシャー 音楽:ビル・コンティ

戦争の悲劇を基にしたアメリカらしい能天気サッカー映画
 原題"Escape to Victory"で、邦題の意。
 1942年8月にドイツ占領下のウクライナで行われた、キエフのサッカークラブを主体とするチームと、ドイツ空軍クラブとの試合がモデル。第二次大戦後、勝ったキエフの選手たちが強制収容所送りとなり処刑されたという伝説が生まれたが、ソ連がプロパガンダに利用するための捏造ともいわれ、真相は不明。
 本作は伝説を基にアメリカらしい能天気サッカー映画にしたもので、試合の舞台はパリ。連合軍捕虜のサッカー選手連合対ドイツ・ナショナルチームとの対戦となっている。
 アメリカ映画なので、サッカーには縁の薄いアメリカ兵捕虜がクラブ選手の試合にどうやって参加するかが課題で、シルヴェスター・スタローンがフランスのレジスタンスと接触するために一旦脱走。捕まって収容所に逆戻りしたスタローンを連絡役としてチームに入れるため、ゴールキーパーを骨折させて代わりにメンバーに加えるというトンデモナイ設定。
 ハーフタイムで地下道を通ってサッカー場からの脱出計画となるが、選手たちがサッカー魂に燃えて後半戦も続行。サッカーの神様ペレがオーバーヘッドキックで逆転ゴールを決め、なだれ込んだ群衆に紛れてサッカー場を脱出するというアメリカ的なハッピーエンドとなる。
 ストーリーはそれなりの脱獄エンタテイメントで、後は戦争のリアリティを無視したこの能天気な設定を受け入れられるかどうか。
 ゴールキーパーを除く両軍の選手たちはペレを始めプロ選手ばかりで、競技のリアリティと共に数々の美技を披露してくれるが、そこは映画用に作られたシーンなので、生の試合の感動には繋がらない。 (評価:2)

メリー・ゴー・ラウンド

製作国:フランス
日本公開:2022年4月9日
監督:ジャック・リヴェット 製作:ステファーヌ・チャルガディエフ 脚本:エドゥアルド・デ・グレゴリオ、シュザンヌ・シフマン、ジャック・リヴェット 撮影:ウィリアム・ルプシャンスキー

RPG的シナリオだがつまらなくてコントローラーを投げつけたくなる
 原題"Merry-Go-Round"で、目まぐるしさの意。
 タイトル通り、回転木馬のように目まぐるしく主人公たちが奔走するサスペンス、ないしはミステリーなのだが、その割に面白くないという徒労感を感じる作品。
 エリザベス(ダニエル・ジェコフ)の恋人ベン(ジョー・ダレッサンドロ)と妹レオ(マリア・シュナイダー)が、それぞれニューヨークとローマからシャルル・ドゴール空港に呼び寄せられるところから物語は始まり、姿を見せないリズが謎解きのようにあちこちに遺したメモを追って動き回るという、安手の探偵ゲームから始まる。
 リズはすぐに見つかるが、飛行機事故で死んだ父の家を処分していて、そこに得体のしれない連中が集まっているが、実は死んでいないという父にリズは誘拐されてしまう。
 どこかの銀行に2000万フランの遺産があって、銀行名と鍵と暗証番号がリズ、レオ、父の愛人でベンの妹に割り振られていて、これを揃えれば金庫が開くというロールプレイングゲームになるが、脚本が3人いる割にシナリオが出来損ないで、コントローラーを投げつけたくなるくらいにつまらない。
 囚われのリズを助け出し、3アイテムが揃うが、生きている父が本物なのかよくわからず、リズも死んでしまい、2000万フランも登場しないので、ミステリーが解けたのかどうかも良くわからないままに終わる。
 さらに、内容とは全く関係のないベースとサックスの現代音楽の演奏シーンが時折挿入され、これもストーリーに関係しないベンとレオの追いかけっこのイメージシーンも時折挿入され、最後はそのままラストシーンとなって煙に巻く。
 テーマ性があるわけでもなく、おそらくはヌーベルバーグ的エンタテイメントなのだが、楽しめないというのが残念な作品。 (評価:2)

美しき結婚

製作国:フランス
日本公開:1996年3月9日
監督:エリック・ロメール 製作:マルガレート・メネゴス 脚本:エリック・ロメール 撮影:ベルナール・リュティック 音楽:ロナン・ジル、シモン・デジノサン

クズ女の映画を作って何の役に立つのかと、正直思う
 原題"Le beau marriage"で、邦題の意。
 フランスにもこんなクズ女がいるのかと、日本のクズ女に呆れている日本男児には、クズ女は世界共通と達観させる作品。
 主人公のサビーヌ(ベアトリス・ロマン)はパリで美術史を勉強している割には中途半端で、今は古美術商でバイト中。妻子持ちの画家(フェオドール・アトキーヌ)を恋人に持つが、日陰の生活にも飽いて結婚願望が湧き起る。
 そこで目を付けたのが友人クラリス(アリエル・ドンバル)の従兄でパリで弁護士をしているエドモン(アンドレ・デュソリエ)。三食昼寝付きの玉の輿を狙って猛アタックをするが、追い駆ければ追い駆けるほど鴨は逃げてしまい、最後はパリの弁護士事務所に押しかける。
 エドモンからすれば従妹の紹介で仕方なく付き合っただけで、勝手に結婚相手と決めつけられて仕事もやめたと言われても有難迷惑。単刀直入に断らずに距離をおいただけなのに、それを偽善者呼ばわりされてはかなわない。
 あなたが好きになるのは妻帯者ばかりだと母親に言われ、鴨を見つけて食らいついたまでは良かったが、思い通りに行かないと家族や友人にも当たり散らすサビーヌは、日本でいえばかつての身の程わきまえない三高女。
 弁護士事務所で罵詈雑言を吐いた帰りの電車で、目の前に座る男に早速モーションを掛けるというラスト。
 風俗映画としてはクズ女を良く描写しているが、こんな映画を作って何の役に立つのかと、正直思う。 (評価:2)

おかしなおかしな石器人

製作国:アメリカ
日本公開:1981年10月10日
監督:カール・ゴットリーブ 製作:ローレンス・ターマン、デヴィッド・フォスター 脚本:カール・ゴットリーブ、ルディ・デルカ 撮影:アラン・ヒューム 特撮:デイヴ・アレン 音楽:ラロ・シフリン

目玉は、主演がビートルズのリンゴ・スターであるという一点
 原題"Caveman"で、穴居人の意。邦題は石器人だが、石器を使うようになるのはラストで、前傾して腰の曲がった原人が直立歩行をするようになり、火を手に入れ、音楽と楽器を創り出して、武器を手に入れるまでの進歩の過程を一世代で描く。
 何万年か前という時代設定になっているが、コメディなので恐竜も登場。火を手に入れるシーンでは『2001年宇宙の旅』をパロッていて、「ツァラトゥストラはかく語りき」もどきの曲が被る。
 人類が人名など片言程度の言葉しか喋らず、初期のサイレント映画に近い作りになっていて、サイレントを彷彿させるようなアクションのギャグが多いが、サイレントを超えるような要素はなく、ストーリーにも工夫がない。
 恐竜シーンは人形アニメとの合成だが、これも『キングコング』(1933)や『猿人ジョー・ヤング』(1949)と比べて同等かそれ以下でしかなく、半世紀を経ているのに進歩がない。
 本作の目玉は、主演がビートルズのリンゴ・スターであるという一点にしかなく、音楽と楽器を創り出すというのが、いかにもリンゴ・スターらしく、本作でもスティックを握っているのが笑えるが、生み出した音楽がメロディアスで、こっちはもっと笑える。
 主人公が好きになる肉体派の美女バーバラ・バックは、本作がきっかけでリンゴ・スターと結婚した。 (評価:1.5)